第二章 多元量子宇宙ブリッジ魔法

10. 銅鑼の音は響く

「メッセージ見たわ。魔法大学で爆発事件が!」


 西澤可奈は、携帯端末を耳に当てたまま、小声で叫んだ。


「あの監視対象のやつなのね。解った、(仕事を)切り上げてすぐにアジト事務所に向かうわ。

 その時までに詳しい情報集めといて」


 西澤は仕事を切り上げると、昼前に降り出した豪雨の中を反魔連の事務所に急いだ。通常なら数時間もすれば雨は上がる。いつもならそれを待ってから行動するのだがいまはそんなこと言ってられなかった。


 時は九月の声を聞いてから既に半分が過ぎており、加熱する地球の夏が未だ残る暑い日だった。



 西澤が反魔連の事務所の一つにたどり着いた時、魔法大学での爆発事件の話はまだ報道には回っていなかった。だが魔法に関心を持つ者たちの間には静かにそして急速に噂が広がっていた。そして、ここにもその内容に関心を示すものがいた。


「確かなのか、魔法大学で爆発事故があったというのは。魔法実験なんだな? 通常の科学実験ではなく」


 その男は、机に埋め込まれたディスプレイに表示された報告に目を通すと、机を挟んで目の前に立つ二人の部下たちに問いかけた。いや、問い詰めると言っていい勢いだった。


「はい。雲城部長、間違いありません。詳細はまだ確認中ですが、間違いはないです。重軽傷四人で死人は出てないようです」


 右に立つ部下が返事する。上司の勢いに臆する様子もない。いつものことのようだ。

 机の分厚い天板を右こぶしで叩くと、椅子に深く腰掛け組んだ右腕で顎を支え確認するかのように呟いた。


「魔法の実験で爆発が起こることは滅多にない。化学反応に干渉しようとして反応が暴走して結果的に爆発事故が起こった、という話は何度か聞いたことはある。

 だが、今回の事故は時空間干渉魔法の研究室で起きたということだな。理屈が通らない。時空間を歪めて、そこでどんな爆発が起きるというのだ。報告では結構規模が大きいようだ」


 目は開いているが、視線は二人の部下の頭の上の宙を睨んでいた。なにかを思い出したのかその顔に驚嘆の色が浮かぶ。


「もしかしたら、数ヶ月前のあの噂か……」


 立ち上がり両腕を机について大声で叫んだ。


「だとしたら、我々の悲願が成就するかもしれん。

 良修は一高の卒業だったな、現地に飛んで情報を収集しろ。あくまでさりげなく、我々の関連を匂わすな。

 原野は伝手つて辿たどって状況の確認をしろ。やはり、我々魔術師協会だと悟られるなよ」

「「はい」」


 ふたりは、威勢良く返事をすると部屋から飛び出していった。

 ひとり残った雲城は、再び椅子に深く座り、リクライニングの限界まで後ろに倒れて目を瞑り呟いた。


「『並行宇宙論とエネルギー非保存』、実現したというのか。

 あれから十年、あの時は果たせなかった、機は熟してなかった」


 雲城は、過去の触れたくもない事件を思い出していた。魔術師協会に壊滅的被害を与え、彼が降格されることになった事件。今の地位まで返り咲くのにどれだけの苦労をしたか。


「今思えば、あの時は先天的魔法使いの魔法だったから、どうせ誰にも使えなかった。

 だが、今回は違うはずだ。魔法大学なら理論が必ずついている。魔法式にさえ定式化されれば誰でも使えるようになるはず。俺の考えでは魔法の力を絶対的に強化できるはずだ。それを入手できれば、そして独占できれば……」


起き上がり机に両肘をつき組んだ拳で俯き額を支える。

 

「ふふふはっは、俺たち魔術師の力を世間に認めさせることができる。政治家や役人らあいつらの顔を伺う必要などなくなる。協会の会長政府の犬など知ったことか」


 組んだ指の間から剣呑な光が漏れる。

 まさしく彼の生まれつきの魔法、邪眼の魔法が漏れ出していた。彼は希少の中でも絶無に近い精神干渉系の魔法使いだった。


 人の心をその意思に反して操ることができる。相手の精神に共鳴し、より強い意志により精神作用に干渉するのだ。全ての人間が持つ無意識の演算能力を外側から無理矢理突き動かすのである。漏れ出る光は目に見える訳ではない。だが、魅入られた人間には霧のようまとわりつき、押さえつけ恐怖を感じるものもいる、自分が思っていない言葉や行動をとる恐怖。やがてそのことも感じなくなってしまうのだ。


 ただ、誰にでも通用するわけではない。油断している相手や意思の弱い人間なら操ることは容易だった。しかし、良くも悪くも強固な意志を持つ人間は簡単には操れない。その限界さえ破れるかもしれない。それを思うだけで心の底から喜びが湧き上がってくるのだ。


 その口からも、くぐもった笑い声が漏れ出す。

 声はいつまでも部屋にこだましていた。



 −− ◇ ◇ ◇ −−



 魔法大学と同じ敷地内には魔法学園第一高校もある。いつもなら高校生たちの元気な笑い声や部活の掛け声が響く校庭には人影がない。


 門は閉じられ敷地内は閑散としており人影も見当たらない。昼前の爆発事故から五時間経ったいまは、二学期が始まっていた高校も、後期授業は始まっていないが休み明けの前期試験の準備でそれなりに学生がいた大学も、警備や管理部門の一部を除いてすべて緊急帰宅していた。


 それに比べて、門の前には人の山ができている。都心の魔法関連の施設での爆発、耳目を引かないわけがない。各種メディアがなんとか入れないかと門の前に陣取って中の様子を伺っている。壁ギリギリに脚立が幾つも立てられその上に陣取ったカメラマンが中の様子を撮影していた。中には警備員に喰ってかかるものもいたが、警備に警官も配備されてるためかあまりしつこいものはいない。魔法学園内は準国家施設、学生や職員以外の出入りは厳しく管理されていた。そして、いまは立ち入り禁止になっている。


 マルチコプタードローンで中を取材しようとするものもいるが、直ちに警備の警官に検挙されていた。ドローンでの取材は普通のことだが、魔法学園の周りは種々の理由により飛行機械(マルチコプター)などの飛行は禁止されている。しかし、それを知らない者も多いのだった。上空にはヘリが飛び回っていたが、施設上空の低高度は飛行禁止なので、警察のヘリに邪魔されて近づけないでいた。


 多和良は、人混みと罵声に閉口しながらも門を抜け、爆発現場の実技修練場兼実験室に向かった。


 爆発直後に降り出した豪雨も上がり、池を作っていた水たまりもほとんど引いていた。立ち上る湿気は肌にまとわりつき、風が吹くも湿気は晴れずむしろ湿気を運んでくるだけだった。駆除の追いつかない葛や雑草があちこちに繁茂している。

 雑草を踏みしめ、歩き慣れた近道を迷うことなく歩いて行く。魔法学園はかつて勤めていた場所、地図は頭に入っている。現場に向かう足取りに迷いはない。


 敷地の奥の方にある実技修練場は縦三十m、横二十m、高さ五mほどで小さい縦長の窓が五mおきに設えられている建物で、近づいている側からは変わったところはない。立ち入り禁止のテープが貼ってある側に回り込むと破壊のすざまじさが目に入った。


 多和良は思わず大声をあげた。

「こりゃすごいな。いったいどれほどの爆発が起きればこれほど壊れるんだ」


 建物の一角が大きく崩れ穴が空いている。五十センチはあるコンクリートの壁が大きく崩れ太い鉄筋がむき出しになっている。天井の一部も崩れ落ちてコンクリートの大きな塊が室内や建物外にいくつも転がっていた。

 警備の警察官にSMSPの身分証を見せ、相手の引き攣ったひきつったような敬礼に合わせ軽く右手を上げて挨拶する。


「ご苦労様」


 多和良は敬礼というのが大嫌いだった、だから正装の時以外は敬礼をしない。昔はそんなことはなかった。大昔のある事件以来代わりに右手の手のひらを相手に向けて敬意を示す彼独特の挨拶をするようになった。


 黄色のテープをくぐり、駆け寄ってくる制服警官を仕草で押しとどめ現場に歩み寄った。実験計画によれば純粋な魔法事故による爆発とのことだった。化学反応を魔法で操作していたわけではないので、いまや現場に危険があるとも思えなかった。術者もいないいま危険は崩落ぐらいだが、その程度は魔法でなんとかする自信があった。だが、一般の警官にわかるはずもない。心配そうな顔をして遠くで見守っている。


 多和良は久しぶりの古巣の建物をしげしげと眺めている。昔の職場ということもあって、魔法使いではない上司から現場の調査依頼を受けていた。とはいえ、どちらかというと多和良が買って出た面もあったのだが。


「いやいや、これは全く、想像以上だな。俺も昔この場所はよく使ったものだが、ここまで壊す魔法は思いつかないよ。

 なあ、君はこれを見てどう思う?」


 多和良はすぐ後ろに控える部下を振り返らずに声をかけた。彼も魔法使いだった。


「さあ、自分には想像がつきません。魔法事故でここまでの破壊は見たことがないです」

「さすがに中に入るのは危なそうだな」

「多和良さん、それはちょっと無謀でしょ」


 背伸びをして太い鉄筋越しに中を覗き込んでいたが、天井の様子を見て諦めたようだ。


「そうさなあ、それはよしておくか。

 これは、この破片は余程の熱を受けたらしい。あそこもかなりの融解の痕がある。表面を蒸発させるくらいなら俺の電撃魔法でもできるが、あの範囲は無理だな」


 多和良が拾い上げた拳大のコンクリートブロックは片面がガラス状に融け固まっていた。


「そうか、事故は残念だが、やったんだな」

 多和良は声にならない声で呟いた。それは時代が動く予感に声帯が締め付けられ声にならなかったのだ。浦上が無事なら彼次第で世界は変わる。確実に。それは良い方向とは限らない。いま、人間が手にしようとしている力は夢だ。そして、悪夢にならない保証もなかった。


 多和良は来た時よりけわしくきびしい顔になっていた。


「俺は用事ができた。倉田は浦上君の様子を見てきてくれ。入院先はこの敷地内にある付属病院だと聞いている」

「多和良さんは会わなくてもいいんですか」


 多和良は首を横に振った。


「どうせ、いまはICUだ。それより俺にはやる事がある」

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