第3話思い出は薔薇と共に


 お嬢様教育は受けつつ、経済と歴史の勉強に力を入れている。侯爵家というだけあって、図書室の本は膨大な量で貴重な本もたくさんある。


 家庭教師では教えてくれないそこんトコロ!を自分で調べるにはもってこいなのだ。


 貴族の令嬢は、良い結婚相手を見つけて跡継ぎを生むことが一番の役目なので、経済や歴史は勉強しないのが当たり前だしね。


 私は、壁がすべて本棚になった図書室で深く呼吸をする。羊皮紙とインクの混じった匂いが、気分を落ち着かせる。


 図書室の匂い、結構好きかも。


 歴史書を読んでいて思うのは、ここはゲームの世界じゃ無いんだな、というところか。ゲームでは学園生活にスポットを当てていたので、表面的なアレコレが多かったが、ここは現実。薄っぺらいアレコレでは済まされないので、ちゃんと歴史が積み上がっていた。


 私の住むランカスター王国は、イメージ的には産業革命直前の大英帝国。隣国で平和条約は結んでいるけれど国境沿いでたまに、小競り合いをしているナジュム王国は、オスマン帝国。同じく隣国のアールシュ帝国は、ムガル帝国というイメージ。


 なんだかんだと、我がランカスター王国は、ナジュム王国とアールシュ帝国とは縁が切れない関係。貿易もしてるし、お互いの行き来も盛んだけれど、たまに小競り合いをしちゃう。


 どの時代も隣国との関係は、そんなものかもしれない。


「だいぶ熱心に本を読んでいるね」


 読んでいた歴史書の上に陰が落ち、私は顔を上げた。三歳年上の兄が面白そうなものを見つけた猫のような顔で見下ろしている。


「おかえりなさいませ、お兄様。お久しぶりです」


 今年十五歳になる兄は、全寮制の学校に通っている。名門一族であれば必ず通う「王立魔法学校」だ。私も三年後には通うことになる。


 そして、ゲームの幕開け、というわけ。


 兄は攻略対象者ではない。十分にかっこいい顔立ちだが、学園が舞台なので年齢が外れてしまうからヒロインの恋の相手では無かったのだろう。


「私も侯爵家の娘ですもの。少しは領地経営に役立ちそうなことを、と思って」


 領地経営というより、手っ取り早く金儲けをする方法、だけれど。


「……?悪いものでも食べたの?前は、そんなこと言ってなかったでしょ?」


 おっと。記憶が戻る前の私は、そんなことを考えるタイプではなかったみたいだ。


 お兄様は、お母様と同じ紫水晶のような目を細めて、不審そうに見ている。


「やだ、お兄様。ジュリアはもう、十二歳なんです。立派なレディですから、当然ですわ」


 わざと、頬を膨らませてお兄様を睨み付ける。ちょうど上目遣いになる身長差だ。お兄様は、シスコン気味という設定だったはずなので、これでごまかされてくれるはずだ。


 案の定、お兄様は目を細めて嬉しそうに笑った後、私の頭をなでてくれた。


「そうだったね。僕のリトル・レディ。今度のお茶会でエスコートさせていただけませんか?」


 芝居がかった言い方で、本当の淑女を相手にするように私の右手を掴む。


 うわあぁぁっ。お兄様、かっこいい。


「お茶会?」


 私はまだ未成年なので夜会には出られない。未成年の貴族の子息令嬢たちが、将来のためによく参加するのは、家々で開催される茶会だ。


 夜会とは違いエスコートするパートナーなど不要だが、身内や知人と一緒に参加したほうが、気楽だ。


「そう、毎年恒例の王宮の薔薇園でのお茶会だよ。マイ・リトル・レディ。参加してくださいますよね?」


 握っていた手の甲にわざとリップ音がするようにキスをして、さわやかにお兄様が微笑んだ。


「はい、参加します」


 何も考えずに即答しちゃったけれど、私お兄様の手の上でコロコロ転がされてる。でもいい、お兄様だったら!


 王宮の薔薇園って、死亡フラグ建築士の王子様と悪役令嬢が初めて出会う場所じゃ無かったっけ-?!


 誰だ、お兄様だったらダマされても良いと思ったの!……私か……私だよ!!悔しい!



 王宮薔薇園でのお茶会、で思い出したことがある。


 私、4歳の時に、一面薔薇が咲き誇る庭園で同年代の男の子に出会って、いきなりプロポーズされてるんですよ。


「大きくなったら、迎えに行く」


 と、男の子は言ってて、ジュリアはうっとりしながら頷くわけです。物語の王子様みたいですもんね!幼い子供の夢。


 で、なぜかゲームではこの幼い頃の思い出の薔薇の王子を、王宮の薔薇園のお茶会で紹介された王子だと思っちゃうんだなぁ。


 それで、無理矢理婚約者に収まる。もともと、身分的には問題ないのだけれど、王室としては「婚約者候補」の一人にしておきたかったみたい。


 実際に、結婚する頃に勢力図が変わってるかもしれないしねぇ。


 ゲームで、王子ルートをヒロインが選んだ場合は、当然、王子にはふられ、なぜか国家反逆罪で処刑。たしか、両親と兄も連座。ただ、ヒロイン側についていた弟だけは罪を免れる……という「調子良いことやってんじゃねぇよ、弟」と言いたくなるようなエンディングだった。


 もっと衝撃なのは、私がジュリアとして生まれたから気がついたんだけど。


 4歳の頃に会った思い出の王子の肌は、浅黒く、切れ長の瞳、黒髪と。すごくエキゾチックな顔立ちで、とてもじゃないけど、王宮の薔薇園お茶会で会う、死亡フラグ建築士王子とは、似ても似つかないんだよね。


 どうして、勘違いしたのかしら?


 まあ、たぶん、王宮の薔薇園お茶会で出会った王子に一目惚れして、過去の記憶を書き換えちゃったんだと思うんだけど。


 人間の脳なんて、いい加減だしね。ゲーム的にも都合が良いし。


 ゲームのジュリアは、思い出の王子と再会したのは王宮の薔薇園と思っているようだけど、実は違う。


 なんと、毎年会っているのだ!


 毎年、夏になると避暑というか、旅行でナジュム王国の港町ギティに行く。ここで毎年一緒に遊んでいる男の子がいるのだが、その男の子がどう考えても思い出の王子である。


 髪の毛黒くて、切れ長涼やかな目元に、紅玉のような瞳。浅黒い肌にしなやかな体躯。エキゾチックな風貌の少年で、育ちが良くてちょっと偉そう。


 口を開くと憎まれ口や、粗野な言葉も出てくるからゲームのジュリア的には、思い出の王子という考えには至らなかったみたい。


 名前は、なんと言ったか。そう……。


「シャールーズ……そう、シャールーズだった」


 名前もエキゾチック。綺麗な顔立ちなので、アラビアンナイトのような王子ルックがとても似合いそうだった。


 今年の夏に会いに行ったら、思い出の王子か確認してみようっと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る