私とワタシ【完】

幼馴染がいる喫茶店の常連になっていた私。

眠れない夜、私は簡単に着替えを済ませると、その喫茶店に行く癖がついた。


月光よりも淡く、儚い店内。傷だらけの本たちが、縦長の木製棚の中で身を寄せあって震えていた。注文したホットコーヒーを待つ間、その中の一冊を優しく手に取る。まだ微かに温もりを感じた。


『キミに奇妙』


変わったタイトル。しばらく読み進めていると、幼馴染が私の隣で、いつものように仕事をサボって薄い雑誌を読んでいた。



「………………」


「面白い? それ」


「う~ん……。普通」


「その本は、特別だよ。私の友達の本だから」


私は、作者の名前を確認した。

この名前…………どこかで聞いたことある。


あれ? 思い出せない。


「ぃ、痛っ……」


私をいつも苦しめる頭痛。薬で強引に抑え込む。


「その本ね、作者の念がとっても強いの。彼女が、やっとの思いで出版出来た本だから」


「…………」


「私の宝物なんだ」


「…………………」



最後まで読んだところで、私は喫茶店を後にした。


店の外に出て、歩いていると………。



あれ?


わた…し………。

どこに帰るんだっけ?


仕方がないので、また店内に戻る。


「私……ワタシ……」


「あまり、出歩いちゃダメだよ」



優しく笑った彼女が先ほどの本を開き、床にそっと置く。私は躊躇なく左足から、ゆっくりと……。


本の中に帰っていく。


やっと思い出した。私は、この本の作者の『念』。


「おかえり」


優しい幼馴染は、泣き笑いのような顔で私のオデコにキスをした。


私は、自分だけの奇妙な世界に帰っていくーー。



『大好きだよ。なっちゃん』


『私も死ぬほど好き』



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奇奇る! カラスヤマ @3004082

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