12. 魔術師協会

 現代において魔法を使う人間は二種類いる。魔法使いと魔術師である。彼らの能力や人種が違うわけではなく便宜上そう呼ばれているのだ。


 魔法の行使を職業としている人間を魔術師と呼ぶ。魔法能力・技能そのものを生活の糧としている者たちであり、探偵業・警備・エンタテナーなどもそうであった。


 魔術師は、魔術師協会を結成し社会に対してある一定の影響力を持っている。奉職する者や、教職につくものは国家の枠組みのなかで保護され、権利を保障されているため魔術師協会とは距離を置いていた。しかし、失職・退職した時には魔術師として身を立てるために魔術協会に所属するのは常識でもあった。社会的地位のある者は魔術師を警護として雇うことは珍しくなく、絶対数の少なさもあり職に困ることはなかった。


 そして、魔法を使う人間にも色々いる。表の職があったとしても、自分から裏の仕事につく者もいる。離れた場所からの仕掛ける事故、恫喝、暗殺、痕跡を残さない犯罪など、かれらは非常に恐れられていた。口にされることはなかったが、魔術師協会の裏の面でもあった。


 対して魔法使いは、政治的組織はなく(政府が魔法使いが団結するのを嫌った)、伝統的ギルドに所属していない者は、魔法学園の卒業者が立ち上げた互助会によって、その社会的力を辛うじて行使している。もちろん魔法の能力は国にとって重要な資源リソースとみられていたので、法律によって保護され魔法学園の卒業者であれば最低限の年金は支払われる。


 だが年金だけでは、生活には十分ではなく在野の魔法使いにとって自助努力が求められた。その年金も温暖化による経済の悪化で縮小の一途を辿っていた。他の身分に比べれば随分と有利なものの、選民思想を持ちやすい構造的事由により不満を持つ者がいるのは確かである。これは、魔法を使った犯罪を減らすための措置でもあるが不公平感の根源ともなり、人間主義者などいささか過激な思想をもつ人々が生まれる素地ともなっていた。


 出自が裕福な家庭に属していない魔法使いにとって、社会的地位を築くには今の世の中では、教職や研究職につくか、奉職するか、魔術師になるかの選択しかなかった。



 その男は己の力で勝ち取ったその地位と見合う部屋でお気に入りの椅子に座り、部下の報告を険しい顔で聞いていた。これまたお気に入りの机、分厚い一枚板の天板が漆塗りの艶やかな光沢を放っている、に置かれた場違いにも見える装置の画面に映る部下はひたすら恐縮していた。

 雲城登紀夫うんじょうときお、全国の魔術師協会を束ねる魔術師協会東京本部、そのナンバー5、しかし実質のナンバーワンである。魔術師協会の組織の長と、裏の実働部隊を掌握していた。


「そうか、接触はできなかったか。

 仕方ないだろう、ここでSMSPに気取られると厄介だからな。あいつらが動いているのは確認できている。機会を見よう」


 雲城は通信を切って、人差し指を額に当ててしばらく思案していた。これは彼が集中した時の癖だった。


「やはり、もどかしいが裏を動かすのも時期尚早だな。しばらく監視で我慢するか。あれだけの事故だ警視庁も動くだろう。動くのは事故調査が入った後でいいだろう」


 −− ◇ ◇ ◇ −−


 浦上の病室には楽しそうな声が響いていた。検査の結果、特に異常も認められなかったので一般病室に移されていたのだ。ひとり部屋とはいえ、病室なので抑えた声だが、彼の状態を知って後輩たちは安堵のあまり気が緩んでいた。


 しかし、浦上は楽しい気持ちにはなれなかった。事件の詳細は伏せられている。ひとり重態になっていることは伝わっていたが、心配して見舞いのため来てくれた後輩たちを追い返すことも断ることもできなかったのである。彼の心は斎藤がどうなったか、どうなっているかで占められているが今は何もできない。


 浦上は頭に包帯を巻いて右目の下に大きな絆創膏が貼られていて痛々しい。だが、頭の傷もアクリルガードが激突したせいで額を切って出血したため。体もひどい打ち身だけで骨折がなかったのが幸いだった。

 真上寺は、いつもならからかいの言葉もひとつ掛けそうなものだが、黙って浦上を見つめていた。その顔には安堵の表情が浮かび目の端には涙がにじんでいることに苅田は気が付いていた。


 コンコン!

 ノックとともにドアが開いて、三人の男女が入って来た。男性二人に女性がひとり。三人共スーツを着ており目つきが鋭い。


「浦上智巳ともみさん。浦上智巳うらがみともみさんでまちがいないね」

「はい、そうですけど」


 包帯の陰から返事を返す浦上を待たず三人はベッドに歩み寄る。

「私たちはこう言うものだが、少し話を聞かせてもらって良いかな」


 口ぶりは丁寧だが、どこか高圧的だ。提示された身分証明書はさにあらん。下部の記章が目を引く。


「警察の方がなんの用ですか?」


 浦上の声に険悪の色が混じる。彼は警察にはいい思いがない。まだ学生のころ巻き込まれた事件の事情聴取で嫌な思いをしたことがあるからだ。その時のことが思い出され思わず声に出てしまっていた。


「申し訳ないですが、みなさん席を外してもらえますか」

 浦上の質問には答えず。見てからに一番下っ端そうな若い男が見舞客を追い出そうとするが、みな不満そうな顔をして動こうとしない。それはそうだ、浦上の事故を心配して駆けつけたのだ、大したことなかったと喜んでいたところに水を差されて、ムカつくのも当たり前だ。

 しょうがないと上司だろう中年の男性がニコニコと、しかし有無を言わせぬ口調でをした。


「すいませんねえ。せっかくお見舞いに来ていただいたところ、申し訳ないですが、私どもも仕事なんで」


 後輩たちはぶちぶち言いながらも、部屋から出ていく。真上寺は名残惜しそうに最後までいたが、苅田に手を引かれて出ていくのだった。


「これは、正式な聞き取りの予備調査です。簡単で良いので経緯を説明していただけ…… 」


 部屋を出てドアを閉める真上寺にはそこまでしか聞き取れなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る