第11話初恋の始まり


 シャールーズに連れてこられたのは、街の中央部にあるモスクだ。壁面に幾何学模様のモザイクが施されていて、美しい建物だ。


 宗教的な建物なので、異教徒である私やルイは滅多に来ることが無い。モスクに入るのを躊躇していると、シャールーズが私の手を引っ張った。


「ここは、異教徒にも開放している。観光施設としても成り立ってるんだ」


 入り口から入るとすぐに大きな礼拝堂になっていて、天井が円くドーム状になっている。ドームのてっぺんまでモザイクが施されていて、とても時間をかけて建設された建物だとわかる。


 礼拝堂で、何人かの人が礼拝をしている。決まった時間に礼拝をするらしいけれど、敬虔な信者となると決まった時間以外にもお祈りに来るらしい。


「僕、この建物の中がこんなに綺麗だなんて知らなかった」


 ルイは立ち止まって天井を見上げる。私たちの国教であるミガドル教の教会とは雰囲気がだいぶ違う。ミガドル教は天井や壁には、神様が行ったという伝説の数々を絵として表しているが、このモスクはモザイクタイルで美しい植物の模様を描いている。


「こっちだ」


 きょろきょろと、あたりを物珍しそうに見渡している私たちをシャールーズは促して、さらに奥へと進んでいく。礼拝堂の中間部分は外廊下と繋がっていて、上階へと上がれるようになっている。


 石積みの螺旋階段を上っていくと、バルコニーにたどり着いた。海からの風が髪の毛を揺らす。潮と砂の混じった香りがする。


 シャールーズに連れられて、バルコニーを歩く。目の前にはギティの町並みが広がって、城壁の向こうは砂漠。港側は、海が広がる。礼拝堂にいたときには気がつかなかったが、異国の観光客も来ているようでバルコニーで思い思いに、景色を楽しんでいる人が何人も居る。


 辺りがオレンジ色に染まっていく。陽が沈むのだ。


 眼下に広がる土作りの家々が、淡いオレンジ色に染まる。


「ここには、揃わない物は無いと言われているが、世界中の人々もここに集まってきている」


 シャールーズは、バルコニーの柵に両腕を置いて軽く寄りかかる。


「あそこに見えるのが、アールシュ帝国の寺院、その近くにあるあの建物が、ランカスター王国の教会だ」


「え?他の国の宗教の建物があるの?」


 たぶん、私の住んでいる国に他国の宗教関係の建物は無い。ランカスター王国はミガドル教を国教としていて、他の宗教の信仰の自由は許されていない。


「俺たちの国は、異教徒でも2倍の税金を払えば異教徒のままこの国に住んで良いことになっている」


 誇らしげに自分の国のことを話す、シャールーズに私は目を奪われる。


「この国は、そういう寛容さで世界中の物を集めようとしているんだ」


 海風がシャールーズの髪を揺らす。風が吹いて、砂が目に入らないように目を細めただけだろうに、それが優しく微笑んでいるように私には見えて、心が揺れる。鈴が鳴るように高く澄んだ音を立てながら、揺れ動く。


「面白いだろ、そういうところ」


 なんでだろう。どうして、私はこの人の側にずっと居たい、と思うのだろう。


 シャールーズが楽しそうに話すこの国で、私も生活がしてみたい、と思った。シャールーズの髪の毛が夕日に反射して、きらきら光っているから、彼が輝いて見えるのだろうか。


 彼が私を楽しそうに見つめ返す。彼の紅玉のようにきらめく瞳に、私が写っていることが嬉しい。


「だからって、捕虜を捕らえてナジュム王国の国民にするという屈辱を与えるなんて、間違っている!」


 シャールーズに魅入られていた私を引き離すように、ルイが割り込んでくる。


「捕虜には名誉の死が与えられて当然なのに」


 ルイは、家庭教師に教えられた歴史の知識そのままでシャールーズに文句を付けているのだろう。


 ランカスター王国で、当たり前の考え方だ。ランカスター王国の臣民は、他国の情けで生き延びてはならない。だけど、それをこんなナジュム王国のど真ん中で披露しなくてもいいのに。


「やめて、ルイ。私たちは、争いに来たわけじゃ無いの」


 ナジュム王国の人が多い場所でそのような事を発言することの重大さがまだ分かっていないみたいだ。どこの国だって過激な人たちはいる。ルイの発言を聞いて、暴力に訴えられたら、こちらは勝ち目が無い。


「でも、姉上!嘘は言っていません。みんなそう言っています」


「真実を口にすれば、それがすべて正しいとは限らないわ。お願い、良い子だから。黙っていて」


 さすがに、このバルコニーに居る人々から白い目で見られているとルイは気がついたのか、納得できない表情で押し黙った。


 ルイに歴史を教えている家庭教師は誰だったかしら?随分過激な思想を植え付けられているようだ。うちは、代々外交に携わってきているから、柔軟な考え方を要求される。


 将来はお兄様と一緒に外交に関わることも多くなるのに、ルイの行く末が心配だ。


 ゲームでルイは、ヒロイン側についていた。外交を担っていたお父様も処刑されていたので、外交は誰が受け持ったのだろう。ゲームだから、ヒロインが結婚式を挙げた時点で世界が終わる、と割り切ればいいけれど、実際、今までのようにうまく諸外国と渡り歩けたのだろうか?


 この思想のまま成長したルイが、ヒロイン側についたとして、父親と同じ仕事を任されたとしたら、大変なことになってそうだ。やがて、王妃になったヒロインが脳天気にもルイを外交官にしそうだし。


「暗くなってきたから、帰ろう」


 地平線に燃え落ちそうな太陽が沈み、最後の光の一筋が空に消えて夜の帳が下りる。


 シャールーズは、ルイの発言を聞かなかったことにしてくれたのだろうか。


 モスクを出て、シャールーズと待ち合わせをした広場までやってきた。お互いの家名を知られないために、シャールーズには私たちのお屋敷の場所を教えてはいない。送って貰うこともしていない。


「本当にいいのか、ここで」


「大丈夫、ありがとう。シャールーズ」


 機嫌の悪そうなルイを放って、私はシャールーズにお礼を述べた。ふいに、シャールーズは私の手を取ると、自分の方に引き寄せる。


 シャールーズの腕の中にいた。顔を寄せられ、耳元でシャールーズが囁く。


「お前の弟には気をつけろ。あれはお前の足を掬う」


 シャールーズの言葉に、私は背筋が凍った。ゲームで、ジョシュア王子ルートをヒロインが選ぶと、ルイが裏切ってジュリアの罪を暴くのだ。


 ジュリアは、何もしていない。


 ルイが暴いたという犯罪行為の証拠をジュリアは、突きつけられ、弁解の余地も無く婚約破棄からの即日処刑だったのだ。ゲーム内でジュリアが犯罪を犯していた描写はまったくない。そもそもどのような犯罪だったのかすらゲーム中にはでてこなかった。


 ゲームのプレイ中は、だいぶ駆け足のエンディングだったな、と思っただけだったけれど、当事者になってみると、ルイに冤罪をでっち上げられたのではないか?と思ってしまう。


「まだ、小さいから。許してあげて」


 ルイがゲームに登場するまで、まだ数年ある。その間にできることをしよう。


 ついでにシャールーズにお別れのハグをする。シャールーズは私のことを良い匂いというけれど、シャールーズ自身も良い匂いがするのだ。


「じゃ、また明日」


 シャールーズから離れて、ルイの手をつないでシャールーズに手を振る。シャールーズも同じように手を振り替えして、同じタイミングできびすを返す。


 明日は何をして遊ぼうかな……。


 

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