第4話死亡フラグが足音立ててやってくる


 お茶会の準備は、おもに張り切ったお母様とお兄様がしてくれた。たくさんのドレスを着せられ、久しぶりに着せ替え人形の気分だった。

 お茶会は毎年、王家主催で行われている物なので、慌ててドレスを作るということもなく、前もって時間をかけて用意したドレスを着ることになった。


 私が選んだドレスは十二歳にしては、フリルやレースのたぐいは少なめでシックなデザインだ。紺色に染められた布地に共色の刺繍糸で細かい花柄が施されている。


 そう、遠くで見ると地味だけれど近くで見ると超お高い手の込んだドレスだ。


 悪役令嬢の設定らしく私の顔立ちは派手なので、地味なドレスでちょうど良い。これでも、お父様に顔が似ていると言われるのだけど。


 歩く死亡フラグ建築士に、惚れられては困る。かといって、まったく相手にしないで「面白い奴だ」と、興味を持たれても困る。

 ゲームの王子の性格から考えると、私みたいな顔と性格は嫌いだと思うんだよね。


 そこで、私は考えたのだ。数ある王子の取り巻き令嬢の一人になろう……と!


 だいたい、ああいう人たちは取り巻きをすべて同じようにチヤホヤしてくれる人たち、とグルーピングしているので、個というものを意識していない事が多い。

 そこに、私が入っておけば……後は、分かるな。私を婚約者にしようとは思わないわけだ。集団でしか覚えていないのだから。


 取り巻きなんて、今までの人生でやったこと無いけれど、みんなに交じってキャーキャー言っておけばいいんでしょ。楽勝!


 私は浮かれながら、家紋入りの馬車に乗り王宮に向かった。


 王宮は細い塔がいくつも立つシンメトリーのお城で白い石作りなので日の光が当たるととても優美だ。前庭もシンメトリーに整えられている。


 美しい前庭を馬車で通り抜けて、馬車止まりでお兄様にエスコートされながら、馬車から降りた。お兄様と私の衣装は、おそろいの色を使っている。

 お兄様は、いつもと違って髪の毛を分けて後ろに撫でつけてスーツを着ている。スリーピースで、中のベストはよくみるとチェック模様という凝った作りだ。とても似合っていて、素敵な紳士である。


 玄関ホールを抜けて、薔薇園のある中庭に向かう。王宮の薔薇園は見事な造りだと、とても有名だ。何代か前の王妃様が薔薇が好きで自らデザインを行って薔薇園を造ったらしい。


 薔薇園の入り口は、薔薇のアーケードから始まる。おとぎの国への入り口みたいだ。アーチ状に綺麗に薔薇の蔓が絡まっているので、木香薔薇の一種かもしれない。白くて小さな花が満開だ。


 石畳の道の両脇に薔薇が植えられていて、夏の薔薇の早咲きの種類が、咲き誇っていた。あまり匂いの強くない品種が多いようで、薔薇の匂いに噎せ返る、ということはなさそうだ。


 薔薇園の中程にテーブルセットが準備されている。白い繊細なデザインのセットで、おとぎの世界のような雰囲気そのものだ。


 すでに何名かは到着していて、思い思いに過ごしているようだ。このお茶会の参加者としては、伯爵家以上で王子のご学友もしくは、婚約者として候補になり得る子息令嬢達が集められている。


 事前に、お父様にデクルー家の立場を聞いてある。積極的に王子の婚約者にはなりたくないそうだ。


 なんて、好都合。


 娘かわいさに嫁にやりたくない、ではなくデクルー家は王家との婚姻が多く、血が濃くなっているのだそうだ。これは、他に2つある侯爵家もおなじで、どこの侯爵家もしばらくは王族との婚姻は避けたいのだそうだ。


 とはいえ、身分的には申し分ないのでこういうお茶会には参加しないと行けない世知辛さ。


 よりによって、3つの侯爵家それぞれに、王子と歳が釣り合う令嬢がいるのだ。


 やだー、婚約者候補これで、決まりじゃ無いですか!

 ほんと、茶番過ぎる。


 空いている席にお兄様と一緒に座って待っていると、向かいの空いている席に、二人組がやってきた。

 私たちとおなじで兄と妹でお茶会に参加している、アングルシー侯爵家のウィリアムズとシベルだ。

 シベルは、夜空のような髪色で、頭の上でシニョンにしている。切れ長の目から覗く瞳は、深い森の色だ。瞳と同じ色のリボンで結ばれていて可愛い。ドレスもリボンと同じ色で裾がふわっと広がっている。頬も唇も桜色で、可愛らしい。


 侯爵家同士ということもあって、お互いのことは知っている。友人、といっても良いだろう。


「お互い、妹のエスコートか」


 ウィリアムズが私たち兄妹を見て、苦笑した。ウィリアムズは、髪色と瞳の色はシベルと同じだ。髪の毛を後ろに撫でつけ、紺色のスーツを着た姿は、小さな紳士だ。


「僕は、妹のエスコートができて、最高に幸せだけどね」


 お兄様は、私の頭を右手で引き寄せると、そのまま私の頭を優しくなでつける。

 猫にでもなった気分だ。お兄様の胸元にすりすりと頬をすりつける。


 私の狙いとしては、この子や、もう一人の侯爵令嬢達を筆頭として、王子の取り巻きの一人になることだ。


 もう一人の侯爵令嬢を探そうかな、と思っていたら、私たちのテーブルに声がかかった。


「お仲間に入れていただいても良いかしら?」


 上品な大人の女性の声だ。三大侯爵家のひとつダウンシャー家の侯爵夫人だ。隣には、令嬢であるマーゴが立っている。


 社交界の花と言われるだけあって、ダウンシャー侯爵夫人は立っているだけで華やかな人だ。その娘であるマーゴは父親に似たのか、そこまで華やかでは無い。でも、かなりの美少女だ。

 赤みを帯びた茶色の髪を左右に分けて結い、フリルのついたリボンで留めている。パフスリーブのドレスで、チュール地をスカート部分にふんだんに使っているので、全体的にふわふわとした雰囲気だ。


「どうぞ、ダウンシャー夫人、ダウンシャー嬢」


 お兄様は、立ち上がって空いている席にエスコートする。こういうことを成人前なのに、とっさにできてしまうから、お兄様は、ご婦人方にもとても、モテるのだ。


「皆様、お久しぶりね。今日は、マーゴと参加させていただきますわ」


 私の家のデクルー家、アングルシー家、ダウンシャー家は、三大侯爵家と言われて、お互いライバルではあるけれど、王国に忠誠を誓った者同士として、おなじ家格ということもあって、それなりに交流している。

 下手をすると、遠縁よりも彼らと交流している。年の近い者達は、良い遊び相手だ。


 私は、シベルとマーゴと三人で視線を合わせて、こっそり笑った。お互いに、このお茶会に参加することは、事前の手紙で知っている。


 私が、シベルとマーゴの今日の装いについて、褒めようと口を開いたところで、薔薇園の入り口で、ひときわ華やいだ声が聞こえた。


 振り返ると、歩く死亡フラグが薔薇園の入り口に立っていた。


 ついに、おいでなさった。


 さっそく令嬢達の関心を集めている歩く死亡フラグ、ことこの国の第一王子である。数年以内には立太子されると噂されている、王位継承権第一位のジョシュア・ランカスターだ。

 薄い金髪は肩ぐらいの長さに伸び、優しい顔立ちもあって、とびきりの美少女に見える。グレーのジャケットとパンツで中に着ているシャツは瞳と同じ空色だ。中性的な雰囲気で、男装した姫ですと言われたら納得してしまう。


 さっそく薔薇園の入り口付近に居た令嬢達に囲まれている。

 あれだ、あれに紛れなくちゃ。


 私は、落ち着き払って座っているシベルとマーゴを横目に、令嬢達の群れに近づいた。

 群れの後ろのほうに紛れ込んで、同じように「殿下素敵」と自分の名前を他の令嬢に被せて名乗り、他の令嬢にも名前を被せられて、誰だか分からないようになったところで、さっと群れから離れた。


 今日の役目は終わりだな。


 「殿下にアピールしました」という報告も両親にできるし、適当な頃合いに帰るようにお兄様に言おうっと。


「お兄様、殿下にアピールしましたし、適当な時間に帰りましょう」


 私が意気揚々とテーブルに戻ってきて、得意げに胸を張っているのをみて、お兄様は吹き出した。


 ああ、そんな姿も格好いいです。お兄様。


「確かに、ちゃんとアピールしてたね」


「マーゴ、貴女もとりあえず名前を言って来なさい。お父様の顔を立てるのですよ」


 ダウンシャー夫人もあまり乗り気では無いみたいだ。名前だけ娘に告げさせて、帰るつもりのようだ。


 マーゴが渋々席を立ち上がろうとすると、ソレよりも早く、死亡フラグが足音たててやってきた。


 え?ちょ……なんで、このテーブルに真っ先に来るかな!

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