6. 魔法の実習

 大きめの会議室ほどの広さの部屋に分厚いアクリル版で仕切られた大小様々な小部屋がいくつも並んでいる。壁の厚さは五十センチを越えるコンクリ製で頑丈に作られている。ここは魔法学園大学の実技修練場兼実験室だ。その一角に学生たちが集まっていた。


 講師が手に持つタブレット型情報端末に目を落としつつ、学生たちに指示を出す。これから週に三回の魔法実技の実習が行われる。魔法の技量は属人的な面が大きい、それを標準化した訓練と課題で各人の素養と適性、および希望する進路に合わせた訓練が行われている。学生は特性により二つのグループに分かれていた。

 真上寺は人数の多い能動系魔法のグループの後ろの方で隣のグループに並んでいた友人の苅田かんだ圭子とコソコソと内緒話をしている。苅田かんだは受動系魔法に適性のあるグループに並んでいた。


 本来魔法は物理現象に干渉する能動的なものだが、ごく弱い干渉を行い物理空間の反作用を感じ取り情報を収集する受動的魔法も開発されている。受動系魔法では事象に刻み込まれた魔法の痕跡や歴史を読み取る。通称としてサイコメトリ系魔法と呼ばれていた。

 また、大脳魔法演算能力に干渉して、他人の精神に干渉することもできる魔法もあったが、社会に対する影響をかんがみ、また物理現象に比べ干渉力がはるかに弱いことも含めて伏せられていた。高校・大学などの教育機関で教えることはなく、特別な機関で密かに研究されているだけだった。


 能動系魔法の実習が始まった。物理現象に対する干渉力には大きく分けて四つの評価基準がある。それは、系統と強度、範囲、正確さである。系統は干渉する対称性の系統を表す。例えば、時空間系の魔法は局所座標系に干渉する。結果として物を動かしたり、擬似重力を操作できる。荷電対称性に干渉することで電流を操作できるようにもなる。

 そして、強度は物理現象への干渉力の強さ、範囲は干渉力が及ぶ範囲、正確さは干渉力の位置と範囲や強度の想定した強さからの誤差を示す。実験家を目指す魔法使いは正確さが特に重要視されていた。


 取りも直さず、魔法も科学の一分野となっている現代、他の科学分野と同様に理論と実験は研究の両輪だ。いかなる理論も実験によって実証されて初めて定説となっていく。

 魔法の実験とは、魔法の実行に他ならない。理論により構築した魔法式を実際に行使してみるのだ。この場合の魔法使いは他の科学分野の実験家と同じ役割をもつ。通常の科学の実験の知識と経験、および魔法の技量が必須になるのだった。


「次は、徳間と原村」


 実験助手がアクリルの小部屋の中の課題装置の調整を行い出てくると、呼ばれた二人がそれぞれの課題の前に立つ。他の学生は少し離れて背後で観察している。

 各人が自分の魔法トリガーを構え、精神集中をおこない課題の呪文を唱えた。課題は三センチ角の金属ブロックを積んでゆくのだ。百g弱の質量を重力に逆らい移動させる。正確に置かなけれは高く積めない。移動させるときの干渉の範囲が大きいと積んであるものが崩れる。手で積んでいくとしても十段も積むのは難しい。


 五段ほど積んだ時に、徳間と呼ばれた学生が隣の学生が自分より高く積めた事に気が削がられたのか呪文を間違えた。とたん金属ブロックが加速されかなりの速度で手前のアクリル板にぶつかって跳ね返った。と同時に歓声が上がった。


 みると細かい傷があちこちについている。アクリル板は術者や周りに立つ人々を守るためのものだった。学生たちは慣れているのか気にしている風はない。


「なかなかの加速だったな」「五段も積めればいいんじゃないか」などなど思い思いの評価を述べていた。

「徳間。連続行使の魔法は途中で気を抜いちゃダメだ」


 講師は、学生たちを黙らせると計測タイマーを止め注意を述べるのだった。


「次は真上寺」


 ひときわ大きな歓声が上がった。


「いよう、真打登場だ」

「待ってました。真上寺さま!」

「大魔女、真上寺」


 友人の苅田かんだ圭子がそばに立ち真上寺に話しかける。彼女は、真上寺の数少ない親友のひとりだ。


「みんな言いたい放題だね」

「気にしてないよ。これが私の価値なんだから」


 真上寺はかなり広めの部屋の前に立ち、黄色地に細く黒い縞の入った枝のようなものを構えた。

 彼女が手に持つ枝のようなもの、それは魔法を行使するためのトリガーとなる魔法アイテム、別名『魔法使いの杖』である。魔法が曖昧な思考で発動しないように制限をかけるものであり、そして間違いなく的確な効果が出るように、意識を誘導する為の鍵となるものだ。



 魔法は人間の意識を発動源として、発動系統と機序、強度、範囲を規定する「魔法式」で成り立っている。とはいうものの魔法式は単なる記号の連なりであり、それ自身ではなんの意味も効果も持たない。魔法式は魔法をどう組み立てるのか記述したものであり、魔法式に意味と効果を与えるのは術者の意識だ。


 魔法使いは書かれている記号の規則と連なりの中に込められた意味を読み取り、意識を誘導し、無意識領域で魔法の効果を起こすように訓練を行うのだ。訓練を通じてより強く、正確に物理世界に干渉するよう、条件付けしていくことで術者の意識に変化をもたらす。

 それはあたかも、数学者が、数式を知らないものにとっては何の意味もない文字の羅列から、それが表す深い叡智と広大な世界を理解し読み取るべく訓練を行うのと似ている。そして、呪文は意識に魔法式を思い出すキーワードであり、トリガーとセットでそれを容易にするものだ。


 魔法記号を読み、定義されている意味を意識=無意識に刷り込む、魔法行使は魔法式にパラメータを代入し暗算で解くようなものだった。この訓練無くしては、魔法は正しく働いてくれない。物理現象に干渉する分、制御できなければ非常に危険なものだ。干渉領域に物理化学的影響を与え、生命化学現象にとって致命的な状態になる理由は幾らでもある。それが原因で死亡事故が起きたこともあった。


 そして、この苦しい訓練は魔法高校での留年/退学の一番の原因でもあった。魔法の適性が高くても、魔法式を扱えなければ爆弾を抱えるようなものだ。魔法高校を辞める時には魔法技能に幾十ものロックと禁止の暗示を持って魔法を封じる。非人道的という非難もあったが、そもそも魔法能力を与えることがそうなのではということと、悲惨な事故が起きてから非難するものはいなくなった。


 電子機器による補助は研究されていたが、未だ実用的なものは開発されていなかった。魔法というニッチなものにリソースを割く余裕はいまの社会にはない。『魔法』という力の可能性をこの国はほとんど信じていなかった。だが、国際社会の中で、乗り遅れないため、『魔法』という力への畏れ、管理したいという権力の思惑が魔法使いたちの居場所を作っていた。



 真上寺は白眼となり前方に意識を集中し呪文を唱え続けている。その目の前、分厚いアクリルで仕切られた小部屋の中、距離五メートル程にある、十キログラムはある金属のブロックが起き上がり宙に浮いた。一つ二つ三つと次々に浮き上がり凸部や凹部が組み合わさり塔が出来上がっていった。ブロックは全部で十五個あり、一つ組み合わさると拍手が起きる。この重さのものを持ち上げ、あまつさえ組み立てる繊細さは、その技量が並でないことを示している。


 最後の頂上のブロックが持ち上がり目的の場所に近づくと、あたりに声をあげるものはいなくなった。皆が息を飲み見つめる中、ブロックが食い合わさると、歓声が沸き起こる。そのためでもなかろうが、かなりの衝撃ととともに床に激突した。とたんに真上寺は床に倒れこんでしまった。着地の衝撃で塔はバラバラに分解してしまったが、観客たちは歓声と拍手で健闘を讃えていた。圭子は駆け寄り介抱する。


「大丈夫? 有希ったら、また無理して。しょっちゅう倒れてるじゃない。医務室に行こう」

「心配かけてごめんね。大丈夫、少し休んでいれば戻るから。ほんとそんなに無理してるつもりないんだけど」

「あなた、体力に対して魔力がありすぎるんだから、気をつけないとすぐオーバーロードしちゃうでしょ。無理しちゃダメだよ」


 魔法は物理現象に干渉する力だが、エネルギー保存則を破るものではない。現象を引き起こすエネルギーは術者の生理的エネルギーを使用しているというのが定説になっている。そして、その通り魔法を使うと疲労する。強い魔法を行使するほど疲労が激しくなる。

 そのこともあり、現代魔法の使い手たちは体力を鍛えることが推奨されていた。真上寺もダンスやアスレチックスなどで体は鍛えているのだが、魔力が強い(干渉力の上限が高い)ため、エネルギーの供給が追いつかずにへばってしまうことがしょっちゅうだった。

 とはいえ、真上寺がへばるのはいつものことなので、周りはそんなに気にしない。結果がすべてだ。


「やっぱり、すごいな。僕はあの重さのブロックは無理だ」

「ああ、俺でもあのブロックだったら三個同時が限界だな」


 彼らは、各々自己の力に絶対の自信を持っている。魔法を使いこなすためにそれだけの努力を払ってきているのだ。その中で己の限界もよく知っている。それだけに、嫉妬の気持ちはあっても、すごいものはすごいと認める態度は身についていた。


 社会は魔法使いという存在をまだ十分に受け入られてるというわけでない。『魔法』というものを得体の知れないものとして、恐れるものもいる。その中で学生たちは魔法使いとしての未来を信じて努力を積んでいるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る