9. 星空の下で
浦上は、暗闇の中地面に座り夜空を見上げていた。そばではテントがそよ風を受けて表布が緩やかに波打っている。頬をなでる風には秋の気配が香る。温暖化とはいえ平均気温の話であり、高地の風は冷たい。肌寒さに浦上は身震いした。高度が高いせいか星がよく見える。振り向くと遠くにオレンジ色に染まる東京が光る鋭利な刃物のごとく暗闇を切り裂き天と地を分けていた。
真上寺たちと話した後、思い立って山に登ってきた。ここは昔からの馴染みのキャンプ場。ワンゲル部の後輩を誘って久しぶりに皆で登る山は楽しかった。煮詰まっていた自分にはちょうど良かったのだろうと浦上は感慨にふけっていた。
離れた場所で騒いでいた後輩連中も今では大人しくなっている。
そのまま後ろに倒れて地面に大の字になった。満天に広がる夏の濃い星空を見ていると自分が抱えている問題がひどく小さなものに思えてきた。天文には詳しくなくても星座ぐらいはわかる。星座の形を目で追いながら、星の名前を挙げていく。
「織姫星と彦星か」と呟きそれらに纏わるエピソードに想いをはせる。実際には地球から十七光年も離れている。そこに知的生物がいたとしても地球人の想いは彼らには無関係だ。それでも人は想像する。そして意味を持たせる。
意味は物事の関連の中に潜む。物事もまた意味を持った関連だ。相対的であり、背景によって全く違ってしまう。それなのに意味は魔法を使う上で重要なファクターだ。そこにどんな意味があるのか。
観測された限りでは魔法を使えるのは人間だけだった。意識と知性について、今では多くの動物が持つことが常識となっている。なのになぜ、人間だけが魔法を使える。意識についても分かっていないことが多すぎる。AIは意識を持つのか、知性は?
浦上の彷徨う思考は、今までに何度も陥っていた堂々巡りに再び陥りかけていた。
タン、タタタ、タンタンターン。不意に身につけた情報端末が音楽を再生し始める。低高度通信衛星が地球上を網羅しており携帯回線が繋がらないところはほぼない。
慌てて確認すると、真上寺からの着信だった。前に来た時に無理やり登録させられていた。
「こんな時に」
無視しようとも思ったが、出ないと何度でもかけてくる予感がした。渋々と画面をタッチすると、画面に真上寺の顔が大写しになる。後ろに苅田と見慣れない顔が二人見える。
「ヤッホー。先輩起きてるー?
起こしちゃったらごめんねー」
「分かって言ってるだろ」
「いまね。圭子の部屋で女子会」
「随分賑やかそうだな。たくさんいるのか」
「そうだよ、圭子と後ふたり」
キャーキャーとバックがうるさい。魔法使いといっても学生、浦上にも覚えがないわけでもない。同級生とワイワイいいながら、図書室で怒られたりとか。山頂で馬鹿騒ぎをして顰蹙を買ったり。
「楽しそうだな。俺は雄大な星空のもと自然の神秘に感動してたよ。
それも台無しだがな」
「そうなの、ごめんねー。この埋め合わせは、戻ってからだね」
「いいよ、お前の埋め合わせは後がこわい」
後ろで、「邪魔しちゃ悪いよ」とか、声が聞こえる。
「ははは。大丈夫! 邪魔しちゃ悪いから切るね。じゃあ、おやすみ」
浦上が返事を返す前に回線は切れてしまった。
接続の切れた携帯端末を片手に、浦上は気が抜けていた。満天の星の海に想いを巡らせていた思考は雲散霧消してしまい。再び思考を組み立てる気力が湧きそうになかった。まあ、ここは気分転換のために来たのだ。無理に研究のことを考えることもないかと、気を取り直し。そろそろ寝ようとテントに潜り込む。
「苅田さんか、彼女可愛いな。真上寺は美人なんだけどもう少し優しければなぁ。まあ、俺には関係ないか」
美人の後輩が慕ってくれている(と思う)のは浦上としても悪い気はしない。さりとて、その行動が理解できない。単に面倒見がいい先輩と見ているんだろうと呟きながら、寝袋を広げていた。
寝袋に体を埋め、ウトウトしている。夢幻の中でいくつものパーツが組み上がって行く。意味という相対的なものが、意識という実在のもと因果律の帰納的時間発展を実現する。現象が決まった結果に向かった発展して行く。空間を歪めるから力が生じるのではない。力を生じさせるために空間が歪むのだ。それが魔法の本質だ。
本来なら因果律は演繹的にしか発展し得ない。原因は過去にあり、結果は未来にある。ミクロの量子世界では時間対称性(正確にはCPT対称性)が成り立ち、因果は厳密ではない。過去でも未来でもあり繋がる因果は過去にも未来にも時間発展する。だが、
魔法は、ミクロの世界をマクロに拡張するものだ。わかって見れば、その観点から見れば、他の宇宙に繋ぐという考え方が間違っていた。それはそこにあるのだ。物理定数を操作する。それはそのまま、その定数をもつ宇宙そのものではないか。
理屈はついた。技術的問題はいくつもあるが、それはなんとかなる気がする。いや、自信がある。
浦上は、起き上がりノートを広げた。こういう時には紙のノートが一番だった。そして、空が白むまで長く短い夜を過ごしたのだった。
−− ♢ ♢ ♢ −−
それは、九月を半分過ぎたといえ残暑が未だ残る暑い日だった。突如生じた爆発音は、都会の喧騒を切り裂き、日々を繰り返していた人々の耳を圧した。ある者は空をふり仰ぎ、ある者は窓に駆け寄り非日常に目と耳を凝らした。
その音は人類の新たな時代を告げる
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