マル。

不自然な人が流れるように声を発したけれど

誰からも返事がないのにがっかりしていた

ぼくらはみんな二宮金次郎のスタイルでなめるように本を読んでいたからだ

あれは戦闘ルームの浴槽でワックスの波にあらわれながら起きたことだった

打ち上げられながら脱出をはかること

この状況は新しいダイエット方法なんかじゃないとぼくらにはわかっていた

鉛筆削りを打ち鳴らす人たちの集いに参加したからには

たとえ最後の一滴まで果汁がしたたりおちたとしても

演奏を続けなくてはならない

ユニフォームなんていらない

ぼくたちはぜつぼうてきにまるいのだから

ぼうりょくのこんぼうがぼくらをうちあげるだろう

皮をむかれたみかんが放出され溺死するように

打ち上げはつづいている

脱出するにはカプセルにのり呪文を唱えなければならないのに

果汁のしたたる名まえは紙に書かずには思い出せない

この暗号は暗号にみえないことで暗号の価値をたかめているにちがいない

いったい何通りのきょうだいがいたのだろう

マンダリン、タンジェリン、キノット、ポメロ、カラタチ、バンペイユ、カラマンシー

ピクニックバスケットにつめられたオレンジ色のものたちは

みんなちがってみんなみかんとよばれている

だからぼくたちは日本語がきらいなんだ

この世のつまらない悲惨を数えて手も足も指も足りないから

エアポートにたどりついた日も

おじさんはなぜダジャレが好きなのかという話題を避ける方法をさがして

やみくもにキーボードを叩くはめにはなったのだった

それでもぼくたちが搭乗口へ歩いたのは

全力疾走のあとはおやつを食べられることになっていたからだ

この世でオレンジ色にいちばん合うのはチョコレート色だ

この世で一番ききたい三つの言葉の二番目のもの

シャトルでチョコレートブラウニーが配分されるというのは

ぼくは王様といった感じかもしれなかった

ついにオレンジ色の太陽がみえたときには

温度差がありすぎていつのまにか手も足も消え失せていたとしても

手に手をとっていこうとしても

ころがるしかないのだとしたら

香りが拡散するしずくをたよりに

残されているものをさがすのだろうか

遠くから

枯れた噴水の据えられた中庭の

窓を見下ろす白いシャツの

折り返しをみているひとのように

その手を離して

とちいさな声がして

ぼくたちはいっせいに手を離し

みかんの香りのする壁のむこうの薄闇へおちていく。

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