告白

 我ながら、下手なことをしたとは思う。

 正直に答えるのではなく、適当に誤魔化した方がよかったのかもって思うけど。やっぱり嘘はつきたくなくて。


 好きな人がいる。そんな僕の返事を聞いた大路さんは、とても驚いた顔をしていた。


「そうなのかい? 驚いたよ……いや、本当は驚くような事じゃないのかもしれないけど。もう中三だし、好きな人くらいいるよね。私の場合、初恋が遅すぎたわけだし」


 そういえば大路さんは、川津先輩が初恋だったっけ。出会ったのが去年と聞いているから、高校生になってからかあ。


 確かに少し遅めではあるけれど、別にそれがおかしいとは思わない。


「僕も大路さんと似たようなものですよ。恋愛に興味がない訳じゃなかったですけど、どこか他人事のように考えていて。だけど一度自覚したら、もうその人のことしか考えられなくなっていました」

「わかるよ、私もそうだったもの。ショタ君の好きな人かあ、きっと素敵な人なんだろうね」

「はい、とても」

「ふふ、ずいぶんハッキリ答えられるんだね。でも、良いことだよ。そんな風に言われて、悪い気がする女の子なんていないからね。その好きな子と言うのは、私の知っている人なのかな?」

「ええと、それは……」


 しまった。つい考え無しに喋りすぎた。

 どうやら大路さんも女子の例に漏れずに、恋バナは好きみたいで、興味津々といった様子で目を輝かせている。


 僕だって、出来る事なら言いたいです。だけど今それを言うのは……。

 するとそんな困った様子の僕を見て、大路さんは慌てたように言う。


「ああ、ごめん。無神経に聞きすぎてしまったね。すまない、こんな風な話を誰かとするだなんて、滅多になかったからつい」

「そうなんですか? 学校で恋バナしたりはしないんですか?」


 女の子同士で誰が好きか話すのは定番だと思っていたけど。現に僕のクラスの女子は、よくその手の話題でキャーキャー騒いでいるし。


「うちは女子高だからね。出会いがないから、そう言う話はあんまり出ないんだ」

「ああ、そう言うことですか」

「けど、考え無しに聞いてしまったことには反省しているよ。君は、その……私の恋愛事情を知っているわけだし。つい気が緩んで、羽目を外しすぎてしまった」

「それは……別に良いですけど……」


 だけど少しだけ、モヤモヤが残る。

 大路さんは僕の好きな人が自分自身だなんて、きっと微塵も思っていないのだろう。


「いつかショタ君と、楽しく恋バナをしたいって思うよ。その時は私も、新しい恋を見つけてるのかな? それがどれだけ先になるかは、分からないけど」


 屈託のない笑みを浮かべながら、例え話を語る大路さん。けどその笑顔を見て、胸の奥にモヤモヤが広がっていく。


 ……ああ、この人はどうして、こんなにも僕の事を意識してくれないのだろう?

 きっと、その新しい恋の相手が僕だったらなんて、考えてもいない。そんなの分かっていたはずなのに。こんな風に言われると、何だか……。


 ちゃんと僕の事を見てほしい、意識してほしい。そんな思いが、僕を突き動かす……。


「……大路さん、一つ聞いても良いですか?」

「質問かい? うん、何でも聞いていいよ」


 そう答えて、嬉しそうに目を細めて笑ってくるけど……言いましたね。

 僕は高鳴る胸の鼓動にたえながら、次の一言を放つ。


「さっき言っていた、僕の好きな人……。その人が大路さんだって言ったら……どうしますか?」

「……えっ?」


 目を見開いたまま、大路さんが動きを止める。


 本当は、言うつもりなんて無かった。今気持ちを伝えても、困らせてしまうって分かっていたのに、それでも胸の奥の想いは抑えられなくて。つい、衝動的に言ってしまった。


 大路さんはこっちを向いて固まったまま、ピクリとも動かなくて。そして僕も、大路さんから目をそらさずに。まるで時が止まってしまったよう。

 人通りの無い町の中、街路樹を揺らす風の音が、流れている時を感じさせる唯一のものになっている。


 どれくらいそうしていただろう? まるで金縛りが解けたみたいに、ようやく大路さんが声を漏らす。


「え、ええと、ショタ君。それは、その……もしもの話をしているのかい?」

「やっぱり、そういう風に思っちゃうんですね……」

「ま、待ってくれ。すなまい、今みたいな事を男子から言われたのは初めてだから、もしかしたら勘違いかもしれないなんて思ってしまったんだけど……。ごめん、こんな風に聞くのは、失礼だよね」


 僕の言った事が冗談じゃないって分かって、慌てて弁明している。けど、その様子が何だか可愛く思えて。僕はクスリと、笑みを零した。


「別にいいですよ。いきなりこんな事を言われたら、混乱するのは当たり前でしょうから。もう本気だって分かってくれてるみたいですし、怒ってなんかいませんよ」

「そ、そうか。良かった……いや、良くないか。本気……、本気かあ……」


 左手で口元を塞ぎながら、戸惑いながら必死で考えをまとめている様子の大路さん。それはまるで、川津先輩の話をして動揺していた時と似ていて。

 そんな表情を僕に向けてくれたことが、少し嬉しい。

 

 だけどそんな喜びを感じている僕とは違って、大路さんは困ったような顔をしている。大路さんはモテるから、告白なんてされ慣れているだろうし、相手を傷つけない断り方だって知っていると思うけど、いっぱいいっぱいと言った様子で。

 やっぱり、女子から告白されるのと男子からの告白とでは、勝手が違うのかもしれない。


「ショタ君、好きと言うのは、友達としてや先輩としてと言う意味では……」

「もちろん違いますよ。僕が言っているのは、恋愛としての好きです」

「そ、そうだよね。それは、いったいいつから?」

「そうですね。初めて自覚したのは、文化祭でした。保健室で……泣いている大路さんを見た時……」

「わー! 待ってくれ。その話はやっぱりいい!」


 あの時の事に触れてほしくはなかったみたいで、両手をブンブンと振りながら、大慌てで話を遮ってくる。

 だけど、これは僕も助かった。あの時の話をするとどうしてもデリケートな問題も出て来てしまいそうで、扱いに困ってしまうから。


「でもたぶん、本当はもっと前から好きだったのかもって思っています」

「もっと前って。それじゃあ、川津君のことで相談したり、プリンの作り方を教えてもらったりした時も……」

「おそらく……あ、でも気にしないでください。後になって気づいたって言うだけで、その頃は本当に僕も無自覚でした」


 自分の事を好きな人に恋愛相談していたなんて、大路さんの事だからすごく気にしてしまいそう。ショックで切腹でもされたら、たまったもんじゃない。


「でも、川津先輩のことは真剣に応援してたつもりです」

「ああ、うん。それは分かっている。ショタ君には、たくさん勇気を貰っていたからね」

「まあ、そう言うわけなんですけど。僕が本気だって事とか、分かってもらえました?」

「うん……よーくわかった……」


 良かった、ちゃんと伝わったみたい。告白ってもっと、ムードを作ってからするもののはずなのに、雰囲気なんて全然なくて。

 これがマフラーを渡した時に言っていたら話は違っていたかもしれないけど、後の祭りだ。


 そもそも本当は、今告白するつもりなんて無かったのに、どうして言ってしまったのだろう? 

 自分が抑えきれなくなって、つい暴走してしまう。そんな事が本当にあるんだって事を、身をもって知った。


 けど僕なんてまだいい。本当に大変なのは、告白された大路さんの方。

 突然の告白に戸惑っている様子で、何と答えたらいいか分からずに、口をもごもごと動かしている。


「ショタ君、その……気持ちは大変嬉しいんだけど。いきなりで混乱していると言うか、そんな風に思われているだなんて考えたこともなかったから、気持ちの整理がつかないと言うか……」

「僕が好きだって、考えた事も無かったんですね」

「す、すまない」

「いいですよ、分かってましたから。意地悪言って……それに、急にこんな事を言ってしまってゴメンなさい。やっぱり、今言うべきじゃなかったですよね。今は、劇のことだけを考えなきゃいけない時なのに」

「いや、そんな事は……無いと思うよ」


 何を言えばいいか分からなくて、困っているのが見ていて分かる。

 本当にこの人は、恋愛に関しては苦手なようで。だけどそんなところも、可愛く思える。きっと僕は大路さんのどんな一面も、好意的に受け取ってしまうのだろう。それが僕にとっての、好きなのだから。


 お互いに何も言えなくなってしまって。佇む僕達を、冷たい風が容赦なく吹き付ける。


 いつまでも、こうしていたら、二人とも風邪を引いてしまう。僕は一歩後ろに引いて、精一杯の笑顔を作った。


「別に今すぐ返事が欲しいわけじゃありません。いきなりでしたし、今は劇の練習に集中しないといけませんものね。大路さんだってそうでしょう?」

「それは、そうだけど……で、でも。せっか告白してくれたのに、これじゃあ……」

「構いませんよ。困らせてしまう事くらい、分かっていましたから。けどそれでも、気持ちを伝えられて良かったです。やっと僕の事を、意識してくれたのですから……」


 意識してもらわないと、何も始まらない。僕のワガママで困らせてしまうのは申し訳ないけど、迷惑をかけるって分かっていても、抑えきれない気持ちがあるんです。大路さんなら、分かってくれますよね?


 大路さんの目に映るのは、戸惑いと迷い。僕はそんな彼女に笑顔を見せた後、ペコリと頭を下げる。


「では、僕はこれで。冬休みの間も、練習は欠かせませんから」

「あっ……ま、待ってくれショタくん」


 慌てた声でそう言ってきたけど、僕はそのまま踵を返して。

 後は振り返らずに歩いて行く。止められたり、続く言葉が聞こえたりしないと言うことは、大路さんもどうすれば良いのか、分かっていないからだ。


 歩きながら、さっきの大路さんの姿を思い出す。

 頬を赤く染めながら、両手を胸の前に持ってきてギュっと握っていて。その表情や仕草が、何を表しているかは分からない。

 振り返ればきっと、すぐそこにまだ大路さんはいるだろうけど、僕は黙って歩いて行く……。


 告白、しちゃったな。

 歩きながらさっきまでの事をふり返って。とんでもない事をしたと、改めて思う。

 せめて今度の公演が終わるまでは、何もしないでいるつもりだったのに。勢いって怖い。

 だけど、もう後戻りはできないんだ。もう元の関係には戻れないかもしれないけど、そうさせたのは僕なんだから……。



 今日はもう帰ろう。

 星の光に照らされながら一歩ずつ歩いて行く。吹き付ける風が、火照った体を徐々に冷やして行った……。

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