2. 暴残 夢の中の過去〈完全版〉

注・暗いです。嫌な気分になっても責任は持ちませんよ!

ハッピーエンドはエンドです。



 町へ向かう馬車から、小高い丘が見えた。木々の間に舗装された一本の道があり、丘の上には行きに気付かなかった大きな洋館。青い屋根が長く続いている。


「あれはどなたの御屋敷なの?」

 向かい側に座る、年上のメイドに聞いてみた。

「アベル・バルテル様がお住まいです。侯爵様ですが、未だに独身なんです」

「まあ、お幾つになられるの?」

 メイドは思い返すように、少し考える。


「四十歳くらいかと。奥様を亡くされて以来、再婚されないんです」

「熱愛だったのね」

「それがですね、とてもお美しい方で、他人に見せたくないと家に閉じ込めたそうです。しかし奥様は活発な方で、外に出られない事で気を病んでしまい、二十歳で自害なさったとか……」

「そんなお若い内に? 気の毒ね……」

 そうですね、と彼女が頷く。


「旦那様が十九歳、奥様が十六歳で結婚され、短い夫婦生活だったそうです。彼女のような女性を探せと侍従に命じて、仕える方はお困りだとか」

「ご自身が原因なのに」

「本当ですね」

 お互いに苦笑いしている内に、目当ての町が見えてきた。十六歳まで貴族の通う学園の寮に入っていて、久々の帰郷だ。


「ようやくご自宅ですよ、パメラお嬢様!」

 父であるソレル男爵は宮廷勤めだけど領地はなく、邸宅は質素。庭も手入れが行き届いていない。学園の方が立派だった。それでも、自宅がいいわ!


「お父様、お母様! ただいま戻りました」

「お帰り、パメラ」

「待っていたわ。今日はゆっくり休んで、明日お話を聞かせてね」

「はい」

 優しい両親に迎えられ、シェフが作る懐かしい料理の味と、変わらない皆。

 その日は早めにベッドに入り、目を閉じた。



 月のような金に輝く綺麗な髪、白い肌にエメラルド色の瞳。住んでいる豪邸は幾何学模様の広い庭を有し、馬車専用の入り口には家紋入りの馬車。

 私が笑うと、両親も笑顔になる。自然にあふれた領地を走り回るのが好き。誕生日に頂いた馬で、乗馬の練習も始めた。

 とてもとても、幸せな世界。



 ……おかしな夢を見た。あんな金髪になりたいと、願っていたからかな。

 瞳は私と同じ、緑色だった。


 朝食の席で両親に夢の話をすると、学園で高位の貴族に色々聞いて来たんだろう、と笑っていた。

 確かにみんな、豪邸の話をしていたわ。それが記憶にあったのかな?


「そろそろ結婚相手も探さないと。いいお相手はいたの?」

「全然相手にされてないわ……」

「あら、パメラはこんなに可愛いのね」

 ヤブヘビだったわ。話に聞いた侯爵家の人が結婚したのと同じ、十六歳なのよね。ダンスも上手に踊れないけど。



 また同じ少女の夢。

 今度は厩舎で、二つ年下の男性が馬を世話するのを眺める。彼は馬丁なのかしら。赤茶の髪が、今の私の髪と同じ。

 身分は違うだろうに、幸せそうに話をしてる。



 目を開くと朝だった。

 あれ以来、同じ少女の夢ばかり見てる。なぜだろう。

「……レティシア」

「それは誰だい? 学園で出来た友達か?」

 お茶の席でつい口にしていた。

 父が訝し気に聞いてくる。

「違います。夢に出てくる少女の名前で。綺麗な金髪と緑の目で、夢の中でどんどん成長していて」


「レティシア……」

 何かを考えるように、父が呟く。まさか実在の人物だったりするのかしら? でも、なぜ私の夢に?


「旦那様、ご来客ですが……」

 珍しく硬い様子で侍従長がやって来た。どうやら、身分の高い方の使いらしい。

 気になって、私はこっそり客間の隣の部屋で聞き耳を立てた。


「是非ともお嬢様に、我が主へとお目通り頂きたく」

「しかし、娘は十六歳です。侯爵様とはいえ、二十歳以上離れた男性とは……」

 まさか本当に結婚の話!? しかも何、その年の差は。

「形だけ、少しお茶をするだけでも。私もずっと探しておりますが、主のお目に適った女性は、今の所いらっしゃらず……」

 探すように言いつけておいて、選り好みしてるのね。面倒そうな男性だわ。


「だが、アベル・バルテル様は……」

 ドクン。

 心臓が鳴った。

 丘の上の大きな洋館の持ち主。通った時は別に何も思わなかったけど、なんだろう、とても怖い……



 その日の夢は、いつもと違っていた。

 私がいるのはあの丘の上の洋館で、目の前には金髪で青い瞳をした男性。次期侯爵である、若き日のアベル・バルテル。

「レティシア様。レティとお呼びしてもよろしいですか?」

「はい、バルテル様」

「あ、僕の事はアベルと。もうすぐ結婚するんですから」

 誰もが憧れる結婚だった。私も彼と一緒になれる日を、胸を躍らせて待っていたの。

 あの美しい故郷に、二度と戻れないとも知らずに。



 三日後、バルテルに頼まれたと、彼の友人で若くして公爵を継いだ男性が訪ねて来た。

 私に来てほしい、と。

 断り切れず、その方にもご同席をお願いして彼の護衛達と共にお屋敷へ向かう事に。


 大きな扉、玄関の広さ、意匠を凝らした内装、天井画。

 私はこの屋敷を知っている。


「私がアベル・バルテルです」

 振り返る男性は、十九歳の青年ではない。四十歳になった、金髪の侯爵。

 彼は私を見て、目を見張った。

「髪の色は違うが、その瞳、顏、表情。まるで彼女だ……」

 一歩、一歩と、ゆっくり近づいてくる。その度に押し寄せてくる、例えようのない恐怖。


「……来ないで!!」

「パメラ?」

 青ざめて震える私の背を、父がさすってくれている。

 私の指が、目の前の男を指す。


「また私を殺すの? ひどい乱暴をして、首を絞めて……! 彼とは何でもないと言ったのに!」

 ざわ、と周りに不穏な空気が流れた。

 反してバルテルは満面の笑み。

「やはり君は、私のレティ。君は僕の物……」



 君は僕の物……

その言葉を聞いたとたんに頭の中が真っ白に弾けて、女性の悲鳴がけたたましく耳の奥で響いた。

 -きゃあああ!!!

『なぜ他の男に笑いかける!! 君は僕の妻なのに!』

 -痛いっ! お礼を言っただけです、家の事を教えてもらって……

『許さない! 君の笑顔は、僕だけのものだ!!』

 -助けて、ひぃ、許して……! もうしません、叩かないで……!

『……解ってくれればいいんだよ。ああこんなに赤くなって、ごめん、痛かったね。でも、君が悪いんだから。僕のレティ、もう泣かないで……』


 アベル・バルテルは表向きは紳士的な優しい男性だったけれど、家では冷酷な支配者だった。誰も彼の異常な本性を知らない。使用人たちは、怯えて何も言えない。



「離れろ、バルテル! 彼女が俺の姉なわけがない! やはりお前が殺したんだ!」

 公爵のお付きの男性だ。

「イヴォン」

 思わず名を呼ぶ。初めて見たのに懐かしい、赤茶の髪。それにしても、姉とは誰の事かしら。彼は私の馬を世話してくれていた、場丁だったはず?

「イヴォン? 死んだ筈では……」

「父が助けてくれた。俺の父は、ラシュレー侯爵。レティシアとは異母兄弟だ。姉が死に、賊に襲われ死にかけた俺を見て、父がついに義母に明かしてくれた。ただ、妾の子だとも、ましてや襲われた事実も、公表していない!」



 彼が、私の母親違いの弟だった?

 私を、助けようとしてくれた人……

『君の家の使いが、また来たよ。なんて言ったかな、赤茶の髪の男で』

 -イヴォン? イヴォンが来たんですか?

『君に合わせろって言うんだ。侯爵夫妻が顔を見たいと言っているから、少しでも家に帰すなり、こちらの家に夫妻を呼ぶなりして、元気な姿を見せてくれ、と』

 -……そうですか。

『会いたいのかい……?』

 -違います、懐かしいと思っただけです。彼とは何でもありません。

『良かった。君が僕以外の男に、会いたいと思うわけなんてないよね。大丈夫、君を連れ去ろうとする、あの男はもう来ない。ちゃんと手筈は整えてある』

 -……どういうことですか? 貴方、イヴォンに何をしたの!? ま、まさか……!?

『……なぜ君が泣くんだい?他の男の為に、涙を流すのか!!?』

 -いやあああ!!! うぐ、痛い、苦しい、やめて……


 ひどく殴られて犯され、いつも以上の辛い時間の後、彼は感情のままに私の首を絞めたのだ。私の記憶はここまで。

 私を暴行しながら、君は僕の物、僕のレティ、愛してる、許せない……何度もそう呟いていた。



「バルテル。信じたくなかったが……。殺人を自白したようなものだ、証拠は十分。捕らえろ!」

 付き添いの公爵が合図をすると、彼は拘束された。死んだ女性の名を叫びながら。

「レティ!」


「本当に……姉上?」

「私……」

 そこで気を失った。

 目を覚ました時には、レティシアだった頃の記憶は曖昧になっていた。



 男女が私のお墓の前で泣いている。

 ……お墓? 私は死んだのだろうか?

『どうしてこんな事に……。バルテル侯爵は、嫁いでから一度もレティシアに会わせてくれなかっただけじゃなく、埋葬してから知らせてくるなんて……』

 母だった人が涙をこぼす光景を、こうやって眺めた気がする。殴れる以上に辛かったの。黙って立つ父に聞かせるでもなく、独り言のように夫人は続けた。

『……しかも自殺の原因は、結婚して四年も経ったのに、子供ができない事を悔やんで、なんて言うんですよ。うう……、私は悔しくて、悔しくて』

『やはりあの時、無理にでも連れ帰るんだった……』

 グッと手を握っていた父の頬からも、透明な雫が流れた。


 最後に父が様子を見に来てくれた時の事だろう。会わせてはもらえなかったけれど。あの時は、かなり何度も訴えてくれていたらしい。その分酷く殴られたの……。

『レティシアの友人から、結婚してから一度もお茶会にすら参加しないが、元気にしているのかと尋ねられたんだ。薄々おかしいとは感じていたのに』




 アベル・バルテル侯爵は、したことは認めたけれど、罪ではないと叫んでいたらしい。彼女は僕の物だから、と。彼は父親から折檻されて育ったという話で、これが教育なんだと当たり前のように言っている。

 そしてレティシアの話をする時だけ、昔のように僕と自分を呼ぶようになっていた。彼の処分も、もうすぐ下されるだろう。


 あれから幾度も夜中に悲鳴をあげて目が覚め、家族や使用人達に心配をかけてしまった。しかし私自身は、起きた時には夢を見ていたかすら覚えていない。

 憔悴する私をいたわって、イヴォン様は時間があればお見舞いの品を手に訪ねて来てくれた。私達が惹かれ合うようになるのに、時間はかからなかった。


 不意に気になって、何故イヴォン様があの公爵のお付きとして居たのかを尋ねてみた。

「公爵はね、賊に襲われた時に発見してくれた方なんだ。ちょうどラシュレー侯爵の邸宅を訪ねる所だったらしくて、命からがら逃げてついに動けなくなっていた俺を、家に運び込んでくれた。父は懸命に治療してくれたんだよ」

「そうなのですね、貴方が生きていて良かったです」

「ありがとう。それで事情をご存じだから、行儀見習いとして仕えさせてもらっていたんだ。まさか、こんな事になるなんて……」


 イヴォン様と親しくなり、侯爵ご夫妻にご挨拶に伺った。まさに夢で見たあの館。あまり覚えていないけど、それでもどこに何があるか、知っている。

 私はやはりレティシアに似ているそうだ。泣きながら喜ぶ夫妻を見て、少し複雑な気持ちになる。


「これって、前世の両親がまた、両親になるって事かしら……?」

「……そうなのかな?でも今は姉じゃない、俺の恋人」

 優しいキスが降ってきた。 




 ★★★★★★★★★★


侯爵とのキッツい思い出部分が、隠れてたわけです。

過去と現在を行き来して、ちょっと解り辛いですね。二行じゃなくて、三行空けた方が良かったかな。


僕のレティの死について

 閉じ込められて気を病んで自殺→誰も姿を見ていないので、そういう噂になった。

 子供ができないのを悩んで自殺→両親にうちは悪くない、と言う意味でそう説明した。先に埋葬したのは、遺体を見たら暴行された事が解るから。

 バルテル侯爵が絞殺→二人しか知らない真相。


 と、いうかんじです。短いわりに複雑だな、解り辛いぞ(笑)

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