夏の薔薇の思い出
第8話弟と楽しいお茶会
薔薇園での騒動は、一段落した。
一段落したように見せかけているのだと思う。私は子供だからと、簡単な説明しかされていない。王妃からの謝罪は無い。
お父様は、水面下で何かして下さっているかもしれないが、家にいるだけの私には何が起きているか分からなかった。
お兄様は週が明けて学校へ戻っていった。その際、本当に名残惜しそうに汽車の時間ぎりぎりまで、私を抱きしめたり、なでたりしていた。
お兄様、最近、毎週末ごとに帰ってこられてるけれど学業は大丈夫なのかしら?そろそろ夏期休暇前の学年末だから、授業はほとんど無いとおっしゃってたけれど。
お兄様が次にお屋敷に戻ってこられるのは、夏期休暇の初日。次の日から家族総出で毎年、夏を過ごしているナジュム王国のギティへ向かう。
お父様は、外交のお仕事。お母様も夫婦揃って出席のナジュム王国の貴族が主催する夜会に出席される。私たち子供は、一緒に遊ぶかというと……去年まで一緒に遊んでいた記憶は無い。それぞれ適当に思い思いに過ごして居るみたいだ。
処刑回避をしたい私としては、どうにかして弟の気を引いておきたい。ヒロインが弟のルートを選んだとき、弟は私にとって裏切り者だ。ない事をあることに変えて、煙の無いところに無理矢理火を付けるのだ。
普段からお屋敷に私と弟はずっといるけれど、お互いに家庭教師が来て勉強をしていたり、レッスンがあったりと、食事の時以外、屋敷内で顔を合わせることが無い。
お兄様とはよく話していたと思うのだけれど、貴族の生活って、会おうと思わない限り一緒に過ごすことは難しいかも。
弟は、十歳。私とは意見が合わないことがあって、顔を合わせると嫌みの応酬をすることもある。
だって、小生意気なんだもの!
「姉上、ぼんやりして令嬢にあるまじき表情をしてますよ」
今だってほら。私は中庭の四阿で紅茶を楽しんでいたところを、こうしてわざわざやってきて嫌みをいうのだ。
私はダンスレッスンが終わって休憩しているだけなのに。
弟の名前はルイ。お母様と、お兄様と同じ金髪で瞳は、私と同じ空色。まだまだ可愛い顔立ちなんだけれど、将来美丈夫になりそうな気配はある。
ルイは、私の隣に座って控えていたメイドにお茶を持ってくるように伝える。
あれ?なんで私の隣に座ってるの。
「姉上、一緒にお茶しませんか?」
「……どうぞ」
すでに紅茶を持ってくるように頼んでいる人がいまさら私に了承を得たいわけではあるまい。
ルイは、獲物を見つけた猫のように目を煌めかせて口の端を上げた。この表情、お兄様も見せたことある。妙なところで、兄弟で似てるのね。
「ふーん……姉上、雰囲気変わったよね」
姉弟とは思えないぐらい隣に密着して座り直したルイは、私の顔を覗き込んでくる。私はルイが何を考えているのか分からなくて、小首をかしげる。
「本当にどうしたの?いつもなら、一緒にお茶を飲むのも嫌がるし、こうして僕が隣に座るのも許さないのに」
弟が隣に座るのを嫌がるってどんだけ嫌ってるんだろう。ゲームでは、弟とは疎遠としか書いてなかったから、どうして仲が悪いのかまでは分からない。
この分だと一方的にジュリアがルイのことを嫌っていたようでもある。
ルイは、私が何も言わないので強硬手段にでることにしたらしい。私を四阿のベンチの上に押し倒すように押さえつける。
「何考えているの?」
女の子のように可愛らしい顔立ちをゆがませて、私の上に押さえ込むように乗る。適当なこと言ったら、このままサンドバッグにされそう。
「何が知りたいの?大人になるなら、変わらないと」
いつまでも、子供の時の我が儘ではいられないのだ。分別を覚えて、自分でできること、できないことを覚えて、大人になる。
王宮でのお茶会で思い知った。私は、まだ、子供なのだ。
ルイが急に変わったと思うのなら、私が前世の記憶を思い出したから、分別があって自分のできること、できないことが分かる大人としての記憶があるからだ。
「じゃあ、なんで急に経済なんて勉強するようになったの?」
「いずれ、私はどこかへ嫁ぐ身。夫を助けるために領地経営を覚えるのは大事なこと」
「……バカだね、姉上。本当に変わっちゃたんだ。以前なら、領地経営の事なんてこれっぽっちも言わなかったよ」
ルイは何かに納得したように、私を押さえていた手を離して、私の上からどいた。私も身を起こして、乱されてしまった服装を直していると、メイドがルイの分のお茶を持ってきた。
「さ、姉上。僕にもその領地経営の話を聞かせて」
まるで昔から仲の良かった姉弟のように、ルイは私に甘えた声を出した。
え?なにこの今まで、懐かなかった猫が急にすりよってきた感覚。
四阿での一件以来、ルイとの仲は改善されてきている。不思議なことに、あれほど邸内ですれ違うことすらしなかったのに、いまでは食事以外でもよくルイをみかけ、ルイと話をすることが増えた。
最初は、話題が無くて政治、経済の学問の話しかしていなかったが最近ではいま、王都で流行っている観劇の演目の話や、社交界で話題になっていることなどなんでもないような事を話すようになった。
この可愛い弟が、王子ルートの時には裏切るのか。もし、本当に裏切ったら、私は平常心でいられるだろうか。
明日は、お兄様が夏休みで、学校からお屋敷に戻ってくる日だ。あさってには、旅立つ。今から浮かれるように旅行の荷造りを始める。
ほら、ね、シャールーズに会いたいし。
シャールーズに会ったら、小さい頃に薔薇園であったか聞かなきゃ。
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