女性向け短編集

神泉せい

1. 悪役令嬢は死亡エンドを回避したい

 婚約破棄は解ったわ!

 だからって、なぜ私が投獄されるの? その女に嫌がらせなんて、していない! 階段から突き落とそうとした? それは私じゃないわ。ウェーブした赤い長髪も、深紅のドレスも私だけじゃない!



「……っ!」

 目が覚めて飛び起きる。

 いつもの自室のベッドだ。カーテンから光が差し、金で縁取られたソファーを照らしている。

「どうされました、お嬢様?」

「……あ。わ、悪い夢を見たの……」


 それにしては妙に現実味があった。最期は暗い牢の中で、毒を飲まされて息絶える。冷たい石の感触が、まだ残っているみたいだ。

 私はヴィオレット・オフェリー。侯爵家の娘で、兄が一人。

 婚約者はこの国の第二皇子。結婚に伴って、公爵の爵位を賜れる事になっている。


 何故あんな不幸な夢を見たのかしら?

 侍女のアンナが笑顔で髪を梳かしてくれている。

 この時は、まだ単なる悪夢だと思っていた。 


 

「転入生の、アンリエット・オーリク嬢だ。皆、学園の事を教えてあげてくれ」

「ご紹介に預かりました、アンリエット・オーリクです。宜しく願いします」

 赤茶色の髪に、くりんとした茶色い瞳。

 夢で見た子! 私がいじめたとされて、最後には婚約者である王子を奪い、死に追いやった女! 予知夢だったの……!?


 恐ろしい事が始まった気がした。

 現実になるの?


 一ヶ月もすればトリスタン・ソレル・シャルロワ殿下は彼女と楽しそうに談笑している。

 私とよりも会話が弾んでいる。私は国の事、学園の事、貴族としてすべきこと、こんな話をしてしまっていた。盛り上がるわけもない。

 どうしたら止められるの……。気持ちが焦るばかりで、時間が過ぎていく。

 


「……ヴィオレット」

「……はっ。あ、申し訳ありません、殿下」

 殿下と会っているのに、つい物思いに耽ってしまった。殿下はため息をつかれている。金の髪に、エメラルド色の瞳。白い衣装がよく似合う。

「私と過ごす時間は、そんなに退屈なのか?」

「違います、本当に申し訳ありません」

「もういい、今日は帰る」


 椅子から立ち上がると、庭園の中を歩いて行ってしまう。柵の向こうには、咲き誇るバラ達。アーチに絡まり、誇るように赤く主張している。

「殿下、婚約者の方を置いて帰られるのは……」

 侍従の言葉にも聞く耳を持たず、彼の背中は見えなくなった。


 せめて、死だけでも免れたい。

 そうだわ、いじめたように見えたからいけないのよね。アンリエット・オーリク男爵令嬢に関わらないようにしましょう。


 心に決めてから、数日。

「私の本が……」

 彼女の本がなくなったり、無残に切り刻まれ、落書きされたりしている。

 そこには“男好き”や“彼は渡さない”等と書かれていた。


「先程は美術室に移動しました。この教室に最後まで居たのは……失礼ですが、ヴィオレット・オフェリー侯爵令嬢。貴女様では?」

 近くにいた男性が、アンリエットの本に書かれた文字を見ながら私に訝しげな視線を送ってきた。

 彼は確か、公爵家の嫡男。疑われたら最後、言い訳は通用しないわ。


「わ、私……最後までいましたが、そんな事はしておりません」

「……なるほど、では不審な人物はお見かけしませんでしたか?」

「……見ておりません」

 嘘でも、誰か見たと言った方が良かったかしら。でもそんなのはすぐに暴かれる。いつもの私なら、違うわときっぱりと否定できるのに。


 怖い。


 この出来事は、私が断罪され死に追いやられるまでの、始まりに過ぎないのだから。これから様々な疑惑を掛けられ、周りからも冷ややかな目で見られて、友達にも見捨てられてしまうの……。


「本当に……知りません」

「ヴィオレット様は私が殿下と仲良くしているのを、恨むように見ていらっしゃいましたわ! 殿下は学園に不慣れな私に、親切にして下さっていただけなのに!」

「確かに。誤解をして、逆恨みされていたようにも見えた」

 騎士団の団長の息子まで、彼女を庇い出した。ついに始まった、私の人生の崩壊が……


「どうしたんだ、何を言い争っている」

 ついに殿下がやって来た。

「殿下。アンリエット・オーリク嬢の本にこのような嫌がらせをされ、最後まで教室に残っていたヴィオレット・オフェリー嬢に、事情を聴いていたところです」

「……なに?」

 

 私が見た夢の物語では、殿下まで彼女を信じて、私を太々しいと罵る。前回は怒らせて別れてしまったのだ、夢で見た以上にきつい咎めがあるかも知れない。


「わ、私……、本当に何も、やっていま、せん」

 毅然と否定しなくてはいけないのに、上手く喋れない。俯いてしまった私の横まで殿下は歩いて来て、肩に手を掛けた。

「君は……っ」

 問い詰めようとした彼の言葉が止まり、息をのむのが解った。どうしたんだろう。


「……泣いているのか?」

 言われて初めて気がついた。頬が熱く、視界がぼやけている。

「ち、違うんです。すみませ、……私、本当にやって、ない……」

「解った」


 殿下が私の頭を片手で抱いて、泣き顔を隠すようにしてくれた。

「私の婚約者を責め立てるなど、余程の確証があっての事だろうな! このような場で男二人に詰問され、彼女がこんなに脅えて!」

「申し訳ありません、ただ、犯人について心当たりがないか聞いていただけなのです!」

「責める意図はなく……、失礼いたしました」


 殿下が庇ってくれて、二人は私に謝っている?

 流れが完全に違っている。それ以上、私が追及されることはなかった。

 そして、殿下に促されてそのまま教室を出る。


「気の強い君が泣くなんて、よほど怖かったんだな。遅くなってすまない。今思えば、前回あんなに上の空だったのは、私と彼女の仲を心配したからだろう?」

 こんなに優しい殿下の声色は、初めて聞いた。

 首を振る私の頭を、いいからと軽く撫でてくれる。

「君は私と会っても政治や国の話ばかりで、私本人には興味がないんだとばかり思っていたよ。これからは、もっと大事にする」

「殿下……」



 結局、嫌がらせをしたのは、彼女が親しくしていた男性の婚約者だった。後日私を責めた二人は改めて謝罪してくれて、彼女も謝ってくれた。

 

 この出来事のおかげで私と殿下の仲は急速に近づき、私が断罪されることはなかった。夢と違う明るい未来を、彼と築いていきたい。




★★★★★★★★★


後からこれ別に悪役じゃなくて、ハメられてるだけって気付きました。

文字数制限もあるし直せなかったの。

でも本当に悪役令嬢な悪役令嬢ものの方が、少数派ですよね!?(笑)


気が強い感じの女の子の涙って、最強の武器よね!という話。

ちょっと気が強いくらいじゃ、死ぬ…と思ったら、すごく怖くて足が竦むと思うので。こんなかんじ。

ループもので回避…みないなイメージでした

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