名捨て山

『名捨て禁止』と立て看板がある空き地に表札や運転免許、身分証が山のように捨てられていた。しかもパチパチとそれらが燃えている。その現場を見た私は、すぐに消防に連絡した。


火をつけた犯人は意外にも私の近くにいて、左手にライターを持ち、笑いながら赤い炎を見つめていた。



「あの……」


「この場所には、選ばれた人間しか来れない。今は、私とお前」


「どうして……」


「どうして? この場所は過去を清算する場所だよ。アナタも忘れたい過去があるんじゃない? 誰にも言えない秘密が」


一度も私のことを見ようとしない。その端正な横顔は、この炎に憑かれているよう。


ため息一つ。

昔のことを思い出そうとすると酷い頭痛に襲われた。だから、高校以前の事はどうしても思い出せない。


……過去には、興味あるけど。




「その箱は何?」


「えっ!?」


女の細い指が私の胸をさしていた。……知らない小さな『箱』を持っていた。さっきまで、手ぶらだったのに。



この箱の中は?


重いし、臭い。血生臭い。



はぁ……………。



ぁ…………。


………。




何日も何日も逃げ続けた私は、疲れはて誰もいない空き地の草むらに座りこんだ。


長居するのは、危険。この場を去ろうとする私とは逆に、空き地に入ってくる女がいた。タバコを吸っている女が、私が落とした学生証に火をつけた。ニタニタ笑っている。見惚れるほどの美人なのに笑い方がとても下品で不快だった。


「過去をリセットした。もう逃げなくて良いよ。誰もお前を追わないし、犯人だと思わない。父親殺しの犯人だって、ね。うふふ。お前は、今から別の人間として生きるんだよ」


「…………別の人間?」



………………………。

…………………。

……………。


澄んだ夜に優しく包まれていると、突然肩を叩かれた。背の高い男の消防隊員に声をかけられる。


「君が、連絡くれたの? 火事は、どこかな?」


「……私は」





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