第3話 ドグマくんと試練 その1

目覚めよ---


ドグマくんの耳がピクリと動きます。


目覚めよ!


ドグマくんはハッと目を開けました。

辺りを見回すと、そこは閑散とした岩場で、空はほんのりうす暗く、ひとつの月が1本の道を照らしています。

その先は大きな森へと続いている様子。

ドグマくんは岩にもたれるように座っていました。

「ここはどこ…?」

「ここは境界線。」

ドグマくんの後ろから声が聞こえてきます。

「だれ?」

ドグマくんが振り返ると、岩の上に、顔の半分が布のお面で覆われたカラスがひとり、たたずんでいました。

「我はヤタガラス。めざめの森の案内役。」

「ぼく、ドグマくん。」

「知っておる。汝、女神さまより命与えられた。」

「いのち…。」

ヤタガラスはうなずき、

「左様。ここは境界線。汝、女神さまより与えられたその命使い、進むも戻るも自由である。」

「もどる…?もどるってジムのところ?」

「左様。戻れば元の生活が待っている。」

ドグマくんはジムと過ごした日々を、ぼんやりと思い出しています。

「もとのせいかつ…でも、ジムはおとなになっていくんだよね。おとなになると、おもちゃや、ぬいぐるみとはバイバイするのがにんげんだから、ぼくがもどりたいせいかつには、もどれないんだよね。」

ヤタガラスはドグマくんの目の奥に、心が少しずつ形成されているのが見えていました。

その心の中には悲しみという感情が、ほんの少しだけ芽をのぞかせています。

「ジムたちはおとなになるんだもん。もどっても、またそうこのなかで、ひとりぼっちなんだよね…。だったらぼく…。」

「戻らぬと言うのなら進め。進めば汝は新たな生活を得られるであろう。」

「あらたなせいかつ?」

「左様。進めば2つ、未来が待っている。片や、姿形、名前はそのままではあるが、汝と同様に歳をとる、新たな家族との生活。」

「ぼくとおなじ…。」

「片や、再び同じ人間の元での生活。汝、姿こそ違えど、魂は同じ。されど人間よりも命短く、再び別れが待っている。」

「おなじにんげん…。ジムのところにいけるの?」

ヤタガラスは、ドグマくんの目の奥に、少しの希望が芽生ているのが見えました。

「ただし。」

ピクッとかまえるドグマくん。

「どちらに進むにせよ、進むとあらば、現在までの記憶は消える事となる。」

「きえる…。ぼく、きえちゃうの?」

「汝は消えぬ。魂はそのままだ。魂がそのままであれば、汝は汝たり得る。」

「むずかしいことはわかんないや。」

困り顔のドグマくんに、ヤタガラスは言います。

「考えるのでは無く、感じるがよい。…汝、まだ記憶が完全には戻っておらぬ様子。」

「うん。ジムといっしょにいたときのこと、なんだかぼんやりとしかおもいだせないんだ。」


ヤタガラスは岩から舞い降りるや、ドグマくんの額に羽の先を当て、何やら唱え…

「ならば汝にみせようぞ。汝の過去、その身に何が起こったかを。そしてみせようぞ、戻りし時、その身に起こる出来事を!」


「え…。」


ドグマくんの頭の中に、今までの出来事の、映像、音、感覚。全てがグルグルと渦になって流れ込んできました。


初めてジムの家に来たとき、ジムが喜んでいた。

名前をつけてくれた。

一緒に遊んで、叱られて、探し物を手伝って、

そして……

倉庫の中置き去りにされ、何ヶ月も、何年も、ずっと、ずうーっとひとりぼっちで、ほつれ、朽ちている。そんな映像が流れ込んできます。


すると、ドグマくんの瞳の奥、心の真ん中に、ドロドロとした心が芽生えました。

それは、恐怖という感情。

「汝、戻ると言うならこの先蔵の中にて、朽ちて捨てられるまでそのままぞ。」

「…いやだ。ボロボロになって、さいごにはこわれて、もやされて。そんなの…。」


「そんなの、こわいよ。」


「うむ…。」


ヤタガラスはドグマくんを見つめ、心を見定め、

「進むとなると、今より辛く、過酷な道を進むこととなる。」

「かこく…?」

「この先、めざめの森へと続く道。命与えられたばかりの汝、森の入り口まで歩く事五日。森の中入りし汝、分岐点へと辿り着く事五日。分岐点より、森の出口に辿り着くまでまた五日。合わせて十五の夜を超え、十六日目、果たして汝、出口へとたどり着く。」

「ぶんきてんってなあに?」

「別れ道。汝の未来はまだ、ふたつの未来が揺れ動き、定まっておらぬ。森を行くさなか、ふたつの出来事が待っておる。そこで汝、どう考え、どう行動するか。どう進むか…。それにより、森の出口はどちらかに通づる。すなわち、未来は汝の心次第。」

ヤタガラスはひと息おくと、

「どちらにせよ、今はまだ未来は不安定。進むとなれば、少々険しい道となる。」

ドグマくんは月あかりに照らされた、不気味に浮かぶ森をみつめます。

森は遠く、辺りは暗く。


ちょっと、こわい。


ドグマくんが森を怖がっている事を感じとると、


「怖いであろう。戻るのならばまだ間に合う。汝を眠らせ、汝が魂、再びぬいぐるみへと移すのみ。」


「……。」


ドグマくんは黙ったまま、考えています。


あたらしいせいかつって、なんだろう。ぼくとおなじって、ジムや、ジムのパパやママみたいなことなのかな。


すすむのは、ちょっとこわいな…。

ヤタガラスさんがいうとおりだと、

もりのなかで、こわいことや、つらいことがあるってことだよね…。


でも……。


もどるのは、もっとこわい。

それに……。


あたらしいせいかつって、なんだろう。ぼくとおなじってなんだろう…。


ジムのパパやママみたいに、ぼくにパパやママができるのかな。それって……


「なんだか、たのしそう。」


ボソッとつぶやいたその言葉を、ヤタガラスはちゃんと聞いていました。そして、希望という感情が芽生え出してきている事を確信しました。


「して、どうする?」

ドグマくんは決心しました。

「ぼく…もりへいく。あたらしいせいかつがほしい。」

「ふむ。」

「まだすこし、ジムのこともきになるけど、もどってもジムといっしょにあそべないんだよね。だったらすすむよ。」

「汝にはちと過酷な道やもしれぬぞ。それでも尚、決意は変わらぬか?」

「うん、もどるのはいやだ。いたいのはいやだ。ひとりぼっちはもう、いやだ…!」

「進めば後戻りはできぬ。」

「ぼくがんばる。あたらしいせいかつにすすむ!」


「その決意、しかと見受けた!」


その瞬間、ヤタガラスは翼を広げて、宙を舞いました。


「第1の試練は通過された。汝、心を手に入れた。それは恐怖、それは希望。そして決意。汝の身体のその中に、心が宿った。しかしここは境界線。言わば夢うつつ。よかろう、我が後に続け…。」

ヤタガラスはドグマくんをまっすぐとみつめて、


「…汝、目覚めるために。」


そう言うと、ヤタガラスはゆっくりと、森の方へと飛び立ちました。


ドグマくんはまだ動けるようになったばかり。

ヤタガラスを追いかけますが、歩く事に慣れていません。

転んでは立ち上がり、立ち上がっては転び。

それでもドグマくんは、何度でも立ち上がります。


いたいけど、へっちゃらだ。ずっとひとりぼっちですわってた、あのときより、ジムにたたかれたり、なげられたりしたあのときよりは…


…こころが、いたくないもん。


ドグマくんは頑張って歩きだしました。


前へ、前へ。未来へ、未来へ。

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