第6話
ビルを出てすぐスマートに止めたタクシーに、これまた流れるように押し込まれた結果、今俺は良く分からないまま車窓を流れていく景色を見ている。昼飯は?どうしてこうなった!?担当の右手は俺の腰に回され、身動きが取れない。頭の回転も行動も、ついでに手も早い、コイツの先回りだけは流石に出来ない。俺は諦めて大人しく理不尽な状況に従っている。
あまり地図に聡くない俺でも、繁華街に向かっているのは分かったが、先が見えない。
10分も掛からずにタクシーは静かに止まった。大通りから細い脇道に入り人通りのないビルの並びだった。夜には目映いばかりのネオンがひしめく歓楽街も、まだ夕日手前の時間は閑散としている。
昼営業する店もあるのか、行灯に灯が灯っているのが僅かに見える。
「飯どうするんですか?」腹具合より実際はゆっくりタバコを吸いたかった。催事立ち上げ日の今日は朝から一度も売場を抜けてない。流石に一息入れたい気分にもなる。
「ゆっくりしたいだろう?まぁ今のところ大きなトラブルもないようだし、少し休憩しよう。」腰に手を回したまま細い路地に誘導された。勤務時間などほぼ決まってないに等しい働き方をし、睡眠時間以外をあのデパートで消費していると言っても過言ではない春日は、遊ぶ暇などない、故に歓楽街とは無縁だ。
(ゆっくり出来る静かな店か、いいなぁ) 胸のウチで思う。倉橋は公私共に飲食店とは縁が切れない関係上とにかく顔が広い。もちろん本人が口の肥えてることが第一の理由だが、外れに当たった事は今までない。
(和風出汁の旨いのが食べたい) 春日はふと考える。ちなみにさっき一瞬で後にした店はスペイン料理のBALだ。本店ビルから近いので良く利用する倉橋の知り合いの店だった。だからあんな振る舞いが許されるのだ。確かに香辛料や香味野菜の匂いが今日の春日にはきつく感じた。言葉にしなくても分かりあえる、その事実に俺はうっとりと酔った。
気づくとガラスの自動ドアを抜け、落ち着いた色合いの絨毯の廊下を歩いていた。エレベーターに乗り込み、下から突き上げる浮遊感に浸っていると肩から回った手が顎をたどり上向かせられた。流れるようにキスされる。近づいた彫りの深い美形の目元に影を見て春日は眉を潜めた。
「なんだ、その仏頂面は?」チュッと音をたてて離れた唇から咎めるように質問をされた。
「こっちのセリフです。イケメンがクタビレタおっさんになる間際みたいです」斜め上に視線だけ送って、顔は正面に戻った春日からボソッと呟きが落ちた。
不意に肩に回っていた手に力が入り、エレベーターが開いたのと同時に強制的に抱き込まれ連行された。フカフカの絨毯に気を取られ気づくと背後でドアが閉まった音がした。「えっ!?」このドア...オートロック機能の特徴的な施錠音に、春日は我に返って、視線を彷徨わせる。西日がレースのカーテン越しに差し込む落ち着いたクリーム色の装飾。上質そうなソファーセットの横には、これまた上質な光沢を放つリネンがセットされたダブルベッド。
「なんでホテルっ!?ちょっ、飯は!?放せっ!」腰に回された手に軽く持ち上げられて半分足が着いてない。スプリングの効いたベッドにふわりと下ろされる。艶ピカのリネンの手触りはやはり最高だが今はそれは問題じゃない。上着もタイもいつの間にか取っ払った倉橋が春日の靴をポイッと放って真顔で覆い被さってる。
「あんまり可愛い事してくれるな。我慢にも限界はある」
「何っ!?俺何した!?...待っ..ぅんっ」唇を吸われ、軽く歯をたてられ、熱い舌でなぞられると背から腰にゾワゾワと快感が這い回り、言葉は飲み込まれていく。春日は唇が弱い、そして恋人はキスが上手い。
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