薔薇園のお茶会

第2話お金こそすべて


 私の名前はジュリア・デクルー。12歳。ランカスター王国の侯爵家の長女。誰でも受けられる「魔力一斉検査」を行ったら、なんと前世を思い出してしまった!


 「光と闇のファンタジア」というタイトルの乙女ゲームのライバル令嬢だったのだ。ヒロインが、王子ルートを選ぶと何度も壁となって立ちはだかる、ハイスペックライバルお嬢様で、最期はヒロインと王子が結婚式を挙げるスチルが表示される中「処刑されました」とテキスト表示されて幕を閉じてしまう。


 ヒロインをいじめてはいない、ただ学業で競り合っただけのジュリアお嬢様は、なぜかエンディングで突然処刑されてしまったのだ。


 容姿端麗、才色兼備、だけど最期は国家反逆罪で処刑される、その名も「ジュリア・デクルー」!


 そんな人生、やってられるかっての。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


 魔力検査用の魔法石を握りしめて、白目を剥いていた私を、心配そうに眉根を寄せた青年が顔をのぞき込む。

 あ、この心配そうに私をみてる従僕、最期に裏切ってヒロイン側に駆け込む攻略キャラだ。

 金髪を短く切りそろえて、こざっぱりとした清潔感があり、優しそうな顔立ちな従僕はヒロインと偶然に出会い恋に落ちるルートがある。


「大丈夫よ」


 ちっとも大丈夫じゃ無いけれど、検査が終わったようなので、魔法石を向かいに座っている魔術師に手渡した。


「デクルー様は、体内生成される魔力が30%と大幅に少ないようですね」


 私から魔法石を受け取った魔術師の女性が、魔法石を天秤に乗せて言った。私が握っていた魔法石の乗っている天秤の皿は上がっている。


「少ない……?」


「貴族階級の皆様は、だいたい、70%から80%ぐらいですので、ダントツに低いです。平民並みですね」


 お?これは、さっそく処刑されないフラグが確立したのでは??

 ゲームでは、こんなこと誰も言っていなかった気がする。


 「魔力一斉検査」を終えた私は、急いで侯爵家の屋敷に戻った。バットエンドを迎えないために、変えられそうなことは全部変えていかなきゃ。

 ちょうど、お父様が在宅している時刻だ。なんだかんだと、娘に甘い父親なのだから、久しぶりのお強請りに、二言無く叶えてくれるだろう、という算段があった。


 玄関で家令のレイモンドにお父様に会いたいので時間を取ってほしいことを頼む。


 貴族として生活していて面倒だと思うのは、家族に会うにも使用人を通さなければならないことだ。家令のレイモンドが、父の補佐役である執事のジャンに話が伝わり、そこから父との面会時間が決まる。


 どうせ面会まで、暫く時間がかかるだろうから、とメイドを呼んで部屋着に着替えることにした。


 ちょうど着替え終わったタイミングで、メイドが呼びに来てお父様と面会することになった。


 デクルー侯爵家は、由緒正しい家柄で屋敷にある調度品は、どれも先祖代々伝わる一品で、重厚感のある内装だ。私は、父の執務室の重い扉がこれから自分に待ち受けている試練のように感じた。


 扉をノックすると、すぐに「入れ」というお父様の声がした。重い扉をメイドに開けてもらった。


「どうかしたか、ジュリア」


 お父様は、執務中らしく執務机の上の羊皮紙から目を離さずに私に問いかけた。私と同じ銀髪で、猫の目のようなつり目で精悍な顔立ち。目の色も私と同じ薄い空色。上等な仕立てのダークブラウンのスーツを着こなしている。一見、無地のようにみえるジャケットだが、銀色のピンストライプが模様になっている。


 私はできる限りの可愛い声を出して、一気にたたみかける。


「お父様、今日魔力一斉検査を受けましたの。私は魔力が人より少ないようですわ。十五歳から通う王立魔法学園では、錬金術師学科を希望します」


「魔力が少ない程度では、理由にならぬ」


「だって、お父様。私、魔法学科だと魔法の使えないクラスになってしまいますわ。でしたら、最近お父様が普及に力を入れてらっしゃる錬金術を学んで、すこしでもお父様のお役に立ちたいの」


 お父様は、長年ランカスター王国の外交を担当している。隣国のナジュム王国で盛んに研究されている錬金術を、この国でも研究しようと、働きかけているのを私は知っていた。


 錬金術師は、魔力が少なくても成ることができる。重要なのは、錬金術で何を作り出すか、ということだ。

 なにより、「光と闇のファンタジア」の主な舞台は「王立魔法学園の魔法学科」なのだ。私が所属しなければ、何も始まるまい……!


「将来のことを考えているのなら、良いだろう」


「……!ありがとうございます。お父様、大好き!」


 あざといかな、というぐらいの笑顔を見せて、ついでに椅子に座っているお父様に抱きつく。意外と子煩悩だから、お父様はこれで機嫌良いはず。


 案の定、デレッとした笑顔で私を抱きしめ返してくれる。ダンディな顔が、ちょっと台無し。


 ゲームでは、王子や他の攻略者たち、ヒロインとおなじ魔法学科だったので、ヒロインの比較されたり、ヒロインにライバル宣言したりと面倒なことをジュリアお嬢様はしていた。


 私は、しないだろうなぁ。そもそも、王子ってそんなにいい男だっけ?


 なにはともあれ、学科も別だしヒロインたちに縁があることは無いだろう。


 万が一、死亡フラグは回避できても平民落ちだったりすると、お金が必要になるのよね。食べなきゃ生きていけないし。


 やっぱり、自分で自由になるお金が欲しい。


 どうやって、資金を手に入れようか考えながら自分の部屋に戻ることにした。


 子供の姿って、こういうとき不便。商売に手を出すわけにはいかないし、良いアイディアがあったとしても、提案したら天才児として騒がれてしまう。


 目立たない普通の侯爵令嬢でいたい。それで王子の婚約者になるには、今一歩たりないぞ、と思わせる残念な要素が加われば、完璧。


 そもそも世界情勢がよく分からないから、金儲けにしても、平民落ちフラグを立てるにしてもアイディアが浮かばないし。


 やっぱり、しばらくは勉強かしら?

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