第5話
薄暗く、細くて急な階段を慣れた足取りで担当の広い背中を見ながら下る。グレーのレンガタイルを嵌め込んだ壁には雑多なポスター、ビラが張り巡らされている。ドア前の階段1段を残して立ち止まり、三和土をスルーして普通より高めの位置のドアノブを手前に引くと、ドアについている3種のベルが一斉に鳴る。何度見ても不思議な光景だ。この店のドアの幅と三和土のサイズが何故か同じなのだ。つまり三和土まで降りてドアを開けようとすると開けた本人はドアに阻まれ店に入れないのだ。
引戸にすりゃいいのに...内心毎度思ってる。長身を屈めて不自然な姿勢でドアを開けた倉橋担当が不意に半身を斜めに振り返る。
「早く入れ」
...えっ?何であんたがドア右手で押さえてる腕の下を潜って俺が入んなきゃイケナイの?
普通にあんたが入って俺が続けばいいじゃん!?
納得いかない顔の俺に担当は超不機嫌声で続ける。
「さっさとしろ、腕がダルい」
え~~ッ!?何それ?あんたが勝手に俺の息抜き昼飯邪魔して、更にあんたが選んだ店じゃん!!俺当たられる筋合いない!
0.7秒位で頭の中を不平不満が過ったが、そこはこれまでの付き合い歴で面倒くさい後腐れを避ける為に言葉に従った。
次の瞬間俺の肩にがっちりと担当の右腕が絡み半分抱き込まれる形で店内に入った。
「いらっしゃい~」馴染みの店員は超笑顔だ。
「余り時間ないから適当に頼む」
そう言いながら担当は腕力にモノを言わせ奥のテーブル席の壁際に俺を押し込んだ。
「ちょっと、何で横なの!?向かい行け」
4人掛けのスペースになんで並んで座る!おかしいだろ!?頭の中で?マークが連打されてる。
「遠いだろ」
はっ!? その言葉は宙に消えた。
両手で頭丸ごとホールドされて唇を塞がれたからだ。
「んッ!」
嘘ッ!?一瞬何だか分からない、口ん中蹂躙されて頭の中が熱くなって、気づいたら唇を舐められ、噛まれて息が上がっていた。
俺、キス弱いんだよね。
「あぁ、それは駄目だから」
ポワンと何だか不安定に宙に浮いたような気持ちで担当を見ると何故だか眉間にガッツリ皺が刻まれてた。
「分かってたけど、破壊力半端ないなぁ」
まだ半分覚醒してない頭で何だろう?と首を傾げる。
担当の普段は鋭い目がキラキラしてる。口角も緩やかに上がってる。
「本当に一瞬で俺のテンション上げてくれるよ」
珍しく眉毛がちょっと寄せられて、瞳はキラキラのままで俺を見てる。
「何か...恥ずかしいんで止めて下さい」
「イヤ、キス一つでそのエロ顔されちゃこのまま終われないでしょう」
......イヤ!何!?その勝手な妄想!!
ちょっと....は、グッと来た...かもしんないけど今現在、俺は通常モード、飯食って仕事するよ!
「行こう」
?、!?ん!!
壁際からあっさり引き出され、脇に抱えられた形の俺はあり得ない角度で店内をスルーし、気づいたら階段を越え、タクシーに押し込まれた。
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