第9話
「お疲れ様でした」地下のコンクリ剥き出しの食品事務所に斉藤が顔を出したのは21:0
0。
各売場レジの締めレシートの数字をテンポ良くパソコン画面に打ち込み、予算比を確認しながら課長と係長に送付した俺は机の上を片付けて明日の入店証を眼で確認しスーツの上着を手に取る。「お疲れ、売場寄って行くから先に出る」斉藤に言うと役職席に「お先に失礼します」と軽く頭を下げて事務所を後にした。
「キューピーちゃん大丈夫なの?」春日の後ろ姿が暗い通路に目視出来なくなったのを確認して金勘定専門の植野さんが口を開く。心なしか事務所内全員の視線が斉藤一人に集中しているようだ。
「トラブルはとりあえず回避しましたし、立ち上げ初日の数字も安泰ですし、不安要素はないと思いますが..」淀みなく答える斉藤に事務所内の空気がほっこり和む。田中係長がすかさず立ち上がり課長に向かって「どうですか?」と右手をくいっと傾けている。穏やかでありがたい笑顔の課長は「お疲れ様、誰か一緒に行く人はいるかい?」と事務所内を見回す。社員の何人かが手を上げ、帰りがけ挨拶に寄った何人かの店長が店と時間を確認している。平和な1日の終わりだ。田中係長が率先して事務所の出口で店名と時間を繰り返している。課長が後に続き出口で並んだ2人が揃って振り返る。「斉藤君、春日君を頼んだよ」課長が言う隣で係長がこくこくと深く頷く。「アイツが不機嫌だと数字が落ちるからな」
「はい、お任せ下さい」真顔で斉藤は返事をする。役職2人が帰ると事務所にはお金の報告を残した植野さんだけが残った。「ほどほどで帰してね、じゃないとアッチのビルからプレッシャーかけられるから」手は休めずに棒金を指定の巾着に突っ込みながらチラリと斉藤を見る。「あ~、そうですね」悩ましげに首を傾げて斉藤は言葉を続ける「ご一緒しませんか?」「イヤイヤ!アタシ呪われたくないから、折角のご褒美デートお邪魔はしない」ブンブンと勢い良く首を振りニッコリ笑いかけた。「頑張った分ちゃんと褒めてもらいなさい」お見通しか...「お先失礼します」軽く頭を下げて中央の催事場を目指す。ご褒美ねぇ、つい口元が緩む。
斉藤が配送センターからマイカーに酒瓶50を積み店に着いたのが15:58、時間ぴったり16:00に外商の新人2人が地下3階に軽ワゴンで乗り付け商品を積んで行った。マイカーの助手席に春日を乗せ配送センターに戻り完璧な梱包の荷物50をセンターの係員にお願いし、店に戻ったのは19:15、最終売上アップに燃える売り手と、少しでも効率良く欲しい品をゲットしたい客の攻防、閉店に向けての作業の真っ只中で店内はざわついていた。
助手席に座った春日は口数少なくお疲れのようだ。それでもスマホで連絡をとり始める。ケンコーの店長と事務所の係長に作業完了の報告をすると、不意に運転席に向き直り頭を下げた。「斉藤、本当にありがとう、斉藤が気づいてくれなかったら大変なことになってた」真剣な顔して言われると笑いでごまかす訳にいかず「偶然でした、お節介かなと思ったけど、お役に立てて良かったです」と返しておく。
春日さんは頭が良い、回転も早いし、機転も利くつまり下らない失敗などしないし、してもすぐに取り返す。そんな隙のない人につけこもうとするなら、スケジュールを完璧に把握して近い人間がミスするのを待つしかない。不幸な事に優秀な人材の下には使えないのが1人は混じる...伊藤だ。あの人本当に何で移動にならないんだろ?頭の中で記憶を辿る。
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