第4話

15:00、店内に違和感なく明るいBGMが流れる。本日の予算達成の全館連絡だ。

終わった~!多少早いが気分は軽い。催事場の休憩がスムーズに流れてるのを確認して事務所に顔を出す。「キューピーちゃんご飯たべたの?」植野さんが気を使って声をかけてきた。「いえ、今から行こうかと...」仕事が上手くいくと気分も軽い。今日は店西側のオシャレな煉瓦通り沿いのカフェでも行きますか?店長がいたらスペシャルトーストサンドを作ってくれるかも!?スーツの上着を手に「それじゃ飯行きます!」と軽やかに宣言したら、デスクから顔を上げた課長と植野さんが顔を見合わせ何とも言えない複雑な表情で俺を見る。ん?アレッ?何か問題が...入口に背を向けて立ち止まっている俺の横を係長がすり抜ける「お疲れ様です!倉橋担当!こちらまでいらっしゃるなんて電話入れて頂けたら営企まですぐに行かせますから...」行かせますから...誰をだ!コラッ!テメーが行け!!

 何も聞こえない振りで課長に頭一つ下げて事務所を出ようとすると、ガシッと腕を掴まれ、麗しい顔が近くに寄せられる「偶然だね、これから食事なら来週の媒体の件で話したいから、是非とも一緒に」ニッコリと周りが見とれる笑顔で、でも眼は笑ってない....今の時間なら同期の連中と愚痴吐きながら楽しくランチ出来るのに...心の中で盛大にため息をついて、それでも職場では一応上司!!なので諦めて答える。「お疲れ様です。お話伺います。」あ~癒しの時間よサヨナラ~「じゃあ春日くんを少し借ります。」係長がどーぞどーぞと軽く俺の背を押し出す、振り返り様肩ごしに見えた課長と植野さんの表情は苦笑いなのか同情なのか、分からなかった。


 あと1時間もすれば夕日になるだろう、一階従業員入口から外に出ると、多少眩しさが控え目の太陽光を浴びて俺は思わず小さく息をつく。「どした?バテてるのか?」外に出た途端、プライベートの口調でいたずらっ子のようにキラキラした瞳で覗き込んでくる。多少屈んだくらいじゃ目線は対等な位置にはならない、俺は視線だけ斜め上に睨み付けてぶっきらぼうに呟く。「来週の企担会議の打ち合わせしたかったのに...」すぐ横からフワリと上質な香の香りがする。あ~良い香り、思わずきつく斜めに結ばれていた唇がほどけて口角が上がる。「そんなのはいつでもいいだろうが、今日も夜に打ち合わせなんだ、遅くなる...」こちらは堂々と大きくため息をつき憂鬱そうに太陽に向かって眼を細める。「あ、隈が...」釣られて顔を上げたら思わず気づいたコトを指摘してしまった。「心配してくれるのか?」同業故にお互いの仕事の中身はある程度把握している。プライベートでは暴力的にワガママで傍若無人の男でも、営業企画の数十人をまとめる役を担っているのだ、動かす数字も大きく気の抜けないのも分かる。しかしこの男は数字何か全く気にしない、最悪、達成不可能と決まったらなに食わぬ顔で電話1本でセレブ連中を買い物に呼びつける。どういうコネか知らないが、あまり関わりたくないレベルのご友人をたくさんお持ちなのだ。

 俺の頭の中ではセレブ=金持ち=ワガママ!挨拶の次は何を言い出すかわからない連中である。出来れば茅の外にいたい。

 普段なら悩み等と無縁のこの男が、ここ1週間ほど残業続きで部屋に帰れず、近くのホテルに泊まっているらしい。珍しいといえばそうだが、俺も最近は入社して以来、役に立った記憶のない後輩伊藤に悩まされてそれどころではなかった。毎年移動を神社の絵馬に願い奉納しているのだが、一向に移動の気配はない!もう5年、イヤ6年目か?なんで食品企画は移動がないんだ?課長はともかく係長も部門の役職も移動がない!そいえば食品部門はかなりおかしな話である。妙な疑問に取りつかれた俺は考え込んだまま倉橋担当の後に続き地下への階段を降りていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る