3. 婚約破棄しようとしたら、むしろ仲が深まった話
★ 犯罪を推奨するものではありません。
シリアスっぽく始まりますが、真面目な話でもないです。ツッコミながらご覧ください。
(メモ)
ベルトラン・レオミュール伯爵長男
婚約者リュドミラ・シャルイギン男爵令嬢 茶色い髪と瞳
ダルシー・パーカー子爵令嬢
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俺が初めての人を殺したのは、十一の春だった。
レオミュール伯爵家の長男として生を受けたのだが、祖父母も両親も浪費家で、特に父親はギャンブルにのめり込んで借金を作った。使用人が減り、家の調度品が減り、イヤでも困窮していく様子が理解できた。
どうしたら良いのか分からず焦燥を抱えていた時に、親族からちょっとした仕事をしないか、と持ちかけられたんだ。
「ボスからの差し入れです」と言って、酒瓶を渡すだけのお使い。
まさかその酒に毒が仕込まれていて、それを飲んだ全員が死に至るとは思いもせず、騙されたと気付いた時にはもう引き返すことなんてできなかった。報酬は約束通り支払われて、それからも犯罪の手伝いをさせられた。
そして犯罪組織の一員となり、自らの手を汚すことになるまで、時間はかからなかった。
だんだんと殺人にも慣れた十四歳の頃、何も知らない両親から婚約者だと、とある少女と引き合わせられた。
リュドミラ ・ シャルイギン男爵令嬢。
俺より一つ下で、焦げ茶の髪に茶色い瞳の地味な女性だった。物静かで、あまり表情も変えない。シャルギイン男爵家は新興貴族なれど商売で大成功し、富を築き上げたという。
由緒ある我が家と繋がる為に、持参金や援助金をかなり奮発してくれたそうだ。俺は先手を打って男爵と相談し、援助金から支払われていなかった使用人の給料を一気に払った。
両親は憤慨したが、結婚をする条件だと言い放てば、それ以上何も喚きはしなかった。どうせまた無駄に使い切るんだ、全額渡すわけがない。
一向に生活を改めない両親に見切りを付け、俺を殺人の沼へ叩き落とした親族と共謀し、両親を隠居させて堂々と伯爵を名乗るようになったのが、十七歳になって。
リュドミラ・シャルイギン男爵令嬢とは婚約者らしくやり取りを続けていた。
俺が十六の時だったか、二人で歩いていた時に身体がデカく凶暴な犬が襲いかかってきたことがあり、彼女の目の前で首をかっ切って殺した。
彼女は立ち止まって小さく震え、ただ俺と倒れた犬を呆然と眺め、自分が
その時、久々に殺した罪悪感を感じた。
いや、それまでは感じないようにしていただけかも知れない。心が壊れないよう、自分で鍵をしていた。
なんだか泣きたいような気持ちになり、次に彼女に会うのが怖くなった。もし恐れを抱いた目で見られたら。
そんな不安をよそに、三週間後に会った彼女はそれまでと同じ、何も変わらない態度と表情だった。そして一言、助けてくれたお礼を言えなくてすみませんでした、と笑顔を見せた。
それから少しずつ、俺の中で彼女は大事になっていった。
現在二十五歳。もう結婚をしていい年だ。むしろ俺より後に婚約者を作った男友達も、既に式を挙げている。
しかしこんな血塗られた手の自分と結婚したら、彼女は不幸になるだろう。
思い詰めていたその時、ダルシー・パーカー子爵令嬢が俺に近付いてきた。
「あの地味な婚約者との結婚がイヤで落ち込んでいるんでしょう? 私ならもっとベルトラン様を楽しませてあげられますわ」
……何言ってんだ、この女。
しかしちょうどいい。適当に付き合って、この女を言い訳にリュドミラと別れよう。彼女にはもっと、後ろ暗い秘密のない、優しい男が相応しいんだ。
俺は彼女を手放す決意をし、リュドミラを伯爵家に呼び、ダルシーを
慣れた足取りで伯爵邸の応接室を訪れたリュドミラは、俺達の姿に一瞬目を大きく開いた。そして何事もなかったように、こちらへ向かってくる。足取りはいつもより重いように思える。
俺は大事な話をするからと、部屋にいた使用人を下がらせ、三人だけにした。
「ベルトラン様。そちらの女性は……」
「リュドミラ・シャルイギン。君との婚約は破棄させてもらう。俺はこのダルシーと結婚することに決めた」
決意が鈍らないよう、彼女の言葉を
「そうよ、アンタみたいな冴えない女はお断りだって~」
ダルシーが腕に絡みつきながら、勝ち誇った表情をしている。
嘘つくんじゃねえよ、そんなこと言ってねえ!!!
「……何故、婚約破棄までされるのですか? 貴方の家は、私の家からの融資を必要としているはずです」
浮気を責めるでも、感情的になるのでもなく、リュドミラは冷静に疑問をぶつけてきた。確かに金は必要だ。
「浪費家の両親は隠居させて、厳しく監視している。これから俺の力で、この家を立て直す」
「待って、ベルトラン様の家は裕福じゃないの!?」
「ねえよ」
ダルシーめ、勘違いして近付いてきたのかよ。うちは伯爵家の中でも貧乏な方だぞ。
「……やっぱり、私の秘密を知ってしまったんですね……」
「秘密……?」
リュドミラの声がどこか硬質的に響いた。
秘密とは何のことだ? 心優しい彼女に、婚約を破棄されるような秘密があるのだろうか?
少しの沈黙の後、リュドミラが口を開いた。決心したように、堂々と俺の目を見詰め返す。
「闇の魔法の使い手だということです」
「闇だって!?」
闇の魔法とは、精神を操ったり死に関係するものがあったりして、危険だと使用を制限されている魔法だ。使い手はかなり少なく、国に届け出をしなければならない。
例え犯罪をしていなくとも、闇魔法の使い手だという理由で婚約が成り立たなかったり、解消された例はいくつもある。
「ええ……。以前、ベルトラン様が一刀の元に
「グオン……!」
不吉な低い鳴き声がして、真っ黒い大きな犬がほとんど足音も立てずに姿を現した。
葬った犬を飼う……?
昔俺が倒した犬かは、ハッキリと判断できない。だが、確かに二人で散歩していた時に襲いかかってきた、あんな感じの犬を倒したような……。
「シロって、黒いじゃない!」
「尻尾が白いから、シロにしました」
「紛らわしい名前を付けないでよ!」
文句を言うダルシーだが、ツッコむところがおかしい。本当に殺した犬なのか、問題はそこじゃないか?
「……闇魔法で遺体を操っているのか?」
「少々違います。遺体の腐敗を止めて、生前の記憶を元に行動をさせているのです。私の命令には絶対服従いたします」
遺体を操る。しかもこんなに長い期間?
俺は爵位や人脈を利用した、貴族や身分のある者を専門とした暗殺者だ。ターゲットが参加するパーティーに紛れたり、親しくなって相手の家に招待されるよう工作して、仕事をする。
そんな俺の犯行が露見しないのは、組織が依頼する闇魔法の術者のお陰なのだ。
殺した遺体を操り、数時間から数日ほど、その後も生きているように偽装するんだ。死亡時刻が大幅にズレるだけでなく、死んだことになる日や時間を事前に知っているので、完全なアリバイを作れる。
自殺を
むしろ彼女に今まで以上に興味が湧いてしまった。
いや、別れなければならないんだ、それこそが彼女の為なのだから。
「闇魔法だなんて……、陰気なだけじゃなく、おっかない女ね。もう行きましょ、ベルトラン様」
ダルシーが密着して、俺の腕を引っ張る。行きましょ、じゃねえよ。ここ俺の家の応接室。
「お待ちください、ベルトラン様……っ!」
リュドミラが珍しく声を張り上げ、俺を引き留めた。
「グルオオォグオン!!!」
真っ黒い体のシロが唸るように吠える。魔法で操られているだけあって、彼女の感情に連動しているのだろうか。
「もういいだろ、どうせ親が決めただけの仲だ」
「確かに、そうです。ですが……シロを仕留めた時の、ベルトラン様の鮮やかな斬り口が、理想的だったのです。まるで“殺人マエストロ”と呼ばれる、噂の暗殺者様の御技のようで……」
いやそれ、俺の二つ名。それを知ってるなんて、もしや彼女も普通ではない……!?
「斬り口が理想とか、意味がわかんないわよ」
「で、俺がその暗殺者のようだったら、なんだって言うんだ?」
俺は正体が露見しないよう、努めて冷静に問いかけた。リュドミラは大切な思い出を探すような、優しい瞳をした。
「あの素晴らしい暗殺技による死体を目にするまで、私には死体しか愛せないと思っていました。誰と結婚しても同じだと」
「性癖カミングアウトがヤバすぎるんだけど!!!」
ダルシーが必要以上に力を込めて、俺の腕を掴んだ。
彼女は構わずに言葉を続ける。
「ですが初めて、あの死体を作った生きた人間に興味が湧いたのです。ただ、暗殺者の正体は誰にも明かされるものではありません。諦めていた時に、貴方が殺したシロの亡骸を見て、この方となら幸せになれると確信しました」
「話の流れが分からないわ」
「そんな風に俺のことを……」
なんてことだ。彼女は俺のもっとも醜いと恥じていた部分を、認めてくれていたんだ。胸が熱くなるのを感じた。
「それより、暗殺者とか遺体とか、貴女こそなんなのよ!」
ダルシー、たまには鋭いじゃないか。確かに普通の人間が、暗殺者が殺した遺体を目にする機会なんてない。しかも誰が殺したか分かっているのは、関係者でしかありえない。
「答えますが、これを他人に漏らせば口封じされますよ。私は……」
「どういう意味!? ちょっと待ってよ!」
「私は、闇魔法を利用した遺体処理人……、“殺人マエストロ”様のお仕事の処理も任されております」
「ガチでヤバイ秘密じゃない! なんで喋っちゃうのよ!!!」
しがみついているダルシーの手が僅かに震えているのが、布越しに伝わる。犯罪組織の構成員の秘密は、普通の人間には刺激的だろうな。
「君が……」
「趣味と実益を兼ねた、いいお仕事でして」
あまり表情を変えないリュドミラが、はにかんだ笑顔を浮かべた。俺の殺した遺体を操り、犯罪の発覚を防いでくれていたのは彼女だったのか……!
「照れるところじゃないわよ!!! だいたいどういうつもりよ貴女、ベルトラン様を殺人鬼扱いして! 最悪じゃない!」
「一般的にはそういう価値観かも知れませんが、私は殺すことの何が悪いのか分からなくて……」
「そうだった、この女は
殺すことの何が悪いか……だって?
言われてみれば、どう悪いのか俺も説明できない。ただ、してはならないことだという認識があり、殺す行為にはとても罪悪感があった。
まさかそんな思考が存在していたなんて……!
俺は少し許されたような気がして、心が軽くなった。なんて天使のような女性なんだ……!
「ダルシー様、もしベルトラン様を奪うおつもりでしたら、もはや私も容赦いたしません。月の隠れた夜にはお気をつけを」
「ヒイィ!」
ダルシーが短い悲鳴を上げて、痛いくらい強く俺の腕を握り、体を密着させた。
くだらない作戦はやめだ。俺はその手を、乱暴に振り払った。
「リュドミラ、その必要はない。全てはお前を幸せにする自信がない、俺の芝居だった。だがお前の話を聞いて、俺も以前よりは自信が持てた」
「ベルトラン様……、お悩みでしたら私に相談してくだされば良かったのに……」
リュドミラの茶色い瞳が、まっすぐに俺を捉えた。そうだ、包み隠さず秘密を告白しても、彼女なら受け止めてくれる。恐れる必要はない。
深呼吸して、今まで誰にも自分から名乗ったことのない呼び名を伝える。
「殺人マエストロは、俺の二つ名だ。今までこの名を恥じていた。だがこれからは、堂々と胸を張れる。……君のお陰だ」
「……どっちもヤバイとか、ないわ……」
騒がしいダルシーが、静かな声で呟く。もう俺達の邪魔はしない、ということかな。ゆっくりと、俺達から少し距離をあけた。
「まさかベルトラン様が憧れの方だったなんて……、神よ感謝します」
「よく神に祈れたわ」
感極まるリュドミラに、ダルシーが猜疑的な眼差しを向ける。
「ダルシー、もし俺達の秘密をバラせば、俺がお前を殺さなければならない。それが組織の掟だ」
「だ、誰にも喋らないわ!」
「でも……そうですわ、そんなにベルトラン様がお好きでしたら、死体ならば愛人として受け入れますわ」
なんて心が広いんだ、リュドミラ。俺だったら好きな女には、本当なら死体だって近付けたくない!
「喋らない、喋らないわよ!!! お幸せにね、永遠にさようなら!」
ダルシーは逃げるように去り、それから俺に言い寄らなくなった。
噂では、小金持ちの商人と結婚し、「人生は平穏が一番だわ……。あと少しの余分なお金があれば、幸せになれる」と、派手だった行動も服装も一変し、夜遊びなどしなくなったそうだ。夜のパーティーには、必ず夫婦で親しく参加し、早めに帰宅するとか。
俺達はついに結婚に向けて、準備を始めた。
お互いの秘密を共有したことで距離が縮まり、今では仲睦まじい恋人として周囲に知られている。
意外にもあれからリュドミラはダルシーと親しくなり、家に招待するようになった。俺達の正体を知る唯一の友人なので、話しやすいらしい。
「聞いてくださいダルシーさん。この前の子爵夫人失踪事件、ベルトラン様のお仕事なんです。見事なお手なみでしたの、惚れ直してしまいますわ。それとこの男、新しい使用人で。ギャンブルで借金を作りまくって、家族にも見放された男です。ここで働いてもらって、給金は借金返済と家族への仕送りとして」
ソファーの後ろ控える、生きているようにしか見えない中年の男が頭を下げる。遺体は会話をするのが苦手で、ほとんどが片言くらいでしか喋れない。
「いちいちベルトラン様の殺人履歴を、私に報告しないでよ! 遺体の使用人の紹介も、怖いからやめてえええぇ!!!」
今日もダルシーの叫び声が、レオミュール伯爵邸の別邸に響いた。別邸はリュドミラ専用の仕事場として、生きている使用人は立ち入り禁止にしている。
あいつ元気だな、まあ俺の家はわりと静かだからな。
このくらいでちょうどいいだろう。
★ おわり ★
□□□□□□□□□□□□□□□□□□
朱に交われば、赤くなる。
ヒロインが一番ヤバかったのでした。終了。
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