とおくから星がふる


川をわたって木立のなかへ

そこにみんながいるだろう


佐々木さんは非常階段の人だった。

佐々木さんの人生は非常階段に凝縮され、記録された。

山口さんはエレベーターの人だった。

山口さんの人生はエレベーターに凝縮され、記録された。

佐藤さんはエスカレーターの人だった。

佐藤さんの人生はエスカレーターに凝縮され、記録された。

鈴木さんは表階段の人だった。

鈴木さんの人生は表階段に凝縮され、記録された。

肉の層を火が食べたあと、凝縮されたかたいものが残る。


佐々木さんは鈴木さんのいとこだが、非常階段の人の沽券にかかわると、表階段に足をむけなかったので、鈴木さんが佐々木さんをしることはなかった。

佐々木さんは非常階段の人なので、エレベーターを憎んでいた。歩かなくても階段をのぼってしまうエレベーターは非常階段の天敵だから、佐々木さんにとって山口さんは敵だった。いちど佐々木さんがエレベーターで飛んだり跳ねたりしたので、山口さんにとって佐々木さんは敵だった。ふたりは憎みあっていた。


エスカレーターに対する佐々木さんのきもちは複雑だった。のぼらなくても上にあがるという点でエスカレーターは階段の邪道だと、佐々木さんの右側は主張した。それでもエスカレーターは階段なのだと、佐々木さんの左側は主張した。佐々木さんの前面は、エスカレーターを歩く佐藤さんの脚に魅せられ一歩を踏み出そうとした。佐々木さんの後面は、エスカレーターを歩いてはいけないと主張した。「みんなで手すりにつかまろう」。


エスカレーターへのほのかな恋は非常階段の人の自己同一性に衝突する。

佐々木さんは苦悩につつまれた。


川のむこうはみんなでいっぱいだ。山田さん(横断歩道の人)。伊藤さん(歩道橋の人)。藤井さん(踊り場の人)。田中さん(歩く歩道の人)。みんなの恋も愛も憎しみもやさしさも、固定長の長さに凝縮され、記録されて鎖になった。みんなが競争で鎖をつなぐ。いつか星にかわるくらい長くなる。みんな鎖のつよさを信じている。あなたの失敗も成功も失望もよろこびも、ひとつのかたまりに凝縮され、鍵をかけて保管される。みんなが固定長で記録されたかたまりとなる。記録、鍵、ゆりかごになる。あたらしい鍵をみつけるために、せーのでいっせいにまぐれあたりをさがす。アタリをひけば佐々木さんも佐藤さんも山口さんも一瞬でよみがえり、きもちをかわし、憎みあう。ハズレがつづくと鎖はとまり、ふらふらと宙をさまよい、いつかただの墓になる。ぜったいにアタリをひけ。

みんなの鎖は永遠にのばすべきだ。

みんなの鎖は永遠にのびるはずだ。

きっとみんなの鎖はのびつづけるだろう。

宇宙がおわるときまで、みんな川のむこうにいる。


みんなをおぼえているよ、とみんながいう。みんなをおぼえつづけるために記録をつなぐ。失敗すれば砕けた鎖の星がふる。とおくから星がふるときは、みんなをめがけて、みんなが降りしきる。あたって砕け、砕けつづける。もう夕暮れで、山口さんのエレベーターがほのあかるい海中塔にしずみ、海藻をつつくさかなたちが、海のふかいほうへおりていく。砂漠のような波のレリーフが刻まれた地層を佐々木さんの非常階段が這いながらのびる。急角度で見おろしたさきに船着き場と釣り人。そこへつうじる表階段はとてもとおい。優雅に手すりをつかみながら鈴木さんが階段をのぼる。佐々木さんの岸壁の道は木のトンネルと岩のトンネルにつづいている。くぐるとエスカレーターの銀色がひかる。小川のように一方向へながれつつ、にぶい輝きを放っている。


みんなトンネルをとおってこなければならなかった(だから佐々木さんは佐藤さんに出会えた)。くらいトンネルの出口ではいちばんに「でた!」といわなければならない。遅れたほうが負け。トンネルにはいれば、息をとめて前にむき、地平にあかるい口がひらくまでずっと前をみつめているのだ。いま、トンネルを飛び出す、その瞬間に「でた!」と叫ぶ。でた! でた! でた! デタ! デタ! デタ!デ、タ! タ! タ! タ、タタ、タタタタタ・・・


岸壁の突端で鐘が鳴る。いつか飛び降りるならこの海がいい。非常階段に波がうちつけ、はなびらが砕けちる。




(『地上で起きた出来事はぜんぶここから見ている』所収)

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