第8話
18分で俺は食品事務所に戻り、苦虫を噛み潰した様な表情の係長と、肩を落とし一回り小さく見える後輩伊藤を前にため息をついていた。いつもは無駄に姿勢の良いデカイガタイがプルプルと肩先を震わせて縮こまっている。
カワイクナイ!ちょっとイラッとして、伊藤をスルーして係長に眼で催促する。「催事のケンコーさんの配送に違う商品入れちまったんだよ」重たいため息混じりに吐き出されたセリフに俺は噛みつく「数は?指定日は?どこにある?」「あ、あの、すみま...」勢い良く頭を下げるが答えが遅い伊藤を丸無視し、俺はスーツの上着を自席に放ると制服を掴み腕まくりしながらケンコーさんの売場を目指して事務所を飛び出した。
「あ~、春日さん!」困った様な笑顔を浮かべた爽やかイケオジ店長に軽く頭を下げ「どうなってますか?」と問う。「今、手の空いてる人が解体してくれてて、50のうち半分は終わってるらしい、ちなみにコレが正解商品」埃一つない棚から一本の瓶を手に取った。無添加、長期熟成、こだわり手作り、と健康マニアなら眼が吸い寄せられる謳い文句が並ぶラベルが貼られているお酢の瓶。...720ml 瓶、嫌な予感がした。このサイズの瓶で50まとまってる?アレ、しかない!今日外商の展示会に売り込みをかけるべく酒蔵から預かってた蔵元直送の超辛口の日本酒 「氷の刃」だ。夕方外商の若いのが取りに来る事になっていて、籠車と呼ばれる搬送用の台車にまとめて地下の搬入口に待機させていたはず?え?外商が取りに来るのって16:00のはず...ポケットのスマホで現在時刻を確認した俺は固まる。15:35ヤバい。
「作業はどこで?」ポツリと呟いた俺に店長は「あ~配送センターですよ。いや~出す前で本当に良かった。斉藤君がね酒蔵に酢が来てるけど数から配送品じゃないか?ってわざわざ確認しに来てくれて、流石春日さんの仕込みだなぁと感心しました」ニコニコしている店長は俺の眉間の皺には気づいてない。俺が一番鍛えてるのは伊藤のはずなんですがね...言葉を返すのももどかしくそのまま背を向け「終わったら連絡します」と従業員用の通路に向かう。スマホで斉藤を呼び出す。「お疲れ様です」ワンコール鳴り終わらない内に出た。「今うちの瓶積んで店に向かうところです。春日さん店ですか?」「悪いな、斉藤。ん、店にいる」「受け渡し16:00でしたよね?間に合わせますけど入店証ないんでなんとか..」「あ~そんなんは俺がやるから」スマホをポケットに戻して足を事務所に向ける。
静まり返った事務所ではまだ伊藤が係長の机の前で小さくなっている。俺は自分の机の引き出しから書類を一枚選ぶと立ったまま必要事項を書き込むと課長の前に差し出す。「斉藤が車で商品入れてくれるので許可お願いします」ご利益のありそうな貫禄のある笑顔で頷きながら判を押してくれる。「上手く収まりそうですか?」俺はニッコリと営業スマイルを浮かべて即答する。「大丈夫です。斉藤が迅速に対応してくれたので」うつむいたままの伊藤の肩がビクッと震える。事務所の空気が3℃位下がったように感じた。「急ぎますので、このまま配送センターに行きます」書類を掴み事務所を出る間際俺は振り返らずに言った。「伊藤!いつまでもさぼってないで催事の売上出して売場を手伝え!出来ることやれ!!俺が帰るまでこっちは任せたからな」
多分後ろで涙眼の伊藤が直立不動になり、耳と尻尾がピンと立ち上がったのが眼に浮かぶ。「ハイッ!!」喜びが隠しきれない浮かれた返事が背中でして、我にかえると伊藤に抱きしめられ息が出来なくなっていた。「ちょ..苦し..」「伊藤!春日は急いでるんだから放せ」丁度事務所に入って来た酒蔵の係長が、伊藤の襟首を掴み引き離し俺に大丈夫か?行けと顎で通路を差す。俺の手にあった斉藤のマイカーの入店証はぐしゃぐしゃになっていた。植野さんが呆然と呟いている「えっ?今伊藤跳んだ?え?」右手が係長の机と俺の立ち位置の約5mを彷徨っている。あ~、5mも瞬間移動出来んのか?またレベルアップしたな...改めて酸素を吸い込み俺は低く呻いた。「働け!!」
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