クリスマスプレゼント

 帰りはいつかと同じように、僕と聖子ちゃんと大路さんの三人で、木枯らしの吹く町を歩いて行く。

 道中の話題は、演劇のことと、さっき大路さんがコスプレしていたグリトナくんのことが主で、ちょっと意外なことを聞けたりもした。


「え、それじゃあ大路さん。元々ゆるキャラが好きで、演劇を始めたんですか?」

「そう。ゆるキャラたちがやっているパフォーマンスも、いわば劇のようなものだからね。可愛い動きをして、楽しませる。ちゃんとストーリー仕立てになっているショーをするゆるキャラもいるしね」


 大路さんがそう言うと、僕の隣を歩いていた聖子ちゃんも、面白そうに話に入ってくる。


「満のゆるキャラ好きは筋金入りよ。部屋にはたくさんのゆるキャラのグッズが並んでるんだから。最初見た時はビックリしたわ」


 へえー、そうだったのか。

 大路さんの家は、前にプリンの作り方を教えた時にお邪魔させてもらったけど、大路さんの部屋には入らなかったから知らなかった。


「本当は舞台の上でも、さっきのグリトナ君の役をやりたかったりします?」

「そりゃあね。けど、与えられてる役に文句は無いよ。思い描いていたのとは違っていても、私には私の出来る事があるって、ちゃんと分ってるから」


 今の自分が出来る事、やるべきことを、ちゃんと受け止めている大路さん。その姿勢に、カッコいいなって思ってしまう。


 そんな大路さんの横顔を見た後、そっと視線を、下げている自分の鞄へと移す。

 ……この中には、用意したが入っている。


 どうする? 動くなら今かな? 

 そんな事を想っていると、聖子ちゃんがふと、思い出したように声を上げた。


「あ、いけない。アタシ忘れ物してきちゃった。学校まで戻らなきゃ」

「今からかい? もう下校時間も過ぎたし、正門開いているかなあ?」

「無駄足になるかもしれないけど、行くだけ行ってみるね。二人は先に帰っててよ」

「それなら私も付き合うよ。もう暗いしね」


 すかさず同行を申し出る大路さん。勿論それなら僕も行くと言おうとしたけれど、聖子ちゃんは首を横に振る。


「いいよ、すぐに終わるから。二人は行った行った。翔太、さっさと帰って、晩御飯を作って頂戴。アタシお腹空いちゃった」

「お腹空いたって、さっきケーキ食べたのにもう? 聖子ちゃん燃費悪すぎ」

「いいじゃない、育ち盛りなんだから。と言うわけで、アタシ行くから。じゃあね満、いい冬休みを過ごしてね。それと翔太……」


 スッと僕の耳元に、口を近づけてくる聖子ちゃん。そして小さな声で、短く囁いた。


「上手くやるんだよ」

「えっ?」


 驚く僕をよそに、聖子ちゃんは顔を遠ざけて、何事も無かったように踵を返して歩いて行く。

 聖子ちゃん、まさか僕の考えていることに気付いて……。


「ショタ君。聖子はさっき、なんて言ったんだい?」

「えっ? ええと、晩御飯には、デザートもよろしくって」

「相変わらずだなあ聖子は。あれだけ食べて太らないなんて羨ましいよ」


 口元に手を当てながら苦笑しているけど、大路さんだって全然太ってないですよ。

 そんなことを考えたけど、今集中すべきはそこじゃない。


 聖子ちゃんがいなくなって、大路さんと二人きり。

 今がチャンス? せっかく聖子ちゃんが気を使ってくれたんだから、今動かないでどうする。


「さて、聖子もああ言っていたし、先に帰っておこうか……ショタくん?」

「……大路さん、これを」


 緊張で声を震わせながら、鞄の中に入っていたソレを取り出した。


 僕の手の中にあるのは、リボンでラッピングされた袋。

 緊張しながらそれを差し出すと、大路さんはキョトンとした顔で見つめてくる。


「ショタ君、これは?」

「クリスマスプレゼント……です」

「プレゼント? だけどプレゼント交換はもうやったし、私が当てたのはショタ君の物ではなかったけれど」

「いえ、これは交換用ではなくて、大路さんに受け取ってもらいたくて用意したんです……。いつも、お世話になっていますから……」


 言っててだんだんと、心臓の鼓動が大きくなってくる。


 シンデレラ役をやると決めたあの日から、大路さんは度々僕の練習に付き合ってくれていた。

 大路さんと比べたら、僕の演技なんて本当にダメダメなのに、嫌な顔一つせずに。だから何かお礼がしたいと思って、それで考えたのがプレゼント。


 さっき行った、クリスマス会でのプレゼント交換は、用意したプレゼントが誰の手に渡るかは完全にランダムだから。確実に大路さんに渡せるように、それとは別に、プレゼントを用意しておいたんだ。


 実はこれ、聖子ちゃんのアイディアなんだけどね。

 大路さんに日頃のお礼をしたいけど、何か良い方法はないかと相談したところ、プレゼントすることを提案してくれてたのだ。


 さっき去り際に言っていた「上手くやりなよ」というのは、このプレゼントを渡すこと。

 きっと、忘れ物をしたなんて嘘。僕と大路さんを二人にして、渡すチャンスを作ってくれたんだと思う。

 ありがとう聖子ちゃん……。


 僕の言葉を聞いて。プレゼンを差し出されて。大路さんは驚いていたけど、すぐにいつもの表情に戻る。


「そんな気を使ってくれなくても良いのに。私は先輩として、当たり前のことをしているだけだよ」

「それでも、お世話になっていることに変わりはありません。でも、迷惑だったでしょうか?」

「ううん、そんなことはないよ。悪い気もするけど、せっかく用意してくれたんだ、ありがたく受けとるよ」


 包みを手にしてくれた大路さんは、嬉しそうに笑ってくれてる。


「開けてみても良いかな?」

「どうぞ」


 ワクワクした様子で、楽しげに包みを開ける。そして中から取り出したそれを、まじまじと見つめた。


「これは、マフラーか……」


 そう、僕が用意したプレゼントは、マフラー。

 黒くて柔らかい生地をしていて、両端に白いふわふわとしたボンボンが付いている、可愛いデザインの物。ちなみに僕の手作りだ。


 プレゼントに手編みのマフラーだなんて、中には嫌がる人もいるって思うけど、これも聖子ちゃんのアドバイスに従ったんだ。


『満が手作りに喜ばないはずがない! 一生懸命心を込めて作った物に、あの子は弱いの。親友のアタシが言うんだから、間違いない!』なんて言われてね。


 そこまで言うならと作ってみたけど、本当にこれで良かったのか。今になって心配にってくる。

 聖子ちゃん、大丈夫なんだよね? 僕をからかって遊んだ訳じゃないんだよね?


 冬だと言うのに、緊張で手が汗ばんできて。

 だけど大路さんは、そんな僕が編んだマフラーに嫌な顔なんてしなくて、そっと首に巻いてくれた。


「ありがとう、とても温かい。これって、手編みだよね? ショタ君が作ったのかい?」

「はい、まあ……」

「君は本当に凄いね。私じゃとてもこんなものは作れない……いや、そもそも比べようと言う方がおかしいか」

「いえ、そんな事ありませんよ」


 大路さんの事だから、今は苦手かもしれないけど、練習を重ねたらきっと素敵なマフラーが作れるんじゃないかって思う。

 プリンを作った時に思ったけど、この人は本当に努力家だから。


 何はともあれ、喜んでくれているみたいで本当に良かった。

 マフラーを巻いた大路さんと二人、僕達は日が暮れた町をゆっくりと歩いて行く。


 木枯らしが冷たいけれど、隣を見ると大路さんがとても嬉しそうな顔をして、首に巻いたマフラーを指で触っていた。


「少し悪い気もするよ。こんなに素敵なマフラーを貰ったと言うのに、私の方はお返しになれるようなものは何も持っていないもの」

「気にしないでください。僕が勝手にやっただけですから。さっきも言ったように、いつもたくさんお世話になっているんですから」

「お世話に、ねえ……。むしろ私の方が、ショタ君のお世話になっているような気がするけどねえ」

「え、そんなこと無いでしょう」


 演技のやり方とか、声の出し方とか、大路さんに教えてもらったことは山ほどあるし。

 多分これからも、たくさんのことを教わっていくと思う。


 時には、聖子ちゃんのスパルタで疲れたのを癒してくれたりもするし、どう考えてもお世話になっているのは僕の方だ。

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