シンデレラの気持ち、王子様の気持ち

 大路さんが僕のお世話になっているだなんてあり得ない。そう思ったけど。

 ここで大路さんは、少し意外な事を口にする。


「偉そうに指導なんてしているけど、私だって何が正解か分からない事が多くてね。むしろ君が色々聞いてきてくれるおかげで、改めて考えさせられる事もあるんだよ」

「大路さんが? 何だか意外です。自信たっぷりに、舞台の上に立っているって思っていましたけど」 

「そりゃあ自信が無いまま、観客の前に立つわけにはいかないから、本番までには仕上げるようにしているよ。けど役作りをする時は、そのキャラクターが何を思っているか、どう思いながら行動しているかを、いつも悩みながら考えている。ショタ君はシンデレラをやっていて、何か分からないことは無いかい?」


 シンデレラを演じる上で分からない事……そんなの、いくらでもある。


「そうですねえ、例えば根本的な話ですけど、どうしてシンデレラは、王子様の事を好きになったのかなとは思います」

「ほう、どうしてそう思ったのかな?」

「舞踏会に来た時点では、シンデレラは王子様とは面識はありませんでしたから。そりゃあ王子様は素敵な人ですけど、好きになるには、過ごした時間が短すぎるような気がして」


 一目惚れと言う可能性もあるけど、そうじゃないかもしれない。

 渡された台本では、舞踏会でシンデレラと王子様が出会ってから、話をして愛を深めていく過程もちゃんと書いてあるけれど、それはほんの数時間の出来事。

 恋に落ちるにしては、ちょっと早いかもって思ってしまう。


「なるほどね。まあ確かに、出会ったその日のうちにここまで愛し合えるなんて、少し早い気もするかな」

「ですよね」

「言いたいことはよくわかるよ。でもねショタくん……」


 大路さんはそこで足を止めて、スッと夜空に目を移す。


「時間や理屈なんて関係無しに、誰かを好きになってしまう事だってあるんだよ。……私がそうだったもの」

「あっ……」


 そうだ、大路さんが川津先輩の事を好きになった時だって、話を聞く限りでは時間がかかったわけじゃなかったんだ。


 合宿中に出会って、強くて頼りになる川津先輩に惹かれていった大路さん。それはそう長い時間じゃなかったかもしれないけど、それでも大路さんの想いは本物だった。


「優しいとかカッコいいとか、好きになる理由は様々だけど、理屈なんて関係無しに、どうしようもなく好きになってしまう事だってあると思うよ」


 悟ったような言葉に、僕はただ納得するばかり。

 さすが、経験者の言う事は違う。大路さんの説明にも確たる理屈は無かったけれど、ハッキリした事実がある以上、下手に理由を並べるよりも、よほど説得力があった。


 大路さんはそんな感心する僕に視線を戻すと、柔らかい表情に変わってクスリと笑う。


「けどこんな答えじゃ、シンデレラがどうして恋に落ちたかなんてまだ分からないよね」

「……恥ずかしながら。言いたいことはわかりますけど、これでシンデレラの気持ちを分かるかって言われても、ちょっと」

「まあ、そうだろうね。けどゴメン、私もはっきりとした答えを、教えてあげることはできないんだ。だってそうだろう、他人から教えられた答えでは理解することはできても、きっとモヤモヤが残る。だってシンデレラの気持ちが分かるのは、シンデレラだけなんだから」


 それは確かに。だけど待てよ、と言う事は、僕はいつまで経っても、シンデレラの気持ちを分かることはできないって事?

 すると僕の言いたい事を察したように、大路さんが続けてくる。


「正確に言うと、『君の演じるシンデレラ』だね。シンデレラは何種類も本が出版されて、アニメや映画にもなってきた。けど二つとして、同じシンデレラなんていないって、私は考えている。皆それぞれが唯一無二のシンデレラで、自分だけの恋をして、王子様と結ばれていったんだ」

「そうですね。僕が知っているネット小説では、舞踏会に出す料理の作り方を知りたいってお城の厨房に行っちゃう、料理バカのシンデレラなんてのもいましたし」

「私がシンデレラをやるとしたら、どんな気持ちで演じるか。それなりの答は出せるだろうけど、それを伝えたところで、きっと私の真似にしかならないと思うんだ。出来る事なら、ショタ君にはショタ君だけのシンデレラを探さなくちゃいけない。だからアドバイスをすることはできても、答をあげることはできないんだけど……分かってくれるかな?」


 僕は大路さんを見ながら、コクンと頷く。

 きっと見ている人を納得させるためには、まずは自分が納得する中身を作らなければいけないのだと思う。だから作っていかなきゃいけないんだ。僕だけのシンデレラを。


「ごめんね、別に意地悪で教えないわけじゃないんだよ」

「はい、分かってます。時間をかけなくても、恋に落ちることはあるってことは分かりましたし、もう一度自分でよく考えてみます」

「悪いね、こんな事しかできない先輩で」


 大路さんはそう言って苦笑いを浮かべたけど、十分勉強になりましたよ。


 その後僕達は再び歩きながら、シンデレラについて話をしていった。

 王子様の方は、いつシンデレラを好きになったのか。ドレスアップした綺麗なシンデレラを見て惹かれたのなら、容姿しか見ていなかったのか、それとも違うのか、等々。


「私もショタ君と同じだよ。王子様が何を思っているのかを、毎日考えている。完璧に分かったと思っていても、ある日突然、今までは見えていなかった部分に気付く事だってあるし、その度にイメージをし直すんだ。大変だけど、そう言う新たな発見があるから、演劇は面白いよ」


 そんな大路さんは本当に楽しそうで、こう言うストイックな姿勢には本当に憧れてしまう。

 そうして歩いて行くうちに、辿り着いたのは分かれ道。僕は右、大路さんは左の道を通って帰るから、ここでサヨナラだ。


「それじゃあ、お別れですね。次に会うのは年明けになるでしょうか?」

「さあ、どうだろう? 案外冬休み中に会うかもしれないよ」


 そうなったら嬉しいな。もちろんこんな事恥ずかしくて言えないけど、心の中ではそっと呟く。

 するとその時、ふと思い出したように、大路さんが聞いてきた。


「そう言えば、さっきのシンデレラの話をした時に、少し気になった事があるんだけど、ちょっと聞いても良いかな?」

「なんでしょうか?」


 何でも聞いてください。そんな意気込みで待っていたのだけれど……。


「ショタ君って、誰か好きな人はいるのかな?」

「……え?」


 瞬間、体の中に籠っていた熱が、スッと引いたような気がした。


「ごめん、驚かせてしまったかい? ふと気になってしまってね。恋愛経験があるなら、それを元に発想を広げられるかもって思って」


 ああ、そう言うわけですか。

 一瞬、心の中を見透かされたような気がして焦ったけど、ホッとしたような、がっかりしたような、不思議な気持ちになる。


 けど、どう答えよう? まさか僕が好きなのは大路さんです、なんて言えないし。

 いないっていっておいた方がいいかな? いや、それじゃあダメだ……。


「……いますよ」

「えっ?」

「いますよ。とても好きな人が」


 気がつけばほとんど無意識のまま、返事をしていた。

 その好きな人に、嘘はつきたくないから、本当のことを口にする。


 大路さん、僕の好きな人は、今目の前にいるんですよ。その人は、その事に全く気づいていませんけど。


 もっと僕を見てほしい。意識してもらいたい。

 そんな想いを抱えながら。僕はじっと、大路さんを見つめた。

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