第7話ニーチェの言葉を噛み締めろ!

最大のうぬぼれ

最大のうぬぼれとは何なのか。

愛されたいという欲求だ、

そこには、自分は愛される価値があるのだという声高な主張がある。

そういう人は、自分を他人の人々よりも高い場所にいる特別な存在だと思っている。自分だけは特別に評価されら資格があると思っている差別主義者だ。

---引用「人間的な、あまりに人間的な---ニーチェ」



 広間に朗々とした声が響き渡った。威圧するような声に、王妃の手が止まった。お父様は王妃の隙をついて、毒杯を取り上げ従者の持っていた盆の上に置いた。

 部屋に入ってきたのは、国王の証である深紅のショートマントを羽織った男性だ。この国の国王ジョージ・ランカスターだ。


「止めよ、王妃」


 国王に対し一斉に深くお辞儀をする中、国王は王妃の側まで来て、私と距離を取らせた。


「しかし陛下、この女は私の息子を殺そうとしたのです」


 目に涙を限界まで浮かべて、眉根を下げこれでもか、というほど悲しんでいる表情を見せる。女の媚びた表情だが、騙される男性は多いだろう。


「デクルー嬢の魔法暴発が原因では無い」


 自分の妻ともなれば、媚態を見慣れているのか国王はまったく揺るぎもしない声で言うと、国王の従者に合図を送った。


「僕が証人になりましょう、父上、母上」


 最初に薔薇園で会ったときよりも、幾分か青白い顔をしたジョシュア王子が国王の従者の案内で、広間の入り口に立っていた。


「まあ、寝てないとダメよ。ジョシュア」


 どこから声を出しているのか、頭のてっぺんから突き抜けそうな高い声をだして、王妃がジョシュア王子の側に寄り添う。さすがに走り出しはしなかったけれど、王妃にしては、ぱたぱたと優雅さにかける。


 なんだろう……この王妃の違和感……。


そうだ、まだ礼儀作法習いたてのローティーンみたいに無邪気なしぐさなんだ。わざとそういうフリをしているのかもしれないけれど


 ジョシュア王子は、そんな王妃を軽く躱して部屋の中央に歩み寄った。


「すみません、デクルー嬢。すぐに縄を解きます」


 ジョシュア王子の言葉で、王宮騎士が私を縛っていたロープを解いてくれた。ジョシュア王子が手をさしのべて、私を立ち上がらせようとする。しかし、先ほどから何度も暴力を振るわれていたので、立ち上がろうとしても体が痛くて、できない。


「けがをなさっているのですね。すぐに終わらせますので、しばらくこのままでお待ちください」


 王子は私を痛ましそうに見つめてから、周囲に居る大人達を見渡した。


「今回の事件を時系列順に追っていきます。最初に、侯爵令嬢とそのご家族がテーブル席で歓談をしていた。そこに、僕が挨拶回りにやってくる。僕は、身分の高い順に回ろうとしていたので、最初から、あなた方侯爵家のテーブルを回るつもりでした」


 大人達に囲まれているのに、王子はまったく物怖じしていない。


「最初にデクルー嬢に声をかけたのは偶然です。たまたま近かったですし。簡単な挨拶をして、少しだけお話をしようと思っていました。そこへ、突然、見知らぬ少女が割り込んできました」


 王妃が、なにかまだ言っているようだが、国王が目を光らせているおかげで、王子の証言が続く。


「少女は、薔薇園の茂みから飛び出してきました。一目散に僕へ向かって走り寄り、危険を察知し、僕を庇ったデクルー嬢に『死の呪文』を使った」


「ジュリアは、守りの石を身につけていたから助かった」


 お兄様の唸るように呟いた言葉に、ジョシュア王子が頷いた。


「守りの石が無かったら危なかったでしょう。少女は僕に抱きつき、『魅了の呪文』を使った。そのとき、護衛達が少女を切ろうとしたので、少女は逃げ去った」


「子供が『魅了の呪文』を使ったというのですか?」


 ダウンシャー夫人が不思議そうにジョシュア王子に聞いた。


「それは、後からフレンに説明させます」


 フレンは宮廷魔術師だ。


「僕にかけられた『魅了の呪文』は、フレンが解呪してくれました。しかし、もし解呪できなかったら、あの少女をなんとしてでも、僕の妃にしたいと思ったでしょう」


「それは、国家の一大事では?」


 お父様が文官として意見を述べる。あっさりと王宮に侵入し、好き勝手に『魅了』できてしまうのであれば、王妃となり国王を籠絡し、自分の意のままに操ることが可能になってしまう。


「少女の行方は分かりません。分かったのは、王族でしか知らない、王城の隠し通路を使って侵入し、脱出した、ということです」


 王族しか知らないはずの機密を知っている少女なんてやばすぎる。普通、子供はそういう情報は手に入れられない。大人が、子供に教えたと考える。そうなると、誰か裏切り者がいるのだ。


 この、王宮に。


「子供が魔法を使えたことについては、私が説明しましょう」


 宮廷魔術師の証であるローブを身にまとい、線の細い青年が優雅に一礼した。フレンだ。


「魔法を行使するというのは、素質が重要で通常、60%以上の魔力を体内に有していれば魔法が使えます。我々、貴族は平均的に70%から80%の含有率で、魔法を使うのは得意な方と言えましょう。しかし、魔法を使うときには特定の動作や、特定の言葉を口にしないと行使できないことが多いのです」


 フレンは、人差し指でくるっと空中に円を描いて、ぼんやりと明るく光る球体を出した。


「このように、簡単な照明の呪文を使うにも多少の動作が必要です。難しい呪文になればなるほど、動作は大げさに、言葉も複雑になります。しかし、含有率が95%から100%になると、この動作が不要になります。どんな呪文も、思いのまま」


 あの少女が私に呪文を使ったとき、行った動作は私を指でさしただけだ。本当に『死の呪文』を使ったのであれば、恐ろしい。高等な呪文の一つなのに、あんなに、簡単に。


「デクルー嬢に使った呪文も、殿下に使った呪文も高等魔法です。簡単に行使できる物ではありません。あの少女は、おそらく含有率が限りなく100%に近いのでしょう」


 どこの誰だかもわからない子供が、王宮の秘密通路を使って出入りしたあげく、王子に魅了の呪文をかけて、妃の座を狙ってました、だなんて。立派なテロだわ。


「王宮では、少女の行方を追っている。我が子ジョシュアには、魔法対策用のアイテムを身につけさせた。デクルー嬢には、宮廷医師に怪我の様子を診察させよう。デクルー侯爵家には後ほど、詫びの品を贈る。以上だ」


 国王は、王妃とジョシュア王子をつれて広間から出て行った。王妃はなんか、まだ色々言っていたけれど、国王がなだめすかしているようだった。


 私は、国王の従者にお姫様だっこをされ、王宮の医務室で手当を受けることになった。


 清潔だけれど広い王宮の医務室の丸椅子に座らされ、私は全身怪我が無いか診察を受けていた。さんざん床に転がされたので、打ち身が幾つかと、右足をねんざしていた。顔も腫れていて、唇も切っている。一通りの診察と手当を終えて、姫様だっこしてくれた従者が、私の髪の毛を整えてくれた。国王付きの従者って、優秀。すっかり、乱れていた服装を整えてくれた。


 診察室には、両親とお兄様が居てくれて、心細くなかったし、久しぶりに四人揃ってお屋敷に帰るのも嬉しかった。


 屋敷に帰り着くと、玄関ホールで心配そうな表情をして、だけれど、頬を膨らませてむくれている弟が出迎えてくれた。


 ああ、私、無事に帰ってこれたんだ。




 後日、国王からは「守りの石」と「魔法抵抗の石」が家族の人数分送られてきた。とても精度の高い物で、高価な物らしい。


 品物が送られてきたついでに、気になっていた王妃と父親の関係を聞いてみることにした。まさか、浮気とは思わないけれど、何も無かったという関係ではあるまい。


 十二歳の子供に言うのは気が引けるのか、お父様は執務室でいつも座っている椅子で居心地悪そうにしながら答えてくれた。


「お父様とお母様が政略結婚なのは知っているな」


「はい。でも、とても仲むつまじいと、レイモンドが言ってました」


「お父様とお母様は、同じ学校に通っていて、そこで心を通わせたのだ。普通の恋人同士と変わらないよ」


 お父様が言うには、十歳の頃に婚約者と決められて、お互いに偶に会って話をする仲だったが、心が通ったのは同じ学校に通い共に過ごすようになったからだそうだ。


 人並みに、青春を送り、城下町などでデートもしたらしい。


 それで物語のように終わればハッピーエンドだったのだが、同じ学校には、当時王太子だった国王と、王太子の婚約者だった王妃がいた。王妃は困った人で、国王からの心も欲しがったが、お父様からの心も欲しがったし、当時はまだ、頭角を現してなかったが、美丈夫として有名だったダウンシャー令息……今は、侯爵などなど、名だたる殿方のお心欲しがったのだそうだ。


 欲しいだけでは無くて、心がもらえて当然と思い込んでいて、それはそれは迷惑をしていたそうだ。


 名門貴族ともなれば、学校入学する十五歳の時点で婚約者が決まっていることも多く、王妃の振る舞いの所為で、婚約者との関係に苦労した人もいるそうだ。


 とくに、王妃のお気に入りは国王とお父様で、お父様がきっぱりはっきり、お母様と結婚することを宣言すると、王妃は烈火のごとく怒り狂い、お母様を殺そうとあの手この手を使い阻止しようと躍起になった。国王も、さすがにこの婚約は辞めたいと思ったのか、王妃との婚約を白紙に戻そうとしたが、政治的な思惑があってできなかったらしい。


 結局、王妃になりある程度の我が儘が通じるようになって、一時期は落ち着いたのだが、嫉妬が再燃したらしい。

 再燃の原因は、私。どうやら、女の子が生まれたのが気に入らないみたい。お茶会で私の失態とも取れる事件があったので、ついでに処刑しようとしたのだろうと、お父様は推測していた。

 こんなことしても、王妃の支持率は変わらない。王妃には強固な保守派貴族たちの後ろ盾がある。お父様は、保守派貴族と対立しているリベラル派だ。もっとも、リベラル派と言っても前世でのリベラル主義と違って、選ばれた貴族が支配する中での自由、なので前世のリベラル派とはちょっと違う。


 ゲームのエンディングであっさり、国家反逆罪になったのって、この王妃が私を陥れたんじゃないの?


 ニーチェの言葉でも噛みしめやがれ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る