第9話弟のおねだりに弱い私


 港町のギティまでは、馬車で行く。最近では便利な汽車が国内で利用されているけれど、あれはまだ、王都と第二の都市ビーンステッドをつなぐ路線しかない。

 そのうち、ナジュム王国近くまで線路を延長するのだろうけれど、小競り合いが続いたりするようでは実現は難しいかもしれない。


 トランクに一週間分の衣類と、身の回りの品を詰める。滞在は一ヶ月。どうせ夜会には参加しないのだが、万が一の時のための夜会用のドレスを一着トランクに詰め込んだ。詰め込んだのは、私じゃなくてメイドだけどね。


 馬車は全部で五台。私たち家族だけじゃなくて、使用人達も何人か連れて行くので大所帯だ。もちろん、ギティのお屋敷に使用人はいるけれど、身近に居るのは手慣れた者が居てくれた方が良い。


 これ、たぶん、ゲームのジュリアだったら、もっと使用人を連れて行けって我が儘言ったかもしれないな。普通の侯爵令嬢だったら、自分付きのメイド一人だけで、全部の世話をして貰うのは大変だ。


 私は、前世の記憶がある分、なんとなーく自分の身の回りのことは自分でやるように、ちょっとづつできることを増やしている。いきなり、全部自分でやる!とか言い出すと、不審に思われてしまうからだ。


 馬車に荷物を詰め込んで、港町ギティへ出発だ。留守番の使用人達に見送られて、馬車が軽快に走り出した。


 四人乗りの馬車で、同席するのはなぜか、弟のルイだ。去年まではお兄様だったはずなのに、今年はルイが、出発直前になって「姉上と一緒が良い」と我が儘を言い出した。


 どうしてそんなに気に入られたのか分からないけれど、最近のルイは、私の側に居たがる。側に居て、私をおもちゃにしている、と言えば良いのか。獲物を見つけた猫みたいに、ちょっかいをかけてくるのだ。


「姉上、ギティに到着したら何するの?」


「友達が居るから、遊びに行く」


「僕もついていきたーい」


 なぜか隣同士に座って、ルイがお強請りしてくる。向かい側には、私付きのメイドのアンナとルイの従者のジョンがしょっぱい目でこちらを見ている。


 ルイは、こうして甘えてくることが増えてきた。顔が可愛いことを理解してやっているのだ。


「ついてきても面白くないと思うよ」


 会いに行くのは、シャールーズだ。シャールーズは、良い奴なんだけれど口が悪いから、ルイはショックを受けそうだし。


「やだーっ僕、姉上から離れたくない」


 うるうるした涙目で捨てられた子猫のような表情だ。これ、断れる人居るの?!


「わかった……そのかわり、幾つか約束して」


 シャールーズには、私の身分を明かしていない。家名すら伝えていない。私の身のこなしから上流の出身だと気がついているだろうけれど、それはお互い様だ。

 お互い、お忍びなら余計なことは口にしない方が安全だ。だから、今後も明かすつもりは無い。悟られるようなことを口にしないように、ルイに伝える。


 ギティでは、錬金術の勉強と庶民の暮らしを肌で感じるために私は来ている。シャールーズは、おそらく身分が高いにもかかわらず、ギティではかなりなじんでいる。彼が、身分にとらわれず人々に接しているからだろう。それが、ルイにできなければ連れて行けない。


「僕、姉上のご迷惑にならないようにちゃんとするよ」


 僕、できるもん!と自信満々に胸を張ったので、約束通りにシャールーズに会わせることにした。


 馬車から見える景色が、緑の多かった王都ロンドニウムから、荒涼とした景色へと移り変わった。もうすぐ国境を越える。


 隣国ナジュム王国は、国土の八割が砂漠や荒涼とした不毛の地で、人々は点在するオアシスに都市を形成し、住んでいる。毎年、大きな砂嵐が発生して交通が遮断されるなんてことも起きている。昼と夜の寒暖差も大きくて、厳しい自然環境だからこそ錬金術が主流になったのかもしれない。


 心なしか日差しが強くなってきたので私はヘジャブをかぶり、ルイはグドラをかぶりイガールで固定する。ヘジャブもグドラもスカーフみたいな薄い布だ。被っているのと被っていないのでは、太陽から受ける日差しがだいぶ違う。


 アンナとジョンも同じようにヘジャブやグドラを身につけた。


 海が近づいてきたみたいで、海風に乗って潮の匂いもしてきた。


 もうすぐ、港町ギティだ。



 荒涼した平原にオアシスに沿って形成された港町ギティは、世界中と貿易をしていると言われるほど交易の盛んな都市だ。いつもスークは賑わっているし、陸路から運ばれてくる商品も一回ここを通過すると言われている。


 お屋敷は、高級住宅街の一角にあり、王都のお屋敷よりもこじんまりとしている。私は、荷物の片付けをアンナにまかせて、現地の子供達の服装に着替える。分厚い生地で作られたドレスは着ていられない。頭にヘジャブを巻いて、ルイの準備が終わるのを待つ。


 ルイもすぐに準備が終わって、二人で連れ立ってお屋敷を出た。当然、護衛もついているけれど彼らは目立たないように着いてきてくれている。


 シャールーズとは手紙の交換はしていない。お互いに家名を明かしていないからだ。だけど、毎年、彼と会うのに苦労したことは無い。いつも、夏になってギティに遊びに来たときに、必ずシーク近くの公園に行くとシャールーズに会えるのだ。


 私が待っていた年もあるし、シャールーズが先に待っていたこともある。どうしてか、必ず巡り会うのだ。

 そんな偶然にルイは、半信半疑で「ゆっくりシークがみたい」とお強請りをしている。それにかまわず、私は公園のベンチに座っていると、背後から声をかけられた。


「よぉ、久しぶりだな。ジュリア」


 聞き覚えのある声がして振り返ると、去年よりもだいぶ身長が伸びたシャールーズが片手を上げて立っていた。

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