聖子ちゃんのお説教

「翔太、いったいどう言うことか、一から十まで……ううん、二十まででも三十まででも、キチンと説明してもらおうか」


 目の前には聖子ちゃんがニッコリと笑っていて。だけど目だけは全然笑っていなくて。

 仁王立ちしながら、正座している僕を見下ろしていた。


 僕達が今いるのは聖子ちゃんの部屋。どうして僕が正座させられているかと言うと、話は数分前に遡る。





 ◇◆◇◆◇◆





 大路さんに告白した後、家に帰った僕はキッチンで夕飯の用意をしていたのだけれど、そこにいったん学校に戻っていた聖子ちゃんが帰宅してきた。


「ただいまー。翔太、ご飯まだー?」

「お帰り。僕も少し前に帰ってきたばかりだから、もう少し待っててね。桃ちゃんが帰ってくる頃には間に合わせるから」

「お願いね。それはそうと……あんた、ちゃんと満に、マフラー渡せたの?」

「うん、一応ね……」


 やっぱり聖子ちゃんは僕がマフラーを渡しやすいように、席を外してくれていたみたい。

 普段はいい加減でガサツな聖子ちゃんだけど、たまにこんな感じで気を使ってくれるんだよね。


 そんなことを考えていたら、聖子ちゃんはニヤニヤとイタズラっぽい笑みを浮かべながら、包丁を握る僕の隣までやって来た。そして……。


「それで、渡すついでに、告白はしてきたのかな?」

「えっ⁉」


 ガタンッ!

 ーー危ない。丁度大根を切っていたところだったけど、驚いて思わず指を切ってしまうところだった。


 聖子ちゃん、どうしてそれを。僕は確かに何かプレゼントをしたいって言ったけど、それは日頃お世話になっているからだって言っていたのに……。


「ちょっと―、今指危なかったでしょ。アンタの指が入ったご飯なんて、作ったって食べないからね」

「僕だってそんなの御免だよ。そんなことより、僕が大路さんの事を好きだって気づいていたの? いったいいつから」

「あ、やっぱりそうだったんだ。前から何か、怪しいって思っていたんだよねえ。演劇部に入るのも突然決めちゃったし。それにシンデレラ役、最初は渋ってたのに、満が王子様をやった途端にやっぱりやるだなんて言い出すんだもの」


 ……なるほと、それでバレちゃったのか。

 大路さんがいるから演劇部に入って。大路さんが王子様を演じるから、シンデレラ役を他の人に渡したくなくて立候補する。

 そんな大路さん中心の考えで動いてたら、そりゃ分かる人にはわかるよね。


 単純すぎる行動パターンに、自分でもつい呆れてしまう。


「それに、アンタは分かり易すぎるからねえ。気付いてないかもしれないけど、食事中に演劇部のことを、母さんや桃姉に話してしてるじゃない。その時だって一言目には大路さん、二言目には大路さんだもの。きっと二人だって、もう気付いてるんじゃないの?」

「ええっ⁉ 僕そんなに大路さんの話ばっかりしてた?」

「してたわ!」


 全然無自覚だった。僕はいったい、どれだけ大路さんの事が好きなんだ? 

 するとそう思った時、リビングにあるドアが開いて、外から帰ってきた桃ちゃんが、中に入ってきた。


「ただいまー。翔太、ご飯まだー? って、あれ? どうして聖子までキッチンにいるの?」

「アタシがいちゃ悪い? 恋バナよ恋バナ。今翔太の好きな人について話してんの」

「ちょっと、聖子ちゃん!」


 勘弁してよ。そりゃあ桃ちゃんにももうバレてるかもしれないけど、これ以上いじってくる人を増やさないでほしい。


 桃ちゃんは不思議そうに、「翔太の好きな人?」と呟いて、まじまじと僕の顔を見つめたけれど、すぐにぷっと吹き出す。


「あっはっはっ、何言ってんの聖子。そんなデマカセ言ってからかって」

「デマカセ? いや、別に嘘なんてついてないって」

「あー、そう言うのいいから。翔太に好きな人なんて、そんなのいるわけないじゃん。まだ早い早い。何年翔太の姉やってると思ってるの? 本当にそう言う相手がいるかどうかくらい、態度見てりゃ分かるって」

「「…………」」


 ケラケラと笑う桃ちゃんから目をそらしながら、僕と聖子ちゃんはそろってため息をつく。

 聖子ちゃん、さっき桃ちゃんだって気づいているって言ってたけど、どうやら違っていたみたいだね。これ、全然気づいていないや。


「冗談はもういいとして、ちょっと部屋でレポートの残り片付けちゃうから、ご飯できたら呼んでね」


 そう言って桃ちゃんは、さっさと自分の部屋へと入って行ってしまった。残された僕と聖子ちゃんは目を合わせながら、何とも言えない空気に、脱力を覚える。


「……えーと、とりあえず桃姉のことは置いといて。マフラーはちゃんと渡せたんだったよね? で、告白はしたの?」

「……まあ、一応」

「ああ、やっぱりできなかったんだ。まあ元気出せ、チャンスはきっとまだある……って、今なんて言った⁉」


 僕の言ったことがよほど信じられなかったのか、目を見開いて肩を掴んでくる。

 けど、包丁を握ってる時にこう言うことされたら危ないから。


「だから、一応告白はしたって言ったの!」

「告白って、嘘⁉ 本当に? アンタのことだから、絶対に言い出せないで終ると思ってた。危なっ、もしこれで誰かと賭けやってたら、全財産無くなってたわ」

「なんて言いぐさ。そもそも、弟で賭けなんてしないでよね」


 しかも告白できない方に賭けるだなんて。まあ僕自身最初は、告白する気なんて無かったんだけどね。


「でもそれじゃあ……残念会でも開こうか? まあ元気出せ。お年玉が入ったら、クレープでも奢ってあげるから」

「ちょっと待ってよ。どうしてフラれた前提で話を進めるの? 別にフラれてなんか……いないから……」

「は? ちょっと待って。フラれてないってことは……もしかして本当に満と付き合って……」

「ううん、それも違うから。告白はしたけど、まだ答は聞いてなくて。返事をするのは、今度の公演が終わって一段落してからでいいって言ってある」

「……どういう事よ?」


 だから、ね。

 僕は大路さんに好きだと伝えてからの一連のやり取りを、簡単に説明していく。

 返事はまだしなくていい。僕のことで悩んで、劇に支障をきたしたらいけないから、考えるのは後で良いって言った事を。


 そうして話している間にも、夕飯の準備は並行して進めていく。

 今日のおかずはブリ大根。大根とブリをお鍋に入れて、煮汁をえて火を着け……ようとした時、その手を聖子ちゃんががっしりと掴んで来た。


「翔太、ちょっと話があるから。アタシの部屋へ行こう」

「え、でもまだ料理の途中なんだけど。ケーキ食べてきた僕達と違って、桃ちゃんはお腹空かせてるだろうから、早く準備しないと」

「いいから来るの。ワカッテルワネ?」

「……はい」


 なんだろう? 今の聖子ちゃんには、絶対に逆らってはいけないような気がする。

 それに幻覚だろうか? 何だか聖子ちゃんの背後から、黒いオーラが立ち上っているようにも見えて。

 ここで言う事を聞かなかったら、何をされるか分からない。僕は言われるがままにキッチンを離れて、聖子ちゃんの部屋へと連れて行かれて……。


 ……で、ここで冒頭のシーンへと戻る。

 なぜだか僕は正座させられていて。聖子ちゃんは腕を組みながら、仁王立ちしていて。

 一から二十まででも三十まででも、キチンと説明するように言われたけど、もう説明は終ったんだけどなあ。


「あの、聖子ちゃん」

「説明! 説明! 説明!」

「いや、だからね。さっき話したことで全部だって。告白したけど、返事は保留にしてるんだって。今は劇に集中しなきゃいけないし。余計なことは考えるべきじゃないから……」


 返事がどうであれ、答えを聞いてしまったら、練習に支障を来すかもしれない。だから、これで良いんだ。

 だと言うのに、聖子ちゃんは納得のいかない様子で、眉をつり上げてこっちを睨んできた。


「アンタねえ。本番があるのは来年のバレンタイン。まだ一ヶ月以上先じゃないの。どうしてそんなに猶予を長くしちゃったの?」

「仕方が無いでしょ。さっきも言った通り、僕のせいで変に困らせて、劇に支障が出るのは嫌だし。大路さんの事だから、断ってギクシャクしちゃったらどうしようって、考えるかもしれないじゃない……痛っ⁉」


 話している途中だってのに、突然身を屈めた聖子ちゃんがデコピンをしてきた。


 いきなり何を? だけど文句を言おうと思って顔を上げた途端、堰を切ったように怒号が飛んでくる。


「アンタそれ、本気で言ってるの? そんなこと言って、結局は答えを聞くのが怖くて、逃げてるだけじゃないの!」


 うっ……何て失礼な。 

 そんな事無いよ。そもそも答えを聞くのが怖いんだったら、初めから告白なんてしていないって。


 怖くて逃げてる? 分かったふうな物言いに腹が立ったけど、聖子ちゃんはもっと怒っているみたいで。

 それでも僕は、目一杯反論する。


「別におかしな事じゃないじゃない。もし今振ったフラれたなんてなったら、気まずくなるかもしれないし……」

「あのねえ。それだったら初めっから告白しなければ良かったじゃないの」


 うっ、それは確かに。正論過ぎて何も言い返せない。


「それは、間違えたかもって思ってるけど……仕方ないじゃない、抑えが効かなくなっちゃったんだから」

「ほう……。まあ確かに、抑えが効かなくなったって言うのは、分からないでも無いよ」

「分かってくれるの?」

「告白したことに関してはね。でもねえ、よく考えてみなさい。告白されて、だけど返事は保留で……、そんな相手と、どの面下げて劇でカップルを演じろって言うのさ! そっちの方がフッたフラれたよりもよっぽどギクシャクするわー!」


 うわっ⁉ さっきのよりも強烈な言葉が、僕の胸を抉ってくる。


 そ、そう言われてばそうかも。フラれたら当然ギクシャクしちゃうだろうけど、返事保留の相手と一緒にいるのも確かにキツそう……。


「アンタねえ。フッたのならまだ話し合って、お互いに気持ちの整理つけられるかもしれないけどさ。こんな中途半端な状態じゃ、それも無理でしょうが」

「それは、そうかも……大路さんの事だから、やっぱり気にしちゃうかなあ?」

「なぜ疑問形? 気にするに決まってるでしょう。気持ちだけ伝えて返事はまだなんて、中途半端なのが一番困るでしょうが! 好きなのに、そんな事も分からないの、このバカ! 言うだけ言って逃げるな!」


 痛いところを突かれて、返す言葉もない。

 それじゃあ、ちゃんと今日答えを出してもらった方がまだ良かったってこと? 


 しかもよく考えたら明日から冬休みなんだから、もしここでフラれたとしても、休みの間に気持ちを落ち着かせるなり、傷心を癒やすなりすることができたかもしれない。


「ど、どうしよう? 今から電話して、やっぱりすぐに返事が欲しいですって言った方がいいのかなあ?」

「だったらやってみる? アタシだったらそんな勝手な男、引っ叩いてフッてやるけど」


 まるで突き刺さるような冷たい視線を送ってくる聖子ちゃん。

 うん、これが凄ーくダメな手段だと言うのはよーくわかった。だったら……だったら…………。


「それじゃあ……どうしよう? 良い手が全く浮かばないんだけど」

「どうしようじゃないでしょ。まったく、やってくれたわねえ。あー、もう。気を使って席を外したのは失敗だったか。くぅー、アタシがその場にいたら、さっさと満にフラせてたのにいー!」


 くっつけてくれるんじゃなくて、フラせようとするんだね。


 だけどそんな聖子ちゃんに文句を言うわけにはいかない。改めて考えてみると、勝手に告白して、勝手に返事保留にするだなんて、やらかしてしまった感があるから。

 そんなヘタレに大路さんを任せられないなんて言われても、反論なんてできないよ。


 聖子ちゃんは頭をくしゃくしゃと掻いてから、深くて大きなため息をつく。


「とりあえずさあ。満にはアタシからフォローしておくけど……。ねえ満って告白された時、どんな様子だった?」

「どうって言われても……。やっぱりビックリした感じで照れてたみたいで。その様子がとても可愛くて。いつものカッコいい姿も魅力的だけど、あんな風にモジモジしちゃうところも素敵で……」

「ストップ。なんか後半を聞いてると、アンタをぶん殴りたくなっちゃうのはアタシだけかな? けど照れる、かあ。あの満が、ねえ……」


 聖子ちゃんは腕を組んでうんうんと頷いている。

 いや、それよりもまず考えるべきは、僕がどうするかだ。大路さんと話そうにも、何て言えば良いかわからないし、かと言って放っておくわけにもいかない。

 やっぱり、勢いで告白なんてしたのが間違いだったのかな?


「聖子ちゃん、僕はこれから、どうすればいいんだろう?」

「そんなの自分で考えなさい。ああー、それにしても照れた満、アタシも見てみたかったなあ。写真撮っていれば高値で売れたのになー」


 大路さんで商売しないでよね。

 けど、そんな聖子ちゃんに文句を言ったところで、事態は変わらなくて。


 その後も、どうすればいいか考えたんだけど、結局答えなんて出なくて。


 お腹を空かせた桃ちゃんが「ご飯まだなの?」と聞きに来るまで夕飯のことも忘れて、ただひたすら悩んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る