5. 白雪姫とセブンス・リトル・ピープル
白雪姫と七人の小人の、なんかよくわかんないの
お城の中の、豪華な広いお部屋。そこで妃が一人、壁に掛けられた鏡に向かい、ゴホンと咳ばらいをした。
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」
『それは白雪姫です』
「……世界で一番の美女は誰?」
『白雪姫です』
「可愛いのは」
『白雪姫に決まってますよ?』
欲しい答えが得られず、妃の表情はみるみる険しいものになった。鏡には亡くなった前の妃の娘、白雪姫の姿が映っている。
「なによ! この子が美しいって、誰が決めたのよ!」
『白雪姫は去年“魔法の鏡が推す美女・年間一位”を、獲得しました。他に姿見、三面鏡、手鏡へのアンケートによる三部門も制覇、色白美少女部門でも優勝しています』
「鏡が美女アンケートを取るな!!!」
『ちなみに貴女は総合八位です。国内に限れば二位になります』
鏡には十位までの美女が映ります。
「割るわよ」
平和な話し合いの元、鏡は壊されるのを
しかし妃の気持ちは晴れません。彼女は白雪姫を追い出し、殺してしまおうと狩人を雇いました。
王妃に呼び出された狩人は困ってしまいます。彼は暗殺者ではなく、狩人なのです。動物の狩りはしますが、人を殺したことも、殺すつもりもありません。
ここで断れば自分が殺されるかも知れないし、姫の暗殺は別の人間に命令される。非道な相手が選ばれれば、姫は酷い目に遭うでしょう。狩人はいったん引き受けて姫を城から連れ出し、逃がそうとしました。
しかし自分で扉を開けたことすらない姫。普通に暮らせるわけがありません。ましてや、危険な森の中。逃がしても野たれ死んでしまいます。
狩人は姫を一人でも生きていかれるよう、猟の仕方、罠の張り方、獲物の捌き方、料理や掃除、買いものでの値切りの方法などを指導しました。そして妃に生き伸びたと知られてはいけないと、きつく言い聞かせます。
姫は白雪の名を捨て、ホワイトと名乗ることにしました。
ある日、ホワイトは猟で森の奥まで行き過ぎて、道に迷ってしまいました。すると、森の開けた場所に一件の家を発見。歩き疲れた彼女は、鍵もかかっていない不用心なその家で眠ってしまいます。ベッドは七つ、一番大きなベッドでもホワイトには小さく感じました。
日が暮れた頃、七つの足音が家を目指して来ます。
「ハイホー、ハイホー、仕事が終わった」
「半額弁当が今日の夕食」
「ハイホー、ハイホー」
呑気な歌にホワイトは目を覚まし、短刀を忍ばせて壁際でじっと息を潜めました。
「ただいま」
どうやら住民が帰宅したようです。ホワイトは思いきって住民の前に姿を出しました。
「お帰りなさい! 実は道に迷ったのです。一晩おいてくれませんか」
「いいよー、オッケー」
拍子抜けなほど簡単に許可が下りました。
彼らは小人で、一番大きい者でも、ホワイトの半分ほどの背丈しかありません。
小人たちは鉱山で採掘し、町に出て『セブンス・リトル・ピープル』という、歌って踊るアイドルグループをしていました。魔法の鏡ネットで動画配信をしている、女性に大人気のグループです。
人気の上昇とともに家事に手が回らなくなった彼らは、ちょうどメイドさんを募集していました。いつまでも狩人の世話になっていられないと思っていたホワイトは、それに応募し見事に面接で合格します。
「師匠、今までお世話になりました。私もついに就職しました」
「そうか、ホワイト。お前の腕なら、立派な狩人になれると期待していたんだがな」
狩人にとってホワイトとの生活は存外に楽しく、彼女を後継者に考えてたのです。狩りの弟子を見送って一人に戻るのが寂しく感じました。
「いつまでも無職ではいられませんから! 助けてくださったご恩は、一生忘れません。師匠が困った時に仕送りできるよう、しっかり稼いできます」
「いやね、実は狩人って職業なんだよ……」
ホワイトは狩人を妃の手先や臣下で、それが仕事だと思っていたのです。狩りは趣味だと誤解していました。
狩人はとても複雑な気持ちでホワイトを見送りました。
それからというもの、ホワイトは小人たちのために猪を狩って鍋にし、森のキノコや野草を使って料理を作り、家を掃除をして、メイドとして堅実に稼いでいきました。
ある日のこと。
セブンス・リトル・ピープルが写真撮影に、近くの村へ出かけました。ここには統合されて廃校になった尋常小学校があり、撮影に貸し切りをしたのです。村には岩場や樹齢千年の巨木など、撮影ポイントも色々あります。
準備万端で開始を待ちましたが、一緒に撮影するモデルの女性が不倫スキャンダルを報じられ、撮影に来られなくなってしまいました。困ったプロデューサーが村の女性に声をかけますが、
セブンス・リトル・ピープルたちも焦り、円陣を組んで相談を始めました。リーダーのドックが眼鏡を直しながら、議題を提示します。
「せっかくの初写真集なのに、話が流れそうだぞ……。誰かいい案はないか」
「ドック、ホワイトを呼んだらどうかな」
「モデルというよりアイドル顔だよな」
「ちょうどいいじゃないか! 俺たち七人のアイドル、その設定でイケる」
「イケるイケる」
セブンス・リトル・ピープルが話し合った結果をマネージャーに話すと、マネージャーは大喜びでカメラマンやプロデューサーに伝えました。
そしてすぐに伝書鳩が飛ばされ、受け取ったホワイトが雇い主のピンチだと、すさまじい速度で駆けてきました。公式記録が取れていたら、塗り替えられていただろうと言われるほどです。
「みんな、薩英のピンチってどういうこと!? 私に解決できるの?」
さつえいがひらがなだったため、ホワイトは生麦事件の再来だと勘違いして、とても動転していました。
「違うよホワイト、撮影だよ。モデルさんが来ないんだ」
ドックの言葉にホワイトはホッとしました。気が抜けて座り込んだ彼女に小人たちが手を貸し、優しく立たせて上げました。
一方彼女を見た撮影スタッフは、あまりの可愛らしさに目が釘付けです。
「貴女がホワイトさん!? 女優さんとかじゃないんですか!?? ぜひ、力を貸してください」
「いいね~、映えるよ!」
カメラマンは既にホワイトを撮る気満々。
「え、はあ……?」
本来ならば継母である妃に見つからないようにしなければいけないホワイトですが、まだ混乱していたため、ウッカリ安請け合いしてしまいます。
写真集は『セブンス・リトル・ピープルの世界へ貴女もご案内』というタイトルで、モデルの女性はあまり顔を出さない予定でした。女性ファンがモデルに感情移入し、モデルの立場で楽しめるよう考えられていたのです。
代理のホワイトは魔法の鏡が選ぶ、世界一の美女。
むしろ彼女がメインに作り替えられました。ソファーに座るホワイトにはべる七人の執事、教壇に立つホワイトと生徒に
素敵なコンセプトの写真集になり、表紙はホワイトの顔のアップの周りにセブンス・リトル・ピープルが配置されています。
写真集はバカ売れで、発売即完売になりました。
増刷してもまた売れて、ミリオセラーの大ヒットです。今年一番売れた本になると、上半期から話題になり、マジックミラー書籍も空前絶後のダウンロード数を記録しました。マジックミラーには書籍も記録できるのです。ただし百冊まで。
ホワイトとセブンス・リトル・ピープルは
セブンス・リトル・ピープルの大ファンだった妃も、その写真集や、特集を組んだ雑誌を全て買い集めていました。
「憧れのアイドルとの写真撮影……、羨ましすぎる。死すべし!!!」
妃は嫉妬のあまりリンゴに毒を仕込み、探偵に調べさせたセブンス・リトル・ピープルとホワイトこと白雪姫が暮らす家へ向かいました。同棲しているという事実が、さらに彼女の怒りの炎を燃え上がらせてしまいます。
「リンゴ~美味しいリンゴだよ~、特別美味しいリンゴがあるよぉ?」
老婆のフリをした妃が、籠に盛ったリンゴを手にホワイトの家の近くを三周しました。すると、ホワイトが窓を開けて顔を出しました。
「お婆さん、ここは森の奥の一軒家よ。町へ出て売った方がいいわよ」
正論です。グーのでも出ない当然の感想です。
「……あ~、そう、アレ! 通りすがりに、せっかくだから買ってもらいたくてね」
「ふぅん。きっとお婆さん、セブンス・リトル・ピープルのファンよね? みんなから、ファンから食べものをもらわないように言われているの。ごめんなさいね」
なんということでしょう、妃はフード付きローブの下に、セブンス・リトル・ピープルのライブ記念パーカーとTシャツを着ていました。見抜かれてしまい、さっさと退散しました。
次に訪れたのは白馬に乗った王子様です。家臣をたくさん連れて、ホワイトのいる小人の家へやって来ました。
「こんにちは、こちらにホワイトさんがいらっしゃいますよね?」
「ハイホーハイホー、ホワイトなら食事の支度をしてる」
応対したのはドック。ハイホーハイホーは、セブンス・リトル・ピープルの挨拶です。
「待たせて頂いても?」
「ああ、ホラ帰ってきた」
ホワイトは本日の食材となる鳥を捕まえてきていました。
「お客さまですか?」
「初めまして、ホワイト嬢。私は隣国の王子です。写真集を拝見して、ぜひ貴女とお会いしたいと思ってやって来ました。私の国へ来て、本格的に芸能活動をしませんか?」
唐突なスカウトをする王子に、ホワイトは困ってしまいます。
「私は彼らのメイドとして、静かに暮らしたいんです」
「立派な家を用意しますし、使用人も付けますよ。私はマネージャーになりたいんです! できるのなら、貴女やセブンス・リトル・ピープルと仕事がしたい!!!」
王子も熱心なファンでした。
ホワイトはセブンス・リトル・ピープルと相談して、隣国へ移り住んでみんなで芸能活動をすることにしました。
隣国へ移り住む前に、ホワイトは城から追い出された自分が生活できるよう、一人前に育ててくれた狩人に感謝を伝えたいと思いました。狩人は今も、森で猟をして暮らしています。
「師匠!」
「ホワイト! 久しぶりだな。元気そうで何より」
「実は私、隣国へ移住するんです。ここまで生きて過ごせたのも、師匠のお陰です」
抱きつかんばかりのホワイトに、狩人は少し下がって距離を空けました。狩人もまた、ホワイトのファンなのです。写真集は見る用、保存用、布教用と三冊購入しています。
「そうか……、その方が安全だ。また写真集を出すんだろう? この国でも発売するのか?」
「それなんですが、師匠も一緒に行きましょう!」
ホワイトはずずいと狩人に近寄り、両手を握って力強く誘いました。
「いや、だがな……」
戸惑う狩人に、ホワイトは畳み掛けるように声を張ります。
「師匠が家事や猟を教えてくれたんで、私はメイドの仕事に就けました。今では一人前になり、鹿も鳥も熊もイノシシも捕まえられます」
「くま、捕ったの」
「はい! 人を襲った熊の捕獲依頼があったんです。体長二メートルを越えるヒグマでした」
「お仕事メイドじゃなかった?」
弱々しかったホワイトの本職顔負けの活躍に、狩人は言葉もありません。
「師匠、一緒に隣国へ渡り、狩って踊れるアイドルになりましょう!!!」
「なんて?」
狩人はホワイトの情熱に押され、一緒に隣国へ移住しました。
もう妃に脅えなくてすむので、ホワイト改めスノウ・ホワイトと名乗り、翌年も魔法の鏡が選ぶ美女・年間一位に選ばれました。セブンス・リトル・ピープルも国内一番のアイドルとなり、王子のマネージャーの手腕は高く評価されることになります。
そしてスノウ・ホワイトは最終的に、狩人と結婚して虎を狩りましたとさ。
白雪姫がいなくなったことで、妃は国内一位の美女になりました。また、寂しくなった王様が妃と過ごす時間が増え、彼女も以前より穏やかになったそうです。
おしまい。
女性向け短編集 神泉せい @niyaz
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