「ロゼから手紙が届いたの。郵便屋さんが教えてくれて、だからうまく作ったものを見せてあげようと思って」

 狭いアトリエにあって、しょげたシエラはさらに小さく見えた。

 よほどショックだったようだが、少し時間が経ったためか徐々に立ち直りつつあるようだった。

 それを見て僕は安堵しながら、ぽつぽつと語られる彼女の言葉に耳を傾けていた。

 ロゼという女性は、この町に一番近い都市に研究室を構える、国に雇われた自動人形技術者だ。

 この世界において数少ない人間の労働者であり、僕の製造者でもあり、そして“前のシエラ”の幼馴染の親友でもある。

 同じ居住区で生まれ育った二人はずっと一緒だった。

「もう少し順を追って話してくれませんか、シエラ。ロゼがなんですって?」

「だから、ロゼが……そう、ロゼが今度、うちに遊びに来るって!」

 シエラが満面の笑みを浮かべてそう言ったので、僕はようやく合点がいった。

 ロゼに少しでもいいところを見せようと思ったのだろう。

 “前のシエラ”とロゼは本当に仲が良かった。

 二年前、シエラが住むこの町から出された新型の警備用自動人形の配備要請を見つけたロゼは、すぐさまその案件を自分の手元に置き、わざわざそのために自動人形を製造して配備させた。

 その自動人形にこっそり“シエラを守る”という指示を書き込む、そのためだけに。

 そうして製造された自動人形こそが僕だ。

 ロゼから自分の誕生の経緯を聞いた時は少々愛が重たいのではないかと思ったものだった。

「なかなか手紙書けなくてごめんって。ようやく仕事が落ち着いてきたから、来月にでも遊びに行っていいかって!」

 今うれしげに語るシエラもまた、ロゼと良好な関係を築いている。

 以前の二人はお互いを非常に大切にしながらもどこか危うさがあったのだが、今の二人はまるで姉妹のようだ。

 ロゼは親友の置き土産となったシエラを過剰なほど気にかけたし、シエラはそんなロゼによく懐いた。

 都市と居住区は離れているので簡単に会うことはできないものの、手紙のやり取りを通じて親交を深めてきた。

「それは楽しみですね」

「ええ。それでね、私決めたの」

 差し出されたシエラの手のひらには、淡いピンク色に色づいた華奢な形の指環がある。

「その指環、まだ持っていたんですか」

「ええ。迷惑な『私』のたったひとつの形見だもの」


 彫金師シエラはそのアトリエに作品をひとつも残さなかった。

 調査の結果、制作の依頼は事件の二か月も前から請けておらず、それまでに請けた依頼についてはすべて納品まで終わらせていたことがわかっている。

 個人的に制作した作品はこのローズゴールドの指環を除いて、すべてが破棄されていた。

「『私』が途中で放り出して死んだものを、私が仕上げて見せるんだから」

 僕は黙って、その指環を見つめた。

 形ある芸術品には、そのすべてに制作者の銘と所有者の名前が人間の肉眼では読み取れない形式で刻まれることになっている。

 創作物とその作者を愛し敬うこの社会において、贋作と芸術品泥棒は許されない罪だからだ。

 そして自動人形の目であればその刻印を読み取ることができる。

 この指環の銘は空欄のままだ。シエラの言う通り、未完成なのだ。

「今日からロゼが来るまでのひと月でこの指環を完成させて、ロゼにあげるの」

 シエラは静かに、決意をこめて宣言した。

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