第128話 回る記憶
回る回る。
回る回る。
その扇風機の前に陣取り、『涼』を謳歌する。
「…………あ~。……ちぃ」
上半身の汗が引き、冷静さを取り戻した。と同時、忘れていた空腹を思い出す。今、何を食べたいか自腹に問う。
「…………」
たった一つ。今、無性に食いたいものがある。
10年前。そんな前のことなのに俺の記憶は少しも色褪せていない。
腹をすかせた俺に、祖母が握ってくれた刻んだ梅を散りばめたおにぎり。あれは、最高に旨かった。絶妙な塩加減と梅のパリパリ食感。
「……………………」
気づくと、俺は久しぶりに祖母の家に電話をかけていた。すると待っていたかのようにすぐに祖母の声が聞こえた。
「久しぶり………。俺だけど」
「………?」
「孫のマサシだよ」
「…………?」
こちら側を疑っているのが、電話越しから伝わる。
「私には、孫は一人しかいないよ。あんた、人違いじゃないかい?」
「は? えっ………と」
その時。電話口から聞こえた元気の良い声。
「婆ちゃん! 婆ちゃん! 誰からぁ?」
「あら、まー君。あっちに行ってなさい。電話の邪魔だから」
あの声は…………俺だ。小さい頃の俺。
これって、どういう?
この電話は、過去に繋がって………。こんな、あり得ない。でも………確かに。
スマホを握る手に汗がにじむ。額からもプツプツと汗が吹き出た。目頭が熱い。
しばらくの沈黙。それでもお互い、電話を切ろうとしない。止まった時間が、俺と婆ちゃんを辛うじて繋ぎ止めている。
「俺、さ……」
「うん。なんだい?」
優しい声色。先ほどまでの刺々しさはなかった。
「梅のおにぎりが大好きなんだ。あなたの孫と一緒……。だからさ、だから………。腹いっぱい食わせてあげてよ」
「分かった。じゃあ、今度お前にも作ってあげるよ。暇な時、こっちに来なさい」
「ありがとう。必ず……。食べに行くから。必ず………」
不思議な電話を切ってすぐ、今度は母親から電話がかかってきた。
【 病院で祖母が亡くなった 】
………………。
…………。
俺は涙を流しながら、いつまでも優しい記憶を握りしめていた。
完
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