告白の返事?

 大路さんのいつもと変わらない、気にして無さそうな態度にへこみもしたし、同時にホッとしてもいたけれど、こうして話を切り出されると、やはり緊張してしまう。

 どうして今話してくるのか、誰かに聞かれたらどうしようって気持ちもあったけど、それ以上に返事が気になって、僕は息を止めながら、耳を傾ける。


 大路さんは他の人に聞こえないよう、周囲に目を配りながら、小声でそっと囁いた。


「あの時は、返事を出来なくてごめんね。驚くばかりで、返す言葉の一つも思いつかなかった」

「それは、別にいいです。返事は後で良いって言ったのは、僕なんですから」


 だけど今こうして話を切り出してきたという事は、その返事をするつもりなのだろうか? 

 だけど大路さんは申し訳なさそうな顔をして、小さく頭を下げる。


「実はと言うと、本当に申し訳ないんだけど……まだ答えは出せていないんだ。君の事はずっと、可愛い後輩って思っていたから、急にあんな事を言われて、戸惑っている」

「そう、ですか……」


 望んでいた答えじゃなかった事に、少し落胆する。

 別にフラれたわけじゃないけど、可愛い後輩かあ。今更だけど、僕のことを全然男として見てくれていなかったんだなあ。

 けど、まあいいさ。そんな関係を壊すために、告白したんだから。

 盛大にやらかしてしまった感はあるけれど。


「すまない。こんな中途半端な答えじゃ、やっぱり納得してくれないよね」

「いいですよ別に。僕がただの後輩としか思われていない事くらい、分かっていましたから」


 本当は全然気にしていないわけじゃないけれど、僕は平気な風を装いながら笑って見せる。だけどその途端、大路さんはカッと目を見開いた。


「それは違う。君はただの後輩なんかじゃない!」

「えっ……ええっ⁉」

「ただの後輩だなんて思った事は、一度だってない。私にとって君は、特別な人なんだ」


 大路さんは両手でそっと僕の手を取って、興奮気味に語ってくる。


「君は私の、弱い部分を知っているし。私もショタくんになら、隠すことなくさらけ出すことができる。いや、むしろ知ってほしいとすら思っている。君は私の弱さを見せられる、唯一の存在なんだ。そんな君が、特別で無いはずがない」

「あ、あの。大路さん……」


 それは決して、恋としての特別じゃなかったけど、こんな風に思ってくれていたのは、素直に嬉しい。

 でも……でもですよ。だからって手を握りながら熱い視線を送ってくるのはどうかと……。

 僕はアナタの事が好きですって言いましたよね。そんな男相手に、こんな風に接して来たら、勘違いしてもおかしくないですから。


 すっかり忘れてしまっていたけど、大路さんは恋愛に関しては、ポンコツで天然。自分の行動がいかに僕の心をくすぐっているか、きっと気付いていないのだ。


 だけど大路さんの勢いは止まらなくて。さっきシンデレラと王子様がやっていたみたいに、僕は壁際に追いつめられる。

 ぎゅっと手を握られて、僕は逃げ場が無くて。思わず縮こまってしまったところに、大路さんはさらに、グイッと顔を近づけられた。


「私にとって、君は間違いなく特別だった。そしてこの前、君の言葉を受けて、もっと特別になったんだ。分り難いかもしれないけど、これでも……意識しているんだからね……」


 今まで合わせていた目をそっと逸らして、恥ずかしそうに頬を染める大路さん。何ですかその反則級の可愛さは⁉

 下ろされた髪がなびいてそっと僕の頬に触れる。

 くすぐったい。ほのかにシャンプーの香りもして、何だかこのままだとおかしくなってしまいそう。

 

 抱きしめたい。思わずそんな衝動に駆られてしまったけど、そんなのダメだ。欲に身を任せた行動をとるわけにはいかない。


 と言うか大路さん、ボクのことを意識してるって言いましたよね。だったら不用意に、こういった事をするのは止めてください。

 彼女は元々人との距離が近く、呼吸をするようにイケメン行動をしてくるような人だけど、相手を選んで! やるなら女子にしてください。男はみんな、狼なんですからね!


「返事ができないのは、本当に申し訳ない。こんな私を、ヘタレだと思ってくれて構わない。けどきっと……ちゃんと答えを出すから。少しの間だけ、待っていてほしい」

「は、はい……僕も今は、劇に集中しなくちゃって思いますし。変なタイミングであんな事を言ってしまって、すみませんでした」


 高鳴る胸を鎮めながら、何とか答える。

 結局答えは先延ばし。返事保留と言うのは、さっきまでと同じだけれど……。


 それでも今こうして気持ちを確かめあったことは、ちゃんと意味があったって思う。

 有耶無耶なまま保留にするのではなくて、お互いちゃんと話したうえでの保留なら、気持ちの在り方が違うはずだもの。


 きっと大路さん、今日までずっと悩んでいたのだと思う。

 これじゃあ、この前聖子ちゃんが言った通りじゃないか。僕は本当に考え無しに告白して、無神経にも一方的に保留にさせてしまったのだって、改めて痛感する。


 もっと……もっとしっかりしなくちゃ。

 すぐ近くにある大路さんの息遣いを聞きながら、そっと決意を固めたけれど……。


「満にショタくん、面白い事やってるねー」


 不意にそんな声が、耳に飛び込んで来た。

 僕と大路さんは驚いて、声のした方に目を向けたけど、そこには楽しそうに笑う西本さんと、頭に手を当てて苦笑している聖子ちゃん。まさか今話、聞かれてた?


「せ、聖子に朝美、どうしてそこに? と言うか、いつからそこに?」


 大路さんは血の気の引いた様子で、僕から顔を遠ざける。すると西本さんが、可笑しそうに笑いながら答えてくる。


「ほら、私何かあったら満の代役で、王子様やるじゃない。だから二人の様子を見て勉強しようって思ったんだけど、何だか面白い事やってたね」


 そう言えばそうだっけ。

 もし当日、誰かが風邪を引いたり怪我をしたりして、舞台に立てなくなった時のために、どの役にも代役要員が存在する。西本さんは大路さんより少し低いけど、それでも長身で。二年生で経験も豊富だからと、何かあった時、王子様の代役を任されることになっていたけれど。

 そんな彼女がすぐ近くで見ていた事に、僕達は全く気付いていなかった。


 そして、聖子ちゃんも……。


「アタシは冬休みに翔太にしてあげたレッスンの内容を、満に教えようと思ったんだけどね。アンタ達、何やってるのよ?」


 聖子ちゃんは激しく呆れ顔。

 そうだよね。人が多い部室の中で告白の返事がどうこうなんて話、するべきじゃ無かったよね。

 最初はバレないようにコッソリ小声で話していたのに、僕も大路さんも途中からそんな事などすっかり忘れてしまっていた。


 聖子ちゃんはまだいい。僕らに何があったか、元々知っているのだから。

 けど、問題なのは西本さん。今の話が聞かれたという事は、僕が告白した事や、返事が保留なのもバレちゃったって事? デリケートな話だから、出来る事なら秘密にしておきたかったのに。


「朝美、いったいどこから、話を聞いていたんだ?」


 大路さんも同じことを思ったのか、青い顔をして尋ねる。だけど……。


「うーん。どこだったかなあ。途中からだからよく覚えてないや。今のって、即興劇だよね。ずいぶん熱が入ってたけど、どんな設定なの?」

「えっ? 即興劇?」


 意外な答えに、思わず顔を見合わせる、僕と大路さん。

 即興劇……そうか、演劇部ではたまに唐突に即興劇を始める事があるから、西本さんはさっきのやり取りを、それと勘違いしているんだ。


 僕と大路さんは目を合わせて、コクンと頷き合う。そして……。


「ええと、今のはマンガであった設定でして……」

「その通り。男同士のカップルを描いた話なんだ」

「そうそう……えっ⁉」


 大路さん、その誤魔化し方はどうと……。

 だけど西本さんは疑う様子もなく、ケラケラと笑っている。


「何それ、面白そう。さっきの演技、迫力あって良かったよ。アタシもあれくらい熱のある演技を、しなくちゃだね」


 良かった。BL設定はどうかと思うけど、どうやら上手く誤魔化せたみたい。

 ただ、誤魔化せたのはあくまで西本さんだけ。事情を知っている聖子ちゃんには通用するはずもなく、そっと僕に近づいてきて、コツンと頭を殴られた。


「アンタ達、不用心すぎ」

「ごめん、次から気をつけるよ」

「ご、ごめん……」


 言い訳の言葉も見つからないから、素直に謝る。聖子ちゃんはやっぱり呆れた様子だったけど、すぐに気を取り直したように言ってくる。


「まあいいけどね。あんたも満も、さっきよりスッキリした顔してるし。けど、遊びはこれまで。そろそろ練習再開してね」


 はい。練習中に私情に流されてしまってすみません。

 大路さんもぺこりと頭を下げて、照れた顔をしながら、僕に目を向ける。


「ごめん、つい周りが見えなくなってしまっていたよ。気を取り直して、続きを始めようか」

「そうですね。それじゃあ、次はどこから始めましょうか?

「そうだねえ、それじゃあさっきの所から再開を……ん?」


 不意に言葉が途切れる。そして大路さんは、少し離れた所にある窓の外に目を向けて、じっと外の様子を窺い始めた。


「どうしたんですか?」

「ショタ君離れて。窓の外で、親衛隊が見張っている。」

「えっ?」


 慌てて窓に目をやると、気づかれたのを悟ったのか。親衛隊と思しき女子生徒達が、そそくさと退散していくのが見えた。

 

 そう言えば前にラプンツェルの練習をしていた時も、あんな風に覗いている人達がいたなあ。

 そんなことを考えていると、何故か大路さんが、申し訳無さそうな顔をしてくる。


「ショタ君……気を悪くしないで聞いてくれるかな。実はあの子達の前では、あんまり君と仲良くしたくないんだ」

「え、それって……」


 僕なんかと仲良くするなんて、恥ずかしいってことですか?

 そんな風に考えて、思わずへこんでしまったけど、大路さんはすぐに言葉を続けてくる。


「勘違いしないで。別に意地悪で言っているわけじゃないから。それと言うものファンの子達の間では、演劇部に男子が入るのを良しとしていない子も多くてね」

「え、でも部長の聖子ちゃんは、積極的に男子を取り入れようとしていますよね。その方が出来る事が増えるからって。それに他の皆さんも、納得しているみたいですけど」


 むしろ男子を、積極的に入れようとしている風にも思えるのに。

 すると聖子ちゃんはくしゃくしゃと頭を掻きながら、うんざりしたように言う。


「それがね。アタシはせっかく合併するなら、男子を取り込めば出来る事の幅が広がるって思ってるんだけど」

「演劇部の中には、異を唱える子なんていないんだけどね。でもファンの中には、今まで女子だけでやって来たんだから、これからもそうするべきって言う頑な子が、結構いるんだよ」


 西本さんが引き継いで説明してくれて。そして大路さんも、暗い顔をする。


「それでね。親衛隊の子達から男子と……君とカップルなんて演じないでほしいって言われているんだ。おかしいよね、ただ役を演じるだけなのに」


 役を演じるだけ。大路さんは切なげにそう言ったけど……僕はその子達の気持ちが、全く分からないでもない。

 憧れだった大路さんが、男とカップルを演じるなんて聞いたら、気が気じゃないだろう。僕も前に、渡辺君が王子様をやるかもってなった時は焦ったし。


 だけどそれはそれ。何にせよ、部の方針とファンの意見が一致していないと言うのは難儀だ。

 それに僕達男子だって、いい加減な気持ちでやっているわけじゃないのだから、少しは認めてもらいたいって思う。


「今度の公演を成功させることができたら、ファンの人達も納得するでしょうか?」

「たぶん……ううん、絶対にさせてみせるから。だからそのためにも、今は全力で劇に挑みたい」


 決意がこもった、力強い声。

 きっと大路さんだって……いや、大路さんだけじゃなくて、聖子ちゃんや他の皆も、認めてもらいたいって思っているはず。

 せっかくファンでいてくれる人達を、心の底から楽しませられないなんてなったら、やっぱり嫌だろうから。


 だから僕も頑張りたい。男子だってやれるって事を。生まれ変わった演劇部には僕達がいるって事を、皆に認めてもらいたいから。


「大路さん、演技指導の続きをお願いします」

「ああ、そうだったね。それじゃあまず、壁の前に立ってみて……」


 気持ちを新たに、練習を再開させていく。

 恋も大事だけど、今はそれよりも、今度の公演の方が大事。その事を改めて思いながら、僕たちは練習に力を入れていく。





 ……ただ、この時は目の前のことで手一杯で、考えが及ばなかったけど。大路さんの親衛隊と言うのは、超が付くほどの過激集団で、時折無茶な事をしたりもする人達で。

 そんな人が、大路さんの相手が冴えない中学生男子だなんて知ったら、いったいどうするか。


 僕も大路さんも、そんな事は考えもしなっくて。ひたすら真剣に、演技の練習を続けていくのだった。

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