いつもと変わらない様子の大路さん
長かったような、短かったような冬休みが終わって、今日から三学期。中学校生活も残すところ、もう三ヶ月を切っている。
とは言っても、同じ学校の敷地内にある高等部の校舎へと移動するだけなんだけどね。うちの学校の中等部は、卒業式でも誰一人泣くことはないのだ。
それはさておき、新しい学期が始まったと言うのに、学校に向かう足が重たい。これは何も、冬休みでだらけていたから学校に行きたくないと言う訳じゃない。原因は当然、終業式の日に大路さんにした告白にある。
あれからもう二週間経つけど、その間大路さんとは会ってないし、電話やメールだってしていない。
聖子ちゃんとは冬休みの間も連絡を取りあって、演劇部の皆で初詣に行ってたみたいだけど、僕は行かなかった。
あんなことをしてしまったのに、どの面下げて会えば良いのかがわからない。
そうして大路さんと会うことを避けていたけど、もう先伸ばしすることもできない。
憂鬱な気持ちのまま学校に行って、教室では正月の思い出話を正人として。始業式と授業が終わった後に、やってきた放課後。今日も去年までと同じように演劇部の活動があるから、グリ女へと向かったのだけど。
緊張を抑えながら、部室へと足を踏み入れる。そこにはすでにグリ女の先輩達が集まっていて。その中に、大路さんの姿を見つけた。
大路さん……もしかして、少し痩せた?
聖子ちゃんや桃ちゃんなんて、正月太りをしたなんて言って嘆いていたのに。久しぶりに見た大路さんは、前に見た時よりもほんの少しだけ細いような気がする。
もちろん二週間も会っていなかったから、記憶違いなのかもしれないけど。
だけどそれ以外別段変わった様子なんて無くて。いつもの調子で友達と話をしている。本人を目の当たりにして、僕は最後に会った時……あの告白のことが頭をよぎって、心臓の鼓動が早くなる。
挨拶くらい、した方がいいよね? だけどあれ以来一言も話していないのに、何事も無かったみたいに声をかけていいのかなあ?
そんな風に、モヤモヤとしながら悩んでいると……。
「明けましておめでとう、ショタ君」
「―—っ! 大路さん……」
もたもたしていたら、こっちに気付いた大路さんの方から声をかけて来てくれて、僕は慌てて挨拶を返す。
「明けまして……おめでとうございます」
「こうして会うのも久しぶりだね。もっとも、聖子とはたまに連絡を取ってて、君の事はよく話題になっていたから、あんまりそんな気はしないけどね」
「そ、そうなんですか。それはいったい、どんな話をしていたので?」
「他愛も無い雑談だよ。ふふふ、君にとって都合の悪いことは話していないから、安心して良いよ」
「はあ……助かります……」
聖子ちゃんのことだから、告白の事を話しの肴にして盛り上がったんじゃないかって思ったけど、この様子だとどうやら心配はなさそう。大路さん、いつも通りにしているからねえ。
それはもう、まるであの告白なんてなかったみたいに、いつも通りに……。
「あの、大路さん……」
「ん? 何かな?」
「……すみません、なんでもありません」
僕がした告白の事を、覚えていますか? 一瞬、そう聞きそうになってしまったけど、慌てて抑え込む。ダメだ、こんな事聞けない。
それにしても大路さんは、どうしてこんなに、いつも通りでいられるのだろう?
もしも僕に気を使ってこんな態度をとっているのなら、そっとしておいた方が良いのかなって思うけど。こうまで以前と変わらないと、それはそれでちょっとへこんでしまう。少しくらい、意識してくれてもいいのに……。
「どうしたの? 顔が赤いけど、大丈夫かい? 体調が悪いなら、無理はしない方がいいけど」
「大丈夫です……そんなんじゃありませんから」
僕は平常心を装いながら、いつも通りの対応をする。
そうしているうちに他の乙木のメンバーも集まってきて。冬休中行った旅行のお土産をもらったりしているうちに、大路さんのことは有耶無耶になっていった。
やがて皆が近況報告をし終わったところで、聖子ちゃんが号令をかける。
「それじゃあ、本番まで残り一ヶ月なんだから、気合いいれていくよー。まずはロードワーク、全員ジャージに着替えて、グラウンドに集合!」
「「了解」」
かくしていつもの、演劇部の活動が始まる。二週間のブランクがあったにも関わらず、動き出したらすぐに体が思い出してきて、ロードワークも難なくこなすことができた。
もちろんまだ本調子じゃない人も中にはいて、中学組の中で、走っている途中で気分が悪くなった女子がいたけど、様子がおかしい事にいち早く気づいた大路さんが、すぐに対応をしてくれた。
「君、大丈夫? まだ体が慣れていなかったみたいだね。まだ歩けるかい?」
「は、はい。平気です。すみません、迷惑かけて」
「気にしなくていいよ。焦らずにゆっくりで良いから、少しずつついいてこれるようになればいいからね」
頭を撫でて励ます大路さんに、介抱してもらった女子はすっかりときめいちゃって。いや、遠くからそのやり取りを見ていただけの人ですら、思わず目を奪われてしまっている。今年の初イケメン、頂きました。
もちろん僕もそんな大路さんの様子に、つい見惚れちゃってたけど。同時にとんでもない人に告白をしてしまったものだと、改めて思った。
僕と大路さんじゃ、まるで釣り合わないというのに……。
そんなことがありながらも、ロードワークは無事終了して、それから発声練習。
それが終わったら、今度はそれぞれに分かれて、個人練習に移っていく。
僕達役者組は台本を持ち、何人かのグループに分かれて、それぞれ自分のセリフを喋ったり、演技をしたりしながら、改善箇所を言い合っていくのだけど。
僕の練習相手をしてくれるのは大路さん。マンツーマンで指導してくれるのはありがたいけど、今大路さんと二人と言うのは、やはり緊張するなあ。
部室内には他の部員も沢山いるのだから、完全な二人きりと言うわけじゃないけど、やっぱり、ね。
「ショタ君は冬休みの間は、自主練はしていたのかな?」
「まあ、それなりには。サボろうものなら、聖子ちゃんが黙っていませんでしたし」
「ふふ、そうだったね。聖子のしごきに耐えながら頑張るだなんて、偉いよ」
そう言って、ロードワーク中に女子にしたみたいに、僕の頭を撫でようと手を伸ばしてくる。こういう態度は、本当に難にも変わっていないなあ。
だけど手が髪に触れようとした時、大路さんの動きがピタリと止まった。
「大路さん?」
「あ、ごめん。何でも無いから。それじゃあまずは、舞踏会の二人の出会いのシーンをやってみようか」
すぐに気を取り直したように指示を出してくれたけど、さっきの一瞬の出来事に、違和感を覚える。とは言えここで余計な事を言って練習に水を差すなんてしない。
気持ちを切り替えて、僕は今まで何度も練習してきた事を、頭の中に思い浮かべる。
台詞はもう、全部覚えている。僕は手にしていた台本を床に置いて、大路さんと向き合った。
「お美しい姫君よ。今宵はどうか、私と一曲踊ってくれませんか?」
完全に役になり切った大路さんが、微笑みながら手を伸ばしてくる。だけど僕……僕が演じるシンデレラは、その手を取っていいものかどうか躊躇する。
「お、お気持ちは大変嬉しいのです。ですが私では、あなたを満足させられるだけのダンスなんて、出来るとは思えなくて。もっと他に、素敵な方はたくさんいらっしゃいますから……」
「へえ……君は私の誘いを断るんだ?」
「——―—ッ! いえ、決してそう言うわけでは無くて。失礼な物言いをしてしまって、誠に申し訳ありません……」
謝りながら後ずさっていた僕は、壁際に追いつめられて。王子様はそんなシンデレラを逃すまいと、壁に手をついて逃げ場を失わせる。所謂、壁ドンと言われる動き。
迫力に圧倒されるように、僕は身を震わせながら、顔を背ける。
今回の王子様は、少しばかりSっ気の入った、悪戯好きの王子様らしくて、時々こんな事をしては、シンデレラを困らせてしまうのだ。
王子様は姿勢はそのままで、じっとシンデレラを見つめているけど、やがて手を引っ込めて、にっこりと笑みを浮かべた。
「ふふ、冗談だよ。ゴメンね、怖がらせて。反応が面白くて、つい。それにしても君、こういう場になれていないでしょう。いったいどこのお姫様なのかな?」
「私は、その……名乗るほどの者ではありません。普段は家のお掃除をしたり料理を作ったりしているだけの、つまらない女にございます」
「掃除に料理? なかなか面白い事を言うね。それじゃあまるで、召使いじゃないか」
「……恥ずかしながら」
羞恥心が沸き上がってきて、顔を背けるシンデレラ。
こう言う感情を表に出す演技をする時は、いつもこれで良いのかと心配になってしまう。泣きそうな顔を作って、身を縮めて。
だけど自分ではちゃんとできているつもりでも、端から見たら大根もいいところだったりするから、今一つ不安が拭えない。
前に家で同じシーンの練習をした時、聖子ちゃんにスマホで録画してもらったけど、それは酷いものだった。
引きつった表情と、カチコチに固まった体、こんなダメダメな演技、やろうと思ってもできないのではと思うくらいで、あの後しばらく、聖子ちゃんの地獄の特訓が続いたのを思い出す。
たけど冬休みの間、僕だってただ遊んでいた訳じゃないんだ。少しはマシになった事を信じながら、大路さんの台詞を待つ。
台本ではこの後、召し使いという言葉を一切否定しないシンデレラの事を不思議に思いながら、王子様が問いかけてくることになっているけど……。
「君はいったい……。良かったら、少し話をさせて……」
話をさせてくれないかい? そう聞きながら、王子様は目をそらしているシンデレラの頬をそっと撫でる……そのはずなのに。
なぜかいつまでたっても、頬に手の感触がない。
あれ、どうしたんだろう? 本当は頬を撫でられるまで目をそらしたままでいるつもりだったけど、あまりに間が長いので、思わず顔を上げてしまう。
するとそこには、手を伸ばしてはいるけど、何故か途中で止まってしまっていて、固まっている大路さんがいた。
「……大路さん?」
小さく名前を呼んでみたけど、反応が無い。
もしかして、これも演技? いや、そんなはず無いよね。今度はもっと大きな声で、もう一度名前を呼んでみる。
「大路さん!」
「ーーっ! あっ……すまない」
まるで寝ているところを起こされたみたいに、ハッと我に返って。慌てたように後退りながら、小さく咳払いをしてくる。
「ごめん、急に台詞が飛んでしまって」
「ああ、そうだったんですか。意外です。大路さんでも、台詞が飛んじゃうことってあるんですね」
「もちろんあるよ。ずいぶん買いかぶっているみたいだけど、私は君が思っているほど、何でもできる訳じゃないから……。今まさに未熟さを痛感している最中だよ……」
そんなオーバーな。少しビックリはしたけど、台詞が飛んでしまうことくらい、やっぱりあるだろうし。
だけど何故だろう? そんな大路さんの顔は、何だか赤みがかっているような……。
すると大路さんは俯いて、そして何か思い立ったように、ポツリと呟いた。
「……やっぱり、このままと言うのはよくないよね」
途端に、まるで何かを決意したような、火が灯ったみたいな目つきへと変わる。
そして顔を上げてくると、じっと僕の目を見つめる。
「ショタ君、ちょっと良いかな?」
「は、はい……」
緊張で声が上ずる。大路さんはそんな僕から目をそらさずに、ゆっくりと口を開いた。
「その……この間、終業式の日に君に言われたことなんだけどね……」
ーーーー告白のことか!
今日会ってから今まで、まるで告白なんてなかったみたいな態度をとられていたけど、決して忘れられていた訳じゃなかった。けど、今その話をするのですか!?
一期に緊張が押し寄せてきて。冬だと言うのに、汗が背中を流れた。
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