第4話 ドグマくんと試練 その2

ドグマくんが歩き出して5日目の夜が明け、なんとか歩ける様になり、森の入り口へとたどり着きました。

「もりのなか、くらいね。」

ドグマくんの目に、森は不気味に写ります。

「もう後戻りはできぬぞ。」

「うん……。」

恐る恐る足を運び、森の中へと入っていきます。

しばらく歩いていると、だんだん霧が出てきました。

「なんか、まわりがまっしろになってきたね。」

「じきに辺りは霧に包まれる。そして第2の試練が始まるであろう。」

緊張しながら歩みを進めると、足元もろくに見えなくなって来ました。

「うわあ。なんにもみえないや。……あれ?」

ヤタガラスの姿が見えません。

「ヤタガラスさん、どこにいったの?」

不安な声で呼びかけると、ヤタガラスの声が辺りに響きます。

「歩き続けよ。そして見よ。」

「みよ?」

「この先起こる出来事で、汝の心が試される。」

不安ながらも歩き続けていると、霧の中に、ある風景が浮かび上がってきました。

そして——。


気がつくと、なんとそこはジムの家ではありませんか。

「あれ、ここジムのおうちだ!」

と、言おうとしたけれど……。

「ワン!」

あれ、おかしいなとドグマくん。そこにジムと、ジムの両親がやったきました。

うれしくって、なつかしくって。ドグマくんが

「ジム!」

と言おうとしても、

「ワンワン!」

「よしよし、いい子だ。」

なんだかへんだなぁ。視界の端に鏡があり、それを見ると、なんとドグマくんの姿は子犬の姿になっていました。

「あれがぼく?」

ドグマくんの頭にヤタガラスの声が響きます。

——左様。汝の未来のうち一つ。それは汝、犬となり、この家の家族の一員として迎えられる。しばし、人間との日々を体験するが良い。


これが、すがたがちがうけど、ジムといっしょにいられるみらいなんだ。


ジムは16歳くらいでしょうか。ジムの家で犬を飼う事になった様です。

「よーしドグマ、散歩に行こう。」

「!」

昔、ぬいぐるみに付けていた名前をつける事になった様で、ドグマと名付けられ可愛がられていました。ドグマくんはうれしくって、

「ワン!」

と、鳴き声ひとつ。

一緒に遊んだり、ご飯を食べたり……。

春、夏、秋、冬。目まぐるしく季節が流れて行きます。

それぞれに楽しい思い出がいっぱいです。


——それが汝の新しい命のひとつ。犬の姿となり同じ人間と共に過ごす。さあ、その未来の結末を見よ。

ドグマくんは歳を取り、身体があまり動かなくなりました。

鳴き声を上げるも弱々しく、ジムやジムの両親は不安そうにドグマくんを見守っています。

「ドグマ、大丈夫かい?」

ジムが優しく撫でています。

ドグマくんは、

「だいじょうぶだよ。」

そう言いたいけれど。

「クゥン……。」

と、か細い声しか出せません。

ドグマくんは、一生懸命にジムをみつめます。

ジムの目にうっすらと涙が。

「楽しかったよな。公園に散歩に行ったり、海岸を一緒に歩いたっけ。色んな所にいったよな。」

しみじみとジムは思い出をかたっていました。

そして。

ドグマくんはにこっと笑うと、静かに息を引き取りました。

ジムたち家族は声を押し殺して泣いています。

ドグマくんの意識が薄れ、気がつくと、空からジムたちを見下ろしていました。

「これが、ぼくのみらいなんだね。」

「左様。姿変わり人間と共に生き、一生を終える。」

「……ジムたち、ないているね。」

「うむ……。種族違えど共に生きた、言わば家族。家族と別れるのは哀しい、ということであろう。」


ジム、ありがとう。ぼくのためにないてくれて。たのしかったよ。やっぱりジムはやさしいね。


辺りは白く、暖かい光で包まれ———


ドグマくんが気がつくと、辺りは深い霧に包まれた、深い深い森の中。

ドグマくんは木にもたれる様に座っていました。

「先程見た物。それはひとつの可能性、ひとつの未来。」

ヤタガラスが木の枝に止まって、ドグマくんを見つめています。

「みらい……。」

「その様な未来が待っているという、ひとつの可能性の夢現。」

「ヤタガラスさんがいってた、つらいことって、ジムとまたさよならすること?」

何も言わず、ヤタガラスはドグマくんを見つめています。

しばらく沈黙が続き、ドグマくんは声を出しました。

「ジムとのあたらしいせいかつ、たのしかった。」

一緒にいてもジムは友達にからかわれたりせず、楽しく仲良く遊んでいました。

「でも……。」

でも。最期を迎える時のジムや、ジムの両親の泣き顔が忘れられません。

ヤタガラスは、ドグマくんの眼の奥の、心の奥に哀しみが渦巻いている様子が見えました。

「して……。汝、どう思う。」

「わかんない。ぼく、どうしたらいいんだろう。」

「我は案内役。答えは汝が導き出すもの。我は答えられぬ。」

そして、ヤタガラスはバサッと羽を広げ

「答えを探す為、進め。道案内は我の役目。」

「うん。」

ドグマくんは歩き出しました。

さっきより、霧は薄くなっている様で、うっすらではありますが、森の木々や草花がなんとなくみえていました。すると何かにつまずき、

「いたた……。わっ。なに、これ。」

それは、横たわるぬいぐるみでした。

「それは目覚められなかった者。」

「え……。」

「迷いに迷い、答えが出せず、森に閉じ込められた者の成れの果て。」

よくよく見てみると、そこかしこにぬいぐるみやおもちゃ等が横たわっています。

「過去に囚われ、ひとつの未来に固執した者の骸。汝、ああはなりたくなかろう。ならば進め。そして悩み、考え、心に聞け。」

「う、うん。」

ドグマくんは急いで歩き出しました。


どうしよう、どうしよう、どうしよう。


頭の中ではジムの笑顔と悲しそうな顔がグルグル回ります。


ジムはかなしそうだったけどぼくは、ぼくは……。

ぼくはうれしくて、たのしくて、みんなにみまもられて、よかったなっておもった。


ふと、思い出した様にドグマくんはヤタガラスに尋ねました。

「ねえ、ヤタガラスさん。もうひとつのみらいって、どんなの?」

「そう急くでない。じきにわかる……。」


少し進むと、再び霧が深くなり……。


「ドグマくん……。」

声がします。

「ほら、ドグマくんったら……。」

どうやらドグマくんを呼んでいる様です。

「早く起きなさい!」

びっくりして、飛び起きるドグマくん。

「おはよ……?ここどこ?」

ドグマくんの問いかけに、

「何いってるの、ここはおうちよ。ほら、早く着替えて朝ご飯を食べてね。」

「うん……。」

寝ぼけ眼のドグマくん。なにこれ?それにだれ?

でも、ぼくににている……。

そんな事を考えていると、頭の中に過去の映像とともに、ヤタガラスの声が響きます。

———聞こえるか。その声が。見えるか、その姿が。それは汝のもうひとつの可能性。汝と同様の時間を生きる者達との生活。

じゃあ、この人が……。

「おさかあさん……。」

お母さんと呼ばれたその者には、ドグマくんと同じ様なお耳とお鼻、同じ様な尻尾をつけていました。

「なあに?」

お母さん、と呼ぶドグマくんはなんだか照れ臭そう。

「おはよう。」

「はい、おはよう。朝ご飯の前に、ちゃんと顔を洗うのよ。」

「はーい。」

ドグマくんは不思議な気持ちでした。

怒られたり、褒められたり、お友達と一緒に遊んだり。泣いたり、笑ったりして過ごします。

「ドグマくん、またねー!」

「きをつけてかえってくださいね。」

お友達とたくさん遊び、おひさまがだいぶ西にかたむいていました。

「うん、またねー!」

と、お友達に手を振っていると、あたりに霧が立て込め……


気がつくと、そこは森の中でした。

「どうかしたか。」

ヤタガラスはドグマくんの顔をみて、問いかけました。

「あ……。ヤタガラスさん。」

ドグマくんは、なんだかぼんやりしている様です。

「うん……。もう、かおはよくおぼえてないけど、おともだちとたくさんあそんだり、おとうさんやおかあさんおいっしょにでかけたりして、たのしかったなぁって。」

ヤタガラスは黙ってドグマくんの話に耳を傾けています。

「ジムのいえにいたころは、おともだちなんていなかったし、おかあさんもおとうさんもジムのだった。あたらしいかぞくと、あたらしいおともだちとないたりわらったり、ほめられたり、しかられたこともあるけど……。」


でも、ドグマくんにとってはどれも新鮮で。


すごく、ものすごくたのしかった。


「ふむ……。」


ヤタガラスは、ドグマくんの心の奥を見つめます。

そこには様々な思いが渦巻いている様子。


———どうしたらいいんだろう。ぼくはどうしたいんだろう。ジムのおうちでまたジムとくらすのは、たのしかった。でも、おともだちや、おかあさんたちとくらすもたのしかった。

どうしよう。ぼくにはきめられないよ。

でもきめないと、あのぬいぐるみたちみたいに、ずっとここでねむることになるんだよね。


不安気な顔で、ドグマくんはヤタガラスを見つめます。恐怖心からか、何も言えないドグマくん。

するとヤタガラスは、ドグマくんが言いたい事を解っているかのように

「考えるのではない。感じるのだ。汝、この森に入り様々な体験をしたであろう。いや、この森に入る以前から。答えは既に、汝の心の中に産まれておる。」

「もりにはいる、まえから……。」


ドグマくんの頭の中に、ジムの家にいた頃の事が次々と思い出されました。


「そうか。そうだった。ジムはいつもぼくのこと、たいせつにしてくれた。あのとき、めがみさまにあったおへやに、おいてかれるとき……。」


ジムは、ごめんねって、ちょっとないてた。


このもりでみた、ぼくがいぬになったとき、ジムはこころのなかで、ずっとずっとぬいぐるみのぼくのこと、ごめんねっていってた。さいごにジムはすっごくかなしんでいた。


「……ヤタガラスさん。」

「……。」

「ジムのおうちにもどるみらいって、ぼくがそうなったらいいなって、そうおもうから、めがみさまがそうしてくれるんだよね?」

「……。」

「ぼくのかってで、ジムにまたいやなおもい、させたくないや。」

「ふむ……。」

「だったらぼく、ちょっとざんねんだけど、ジムのところにいくのは、ちがうっておもうんだ。」

「……。」

「だからぼく、もうひとつのほうにいく。」

「よいのか?」

「うん……。」

「その方へ行くとなれば、人間世界の記憶は消え、新しい命として今までとは違う環境下に置かれる。魂のみの存在であった時……、ぬいぐるみでありし時、汝は与えられるだけであった。されど、その方へ行くならば、汝、自身で考え決定を下さねばならぬ事もある。つらい事、悲しい事も今以上に多く待ち受けるやも知れぬが、それでも考えは変わらぬと申すか?」

「ぼくのわがままで、またジムがかなしむほうが、もっとつらいもん。このままだったら、ジムはぼくのこと、わすれてたままなんだよね。ぼくはわすれちゃうかもしれないけど、ジムはつらいことをおもいだすんだもん。ぼく、ジムがつらくないほうがいい。」

「そうか。承知した……。」

ヤタガラスはゆっくりと目を閉じて……

カッ!と目を見開くと、勢いよく空へ舞い上がり、


「よかろう。汝、第二の試練、見事突破せり!」


そう言うと、両方の翼を高くあげ、大きな声で鳴きました。すると、辺りを覆っていた霧はたちまちのうちに消え、薄明るいひとつの道が浮かび上がってきました。

「この道を真っ直ぐ進んだ先、ひとりのフクロウがおる。そやつを訪ねるがよい。」

「え、ヤタガラスさんはきてくれないの?」

「我の案内はここまで。ここから先は森の出口へと通づる道。村を守護する者が汝を導くであろう。」

「わかった…。ヤタガラスさん、ありがとう、じゃーね!」

「うむ。達者でな。ドグマよ。」

「あ!はじめてなまえをよんでくれた!」

ヤタガラスは、カァとひと鳴きし、先に進むよう促した。

「えへへ、じゃあね!」

ドグマくんはヤタガラスに挨拶をすると、まっすぐ前を見て歩き出しました。


——ジムたちみんな、いつかおとなになるんだもん。おとなになったら、ぼくたちぬいぐるみとはバイバイするんだもんね。かなしいけど、しかたないことだし、またぼくがジムのまえにあらわれたら、ジムはかなしいことをおもいだす。おわかれするときはまたかなしむんだよね。ぼく、ジムとはいっしょにいられないし、ジムのことをわすれちゃうかもしれないけど、たぶん、こころのどこかではずっとおぼえているよ。


ありがとう、ジム。


勇ましい足取りで進むドグマくんの背中を見ながら、ヤタガラスはもの思う。


「しかし女神さまも人が悪い。己の欲望を満たすだけの希望であれば、森から永遠に出られぬとはっきりと伝えぬのだから。とは言え、過去に執着という点に偽りは無し、か。さて、あとは頼むぞコタンコロ…我はそやつを村へ入れることに賛成だ。他人の為に自己の犠牲を選ぶ者。その村にふさわしいのではなかろうか……。」


月あかりがヤタガラスとドグマくんを優しく照らしています。


森の出口までもう少し、あと少し——。

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