青い炎

俺は彼女に出会い、彼女から【奇跡】を買った。




ある冬のこと。



死ぬ前に最後、不安を麻痺させるタバコを吸いたくなった。俺は、外に借金取りがいないことを確認するとボロアパートを逃げるように後にした。


ろくに食べていないせいか、走る元気がない。しかも、治る見込みのない病に冒されたこのカラダ。まぁ、こんな俺が死んだところで誰も悲しんだりしないが。



コンビニに向かう途中、彼女に会った。凍える寒さだと言うのにずいぶん薄着で……。何かを両手に持ち、道行く人に声をかけていた。



「あ、の……。すみ…ませ…ん。マッチいりませんか?」


そんな小さな声じゃ、誰も立ち止まらないだろう。


売る気あるのか?


俺もその他大勢と同じように彼女を無視した。



無視。



したはずだった。ほんの一瞬。無意識に彼女と目があった。



「……………」


「……………マッチ…い」


「いらない」



どうして、立ち止まった?


そんな戸惑う俺に頬笑む彼女。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



二時間後。


前から決めていた死に場所に着くと、俺は彼女から買ったマッチに一本、屋上のフェンスに寄りかかりながら静かに火をつけた。小さな青い炎。こんなどうでも良いモノを買うなんて、最後まで俺は。



「何やってんだ? バカだ、ほんと」




憎むつもりが、この炎にひどく癒され、俺は目を閉じた。



俺しかいない屋上に、聞こえるはずのない優しい声が聞こえた。




【ねぇ、起きて】




目を覚ます。揺れる白いカーテンの隙間から描いたような青空が見えた。


「起きた?」


「 あぁ、うん……。おはよう」


「おはよう」


寝ている俺の隣には、愛しい妻。

突然、階段を駆け上る音がした。


「パパぁ、ママ。おはよーっ!!」


「おはよう」


「…………?」



俺と妻がいるベッドに思い切りダイブする可愛い息子。そんな息子の寝癖を優しく手櫛でなおす妻。


俺は、その夢のような幸せを一番近くで見ていた。


「あっ!? パパ、泣いてるぅ」


「どうしたの? アナタ」


「……なんでも。なんでもない…よ」



夢でも良い。覚めないでくれ。



「今日は、良い天気だからお弁当持って、お出かけしない?」


「そうだな。うん、いいね。楽しそう」


「じゃあ、準備を始めるね」


「ピクニック。ピクニック~」



部屋を出ていく愛妻と息子。その後ろ姿を見ながら、俺は枕元にあるマッチ箱から【最後のマッチ】を取り出して、震える手で火をつけた。





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