第5話 ドグマくんと試練 その3


第2の試練を乗り越えて、月あかりに照らされた小さな道をドグマくんは進んでいます。

「ヤタガラスさんは、フクロウさんがいるっていったっけ。いつになったらあえるんだろ?」

ヤタガラスと別れ、少し日にちが経ちました。

最初は勇ましい足取りでしたが、なんだか今の足取りは少し心細そう。

それでも前に前に進んでいると、森の木々が曲がって出来た、トンネルの様なものがありました。

「なんだこれ。トンネルかな?」

「ホー。それはめざめの森の出口への入り口なり。」

アーチ状の木の上から声がしました。

「だれ?」

「ホ。驚かせてすまぬ。ヤタガラスから聞いているであろう?私はコタンコロ。いざよいの村の守護びと。」

「まもりびと……。あ、ヤタガラスさんからきいてるよ。はじめまして、コタンコロさん。ぼくドグマくん。」

「知っておる。」

「ヤタガラスさんとおんなじだぁ。」

コタンコロと名乗るその者も、ヤタガラスと同じく、布のお面の様な物で顔の半分が覆われていました。もっとも、ヤタガラスとは反対の顔でしたが。

「なんだか、みためもにているね。」

「それではお主。ついて参れ。我が守りしその村まで案内しよう。」

「はーい、おねがいします。」

「うむ、いい返事である。良いか?決して離れてはならぬぞ。我を見失ったが最後、お主は永遠にこの森から抜け出せず、彷徨い続けることとなる。」

「う、うん、わかった。でも、そんなにこわいところなの?」

「そう、かまえずともよい。心さえ見失わなければ出口へと出られるであろう。」

なんだかこわいなぁ、そう思いながらドグマくんは歩き出しました。

コタンコロは、ドグマくんよりやや高い位置を飛んでいます。

あたりは月あかりのみで、ぼんやりと薄暗くなっている為、コタンコロの姿がやっと見えるだけ。

「くらいなぁ。あしもとも、よくみえないや。」

そんな事を言い、コタンコロを見上げながら歩いていると、何か聞こえたきがして、

「コタンコロさーん!なにかいったー?」

「何も言ってはおらぬぞ。」

「へんだなぁ。」


「……ドグマくん!」


今度ははっきりと聞こえました。

ドグマくんがキョロキョロしていると、

「おーい、ドグマくん!」

声のする方へ振り返ると、そこにはジムとジムの両親の姿が。

「ジム!あれ、でもへんだなぁ。ぼく、あたらしいせいかつのほうへすすんだはずなのに。それにすがたもかわってないや。」

「ドグマくん!そんなとこにいないで、はやくこっちにおいでよ!」

「うーん、でもなぁ。」

「何をしぶってるんだい。早くしなよ。」

「う、うん!」

少し嬉しいドグマくん。

なんでジムがいるんだろう。ぼく、こっちのらみらいをえらんだのかな。

「早く来いよー!」

ジムの声に誘われるように、ドグマくんはフラフラと歩き出しました。

「そう、良い子だ。こっちこっち……。」

ドグマくんの目は、夢を見ているようにトロンとしています。

ジムの方へゆっくり、ゆっくりと歩いていると、


その時。


——ドグマくん!惑わされちゃだめだ!——


そんな声が聞こえた気がしました。

「え?」

意識を取り戻し、あたりを見回しても笑顔で手を振るジムと、ジムの両親がいるだけ。

もしかしてコタンコロさん?そう思い、空を見上げると、

「コタンコロさん、なにかいった……。あれ?コタンコロさんが……。」

ふたりいます。

それぞれのコタンコロは空の上からドグマくんを見ています。すると、同時に

「なにをしておる。案ずるな。我はこちら。あちらは偽物。」

「どうじにいわれてもわかんないや。」

「考えるのではない、感じるのだ。」

そう言って、それぞれ別な方向へ進み出しました。

片方は暗闇へ、片方はジム達の方へ。

「かんじる……。ヤタガラスさんも、めがみさまも、おなじようなこといってたっけ。」

そうは言われても、突然のジムの出現に困惑しており、頭が正常に働きません。

「どうしたらいいのか、わかんないよ。」

すると、また。


——ドグマくん、足元をみて——


どこからきこえてくるんだろう。

それにおかしいな。ジムのこえにきこえる。

ジムはあそこにいるのに……。

声に誘われるまま、足元をみてみると、

「なにこれ?」

拾い上げると、それは赤い首輪。その首輪にはドグマくんの名前が書いてあります。

「ぼくのなまえがかいてある。なんで?」

「そんなもん捨てちまえよ。一昨日くらいに飼ってた犬が死んじまってな。邪魔だからそいつの道具一式捨てたんだ。それでお前を呼んだってわけ。」

「え……?」

ドグマくんはショックで声が出ません。

首輪をよく見ると、なにかべっとりとした物がついています。

そして、このにおい。


それは、血の匂いでした。


「なんだ、首輪についてる血でも気になるのか?それは犬コロの血だよ。年寄り犬がクンクンうるさいから俺がひとおもいにやってやったんだ。汚いから捨てちゃえよ、そんな首輪。」


うそだ……ジムがそんなことするわけない。


首輪を見つめていると、ドグマくんの心臓がバクバクと音をたてはじめました。


「どうしたんだ?ドグマくん。早くこっちにきなよ。」


再びジムのほうに目をやるドグマくん。

よく見るとなんだか目の前にいるジムが、おそろしい、ジムとは別なモノの様に見えてきました。

それに、なんだろう。ジムのこと、だいすきなのに、あのジムのほうにはいきたくない。

ドグマくんのこころが拒否をしています。気持ちが前に進めと言っています。


まえに……?


そうだった。

ぼく、きめたもんね。

ジムがいないほうがせいかいだ。

ジムはぼくのこと、だいじにしてくれる。

だから、ほんとのジムは、あんなこといわないんだ。

さっきもりで、いぬになったときのことをみたけれど、ぼくのくびわも、おもちゃも、だいじそうにしまってた。


——そうだ、ドグマくん。キミの幸せは、僕たちみたいに。家族と一緒にいる事なんだよ。


「うん。ぼく、おかあさんと、おとうさん、それにおともだちといっしょがいい。」


——そうだろう?その方がキミにとっても、とても有意義な事なんだ。じゃ、元気でやれよ、ドグマくん。いっぱいごめんね。


それと、いっぱいありがとう——。


「うん、ありがとう——ジム。」

首輪を投げ捨て走り出すドグマくん。

ドグマくんが走り出した途端、後ろにいたジムは、

「あと少しだったのに。」

と、言い残し、暗闇に溶け込むように消え去りました。。


「コタンコロさんまってー!」

ドグマくんはコタンコロに駆け寄りました。

「ホー。よく道を違えず追いついた。」

「ジムのこえがね、きこえたんだ。めのまえのジムとはべつなほうから……、なんていったらいいんだろ。あたまのなかに、ジムのこえがきこえたんだよ。あれってなんだったんだろ。」

「ホー。ここは目覚めの森。すなわち境界線。言わば夢現。」

「それ、ヤタガラスさんもいってたよ。」

「ホー。現実世界において、夢でもあるこの世界。人間と、お主の絆が人間の意識をこの世界に呼んだのかも知れぬな。」

「むずかしいことはよくわかんないや。」

「ホー。今は、それでよい。さあゆくぞ。過去から解放されしお主。もう迷うことはないであろう。出口はこの先ひとつのみ。」

「うん、わかった!」

「うむ。さあ続け。我の守る村へと導こう。」

再びふたりは、前に進み出しました。


森の出口へと進むふたりを十五夜お月様が優しく包んでいます。


辺りは暗く、月明かりのみ。

それでもドグマくんは、希望に向かって歩きだす。

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