2. 魔法学園大学構内
時間は三年ほど遡る。
真上寺は、国立魔法学園大学(魔法大学)の学食にいた。今日のお薦めメニューをフォークでつつきながら物思いにふけっている。卵型の輪郭、長く背中近くまで伸ばした艶のある黒髪。ほんのりピンクの唇にフォークを咥えたまま、せっかくの形良い眉を心持ち
夏休みも近い、前期の講義が終わった学生は早々に休みに入ってしまっていて、普段はにぎやかなこの場所もどことなく活気がない。いつもより静かなせいもあってか、真上寺の思考は本来考えるべき内容から離れて埒もなく彷徨っていた。
窓の外はもう当たり前になった、
真上寺の意識を占めているのは今後の進路のことだ。夏休み明けには、学生課にコースと研究室の希望を出さなければならない。特に進路については悩みが深い。
魔法という技能は希少だ。人口比で0.1%以下の人間しか適性がない。さらに魔法を使えるようになるためには厳しい訓練が必要になる。最低でも、人生の貴重な青春時代の三年間を費やすことになる。大学生ともなれば七年間を費やしている。その上で、未だ魔法という力を受け入れきれていない社会にどのような形で関わっていくのか、悩みは多かった。
魔法という力は現代の科学万能の時代にあっては、一般的にはほとんど価値を持つことはなかった。魔法でできる実用的なことは、科学・工学的にもっと効率的にできた。
その上、魔法という力にもエネルギー保存則に縛られるという制限があり、人ひとりが使える力は、魔法施行者が肉体的に使えるエネルギー以上の現象は起こせなかった。それでも各国政府が専用の施設を作り、魔法使いを鍛えるのは、ひとつには魔法を恐れ管理したいからだ。魔法使いがその気になれば人を傷つけ、あまつさえ殺すことも簡単だ。
しかし、人権の観点から、監禁拘束などはできない。なら、目標を与えた上で魔法を与え、社会的立場の意識を持たせることにした。それに、特定の機関でしか魔法使いになれなければ管理も容易い。
そして、もうひとつ。この国に限らず、魔法の持つ可能性に気がついている人間は少なからず居る。各国が魔法使いを囲い込むことを見た権力者に危機感を覚えさせ動かすことは難しいことではなかった。
魔法使いも、警備、警察、防衛軍などでは適性によっては十二分に価値が認められていた。そのため、魔法学園の卒業者は、教職や研究者以外では保安職に就くものが多かった。だが、最近になって、魔法の工学・科学面での応用が進んできている。といっても、とば口についたばかり、就職口がそれほどあるわけでもまだない。
真上寺は、学術的な分野の才能は普通であり、大学に残り研究者になれるほどの自信もない。教職はなんか違うという気がしている。事象干渉力の高さは学内でも屈指だと自信もあるが、保安職に進むにも抵抗がある。魔法使いとしての才能をどうやったら活かせるかわからないでいた。
その時、真上寺の座る席から少し離れた場所に設置された大スクリーンから音声が流れ出し、物思いから覚める。さっきまでは環境画像が流れていた。お昼限定のニュースだった。今となれば、ニュースは自分の情報端末で見るのが当たり前だが、定置型スクリーンでニュースを送りつけるという習慣は一部残っていた。
ニュースは、より深刻になった地球温暖化による今日の浸水状況を伝えている。急激な海面上昇に防潮堤の建築が追いつかず、日本各地の小都市は海に飲み込まれつつあった。そしてまた伊豆諸島の島が一つ水没したと伝えている。
住めなくなった近隣都市の住民が内陸の中小都市になだれ込み、住民同士の摩擦や軋轢からのトラブルは毎日のように報道されている。地方自治体は公共サービスの整備が間に合わず、住環境の悪化も伝えていた。
続いて伝える世界情勢にも明るいニュースはない。世界的にも資金がある国はまだいいが、国土のほとんどが飲み込まれた小国は数多く。深刻な国際地域紛争の原因ともなっていた。
そのニュースの内容が真上寺の気持ちをさらに重くしていた。
突然かかった言葉が真上寺を現実に連れ戻す。
「おう、真上寺じゃないか。
昼飯か。それにしちゃぼうっとしているようだが」
突然声を掛けられ現実に呼び戻されたことに、苛つきを覚えたものの笑顔を浮かべ返事を返した。
「別に先輩のことなんか考えてませんからね。
課題のことを… 」
聞かれてもいないことを返事してしまったことに気がつき、彼女は言葉に詰まってしまった。だからと言って素直な性格というわけでもない。
「ちょうどよかった。先輩。
課題手伝って。ねっ」
極上の笑顔を更に何割がパワーアップして、無理やり巻き取る。しかし、育ちの良さから来る優雅さと素材の魅力十分の笑顔は浦上には通じなかった。彼は振り向くと右手を上げつつ歩き去ろうとする。
「そんな暇じゃねえよ。
これから教授のお供でお役所通いさ。今日は、時間空かないよ」
「明日なら大丈夫?」
「そんなこと言ってないって」
「センパイ…… 」
真上寺が追うように立ち上がった時には浦上は早足で立ち去った後だった。その頃になって彼女は真顔に戻り、ため息をついた。
「あたし、何やってんだろ。作り笑いなんてしちゃって。らしくないって」
テーブルに突っ伏した顔は季節外れの桜色に染まっていた。
「まったく、堪らないなあ。あの笑顔、俺の知ってる後輩の中じゃ一番だな。あれで可愛いところがあればなあ。なんで、俺なんかに絡んでくるんだか」
浦上は、十分離れたところまで来ると首を振り振り、おもわず独り言をつぶやいた。
「俺に、気が…… ないない。あるわけないわな、こんな魔法オタクにあんな良家のお嬢さんが興味持つわけないよな。また、課題の手伝いをさせようってわけだろう」
そこまで呟くと、当面の問題に思考を切り替えたのか、目つきが変わる。今日の会合の内容は、教授の事前説明では気楽な気持ちでいられるものではなかった。
重い足取りで待ち合わせ場所へと向かう浦上の背には、すでに重圧がのしかかっていたのだった。
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