第8話 約束


 仕事最終日の夜。

私と渡辺は、いつものように定食屋で晩飯を食べていた。


「今日は行くんでしょ?」


「どこに?」


「またあ、いつものクラブですよー、二人がデートしてから全然行かないけど、喧嘩でもしたんですか?」


渡辺がニヤニヤしながら聞いてきた。


「するわけないだろ!毎日行ってたら生活費分ぐらい直ぐ飛んでしまうだろ!」


「まあ、何があったか知らないですけど、明日帰るんだから行きましょうよ。俺が間に入りますから・・・」


「別に何もないって!まあ、最終日だから行ってもいいけど・・・」


「決まり、行きましょう」


そう言って、渡辺は支払いをさっさと済ませ店を出ようとした。


(ただの客の一人だったことがショックで行く気になれなかったとは言えないな・・・)


 私達は、電話をせずにクラブに向かった。アポ無しだから、ひょっとするとシュウリンは他の客に付いている可能性もある。その時は、少し飲んで直ぐに帰ろうと思った。


 中に入ると、もう既に半分ぐらいの席が埋まっていたが、いつもの奥のボックス席は空いていた。私達は、勝手に奥の座席に行き座った。

誰も来ないなと思っていると、シュウリンがやってきた。


「遅くなってごめん。キープボトルがなかなか見つからなかったの」


そう言って、隣に座った。


「東条さん、この前は楽しかったね」


「あれ?喧嘩したんじゃないの?」


直ぐに渡辺がからかうように言った。


「え?誰と?」


彼女は何の話か分からず、首を傾げている。


「いやいや、何でもない、何でもない。渡辺うるさい!」


「えーなになに?二人で内緒の話した?私の悪口?」


「違うって。渡辺が勝手に言ってるだけ」


「えー、怪しい」


 彼女は相変わらず元気で明るい。テキパキと水割りを作りながら、私達の相手をしてくれる。ただの客扱いにされて、落ち込んでる自分が小さく思えた。


(こういう所に惹かれるんだよなあ)


「明日、日本に帰るから顔を見に来たんだ」


「ふふ、嬉しい。でも、大変だね。行ったり来たり」


「ほんとに。もうこっちで常駐しようかな・・・」


「そうなれば、いつでも会えるね」


 ふと出た常駐という言葉だが、確かにその手もあるのかと思った。独身なので特に問題は無いが、会社の立場上そうもいかないだろう。



「なあ、シュウリン。前にここに来た時の約束覚えてる?」


「約束?うーん、覚えてない。何かあった?」


「誕生日に指輪をプレゼントするっていう約束」


「あー、でもそれほんとの話なの?無理しなくて良いから・・・」


「いや、いろいろ観光とかに連れて行ってくれたしお礼に」


「お店に来てくれるだけで十分だよ。それに、誕生日にこっちに来るの?」


「ああ、来ようかと思ってる。シュウリンの好みとか分らないから、一緒に買いに行こうよ。・・・それとも、ただの客にプレゼントされるの嫌?」


「そんなことない。東条さんはもうただの客じゃないよ。一緒に遊びにも行ったし、良くお店にも来てくれるし、友達だよ」


 得意の営業トークかどうかは分からないが、友達という言葉は嬉しかった。


「じゃ、決まり。前の日に電話するよ」


「うん、分かった。待ってる」



 渡辺が話を聞いていたのかこっちを見ながら、


「青春だねえ」


と、からかってくる。


「うるさい!耳塞いでろ!」



 ――――私達は、明日も早いので2時間ほどでクラブを出た。

タクシーの中で渡辺が言った。


「いい娘じゃないですか、東条さんとお似合いですよ」



「ああ、あの娘といるとほんと楽しいんだ・・・」


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