クリスマス会

 次の演目はシンデレラと正式に決まった次の日から、演劇部の活動は目に見えて忙しくなっていった。


 衣装や道具の準備をしたり、新しく入ってきた中学生組に、照明や音響の使い方を教えていったり。

 最初は皆、慣れない作業に苦労していたけど、皆熱心に話を聞いて吸収していって。少しずつやり方を覚えている。


 そして主役以外のキャストも、だんだんと決まっていった。

 最初シンデレラの義姉は、聖子ちゃんがピッタリだと言う声もあったけど、それだとリアル姉弟に頼りすぎだって言う反対意見もあって、この案は却下された。あまりに普段の生活と近すぎると、かえってやり難くなってしまいそうだからね。


 それとこの前、シンデレラ役をやらされて大路さんとラブシーンを演じた渡辺君は、王子様に付き添う側近の役を任された。

 他にも新しく入ってきた女子も何人か、役を貰っていて。目立つ役も目立たない役もあったけど、皆真剣に自分の役と向き合っている。

 そして僕はと言うと……毎日聖子ちゃんにしごかれています。


「こらー翔太、何度言えばわかるの! そこはもっと感情を込めて、ガーっといくのよガーっと!」

 

 こんな感じて、朝から晩まで暇さえあれば練習をさせられて、やれセリフを覚えたか、やれ声が出ていない等、まるで粗を見つけては突っついてくる姑のごとく、事ある毎にダメ出しをしてくる。

 おかげで前に皆が言っていたみたいに、継母や義姉達にイジメられるシンデレラの気持ちがよく分かったよ。


 練習は本当に大変で。へとへとに疲れる事もあったけど、そんな時は決まって大路さんが、優しく声をかけてくれる。


「がんばるのはいいけど、無理だけはしないようにね。聖子のスパルタには困ったものだけど、きっとそれだけ君に期待しているって事だから。もちろん、期待しているのは私も同じだよ。ショタ君なら可愛いシンデレラになれるって、信じているから」

「大路さん……僕、頑張りますね!」


 どんなに疲れていても、大路さんの言葉一つで元気になれるのだから、我ながら単純。こうして飴と鞭による練習を繰り返したことで、僕の演技力は少しずつだけど上達していった……と思う。

 自分ではどう変わったかなんてよくわからないけど、良くなっているって思いたい。


 そうしているうちに、季節は冬に変わって、今日で二学期も終わり。終業式が終わって、乙木学園にある自分の教室で少ない荷物を鞄に入れていると、正人が声をかけてきた。


「灰村、この後どこかよっていかねーか?」

 

 鞄を手にして、誘いの言葉をかけてくる正人。

 僕は最近演劇部にかかりっきりで、正人は正人で、バスケ部の活動があったから、最近はあんまり遊べていなかった。

 けど誘ってくれたのは嬉しいけど……。


「ごめん、終業式が終わったら、演劇部の皆で集まることになっているんだ」

「そうなのか? なら仕方がないけど、終業式の日まで練習だなんて。バスケ部より大変じゃないか?」


 正人はそう言ったけど、僕は首を横にふる。実は今日は、練習するわけじゃないんだ


「今日はいつもと違っていてね。演劇部の皆で、クリスマス会をやろうって話になってるんだ」


 練習ばかりの毎日だから、たまには息抜きも必要だってことで、いつもの部室に集まって。皆でケーキを食べたり、プレゼント交換をしたりするのだ。

 発案者は聖子ちゃん。こうして時々親睦を深めていくのが、部内の雰囲気をよくしていく秘訣らしい。


「正人のところでは、何かそう言うイベントは無いの?」

「うちは男子バスケ部だぜ。男だけで集まってケーキ食って、何が楽しいんだよ。マネージャーの水森先輩がいるけど、あの人はもう売却済みだしな。色目使ったりしたら、川津先輩に殺されちまう」

「川津先輩と水森先輩、上手くやっているみたいだね」

「ああ、聞いてはいないけど、きっとクリスマスデートでもするんだろうな。くぅー、羨ましい」


 川津先輩と水森先輩の話、久しぶりに聞けた。

 大路さんのことがあったから、まだ少しモヤモヤするところがあるけれど、上手くいっているのは素直に良かったって思える。僕は複雑な立場にいたとはいえ、もし仲の良かった川津先輩が上手くいってないってなったら、やっぱり悲しいから。


「演劇部はいいよなあ。女子たくさんいるんだろ。そのうちお前にも、彼女とか出来るんじゃねーか?」

「はは、だったら良いんだけどね」


 大路さんを頭に思い浮かべながら、愛想笑いを浮かべる。

 そうなってくれたら本当に嬉しいけど、大路さんが僕の気持ちに気づいた様子はなくて。ただの先輩として、時々演技指導をしてもらってるくらいだ。

 

「しょーがねー。俺も誰か他の奴誘って遊ぶとするか。じゃあな、お前も楽しんでこいよ」


 そう言われた後、二人とも教室を出て。僕は乙木の隣、グリ女にある部室へと向かった。


 もうすっかり通い慣れた、平屋建ての大きな部室。

 中に入ると、そこにはすでにグリ女の先輩達が集まっていて。部屋の中はいつもと同じで、クリスマスの飾りがされてる訳じゃなかったけど、その代わり聖子ちゃんがサンタのコスプレをして出迎えてくれた。


「お、翔太来たか。遅いよー、何してたの?」

「ちょっと教室で正人と話をね。それより、その格好はなに?」

「ああ、前に使ったサンタの衣装。せっかくだから物置の奥に眠っていたのを引っ張り出してきちゃった。似合う?」

「似合う……て言っていいのかな?」


 聖子ちゃんが着ているのは、紛れもないサンタクロースの衣装。

 けど、もし昨今流行りの、女の子用に作られた、全然防寒の役目を果たしていなさそうなミニスカートのサンタではない。


 現在の聖子ちゃんの格好は、白い髭を蓄えてちょっと小太りな、絵本に出てくるような昔ながらのスタイルのサンタだった。

 ちゃんとつけ髭やお腹に詰め物までしていて。弟の僕でさえ、最初は誰か分からなかったくらいのクオリティをしている。


「ミニスカだと思った? でも、これが本来のサンタクロースなんだから。だいたい日本人は、サンタが白ひげのおじいさんだってことを忘れてるんだよ」


 それは言えている。テレビでサンタに仮装した芸能人を見ることはあるけど、最近では女性の方がコスプレしていることの方が多いような気がするし、男性がやるにしても、ここまでのクオリティの物は、なかなか見ない。


「この格好、最初は満がやる予定だったんだけどね」

「え、大路さんが?」

「そう。でももう一つ、面白い衣装を見つけて、そっちが良いって言い出して……あ、噂をすれば。満ー、着替えられたー?」


 聖子ちゃんが手を振った先、更衣室から出てきたのは……デフォルメされた、可愛らしいトナカイだった。


「やあショタ君。来てくれたかい」

「その声、大路さんなんですか!?」


 発せられた声に、聞き覚えのある声に、驚きを隠せない。


 立派な角を蓄えて、つぶらな瞳が可愛い、ゆるキャラのような愛らしいデザインのトナカイ。その中身が、まさか大路さんだなんて。


「こんな格好をしているから、驚かせてしまったかい? せっかくのイベントだから、いつもは着ないような衣装を着てみたんだ。グリ女のトナカイ、グリトナくんだよ」


 そう言いながら可愛くポーズを決めているけど、まさか大路さんがこんな仮装をするだなんて思わなかった。

 衣装と言うより、完全にゆるキャラなグリトナくん。大きな頭を被っているから大路さんの表情を読むことはできないけど、心なしかいつもよりもはしゃいでいるみたいな声。もしかして、かなり楽しんでる?


「満はゆるキャラとか、可愛いものが好きだからねえ。前にもこんな感じの役をやりたいって言ってたっけ」

「私としてはいくらでもやって良いのだけど、いつも別の役に回される。うーむ、私の力量では、グリトナくんの可愛さを表現できないと言うことだろうか?」


 頬に手を当てながら、キュートに小首をかしげるグリトナくん。可愛さを表現できないなんてことはないだろうけど、要望が通らなかった理由はなんとなく想像がつく。


 僕はグリトナくんに聞こえないよう、こっそりと聖子ちゃんに囁いた。


「グリトナくんをやらせないのって、被り物をしてたんじゃ顔が見えなくなるからだよね?」

「あ、分かっちゃった? 満には悪いけど、顔出ししてくれた方が、絶対に受けが良いからねえ。でもこういう時くらい、楽しませてあげよう」


 僕たちは顔を見合わせて苦笑し合う。大路さん、ごめんなさい。


 それにしても、大路さんが可愛いものが好きだなんて知らなかった。大路さんのこと、もう結構分かったつもりでいたけど、まだまだ知らないことは多そうだ。

 

 その後やって来た乙木の生徒達は、グリトナくんを見て、そして中身が大路さんだと知って、目を丸くする。


「お、大路先輩だったんですか? すみません、そうとは知らずに、抱きついてしまいました」

「構わないよ。グリトナくんの仕事は、皆を楽しませること。喜んでもらえたようでよかった。私も嬉しいよ」


 そう言いながら、身を屈めて女子生徒の頭を優しく撫でるグリトナくん。

 そのハスキーな甘い声、柔らかな仕種は、全身を着ぐるみで覆っているにも関わらずイケメンだった。


「あの格好で雰囲気が変わらないってのも、すごいね」

「満のオーラは、着ぐるみくらいじゃ隠さないってことね。今日のパーティー、演劇部以外には秘密にしておいてよかった。満のレアな姿を求めて、ファンが殺到するところだった」


 そうなったら、きっとパーティーどころじゃないものね。既に何人もから写真をお願いされて、ポーズをとっているグリトナくん。

 せっかくだから僕も撮らせてもらおと、ポケットからスマホを取り出した。


「大路さん……じゃない、グリトナくん。こっちにもお願いします」

「了解。こうかな?」


 手を大きく広げて、可愛くポーズをとるグリトナくん。

 皆一斉にシャッターを切ったけど、中にいる大路さんがこんなポーズを取っていると思うと、何だか可笑しくて、僕は自然と笑みがこぼれた。


 そうして撮影をした後は、皆でケーキを食べて。それから、プレゼント交換を行った。

 それぞれが持ち寄ったプレゼントの中から、クジで引いた人の物を貰っていく。


 僕が貰ったのは、グリ女の先輩が用意してくれたクッキー。

 そして僕が用意した猫のシルエット柄のイラストが書かれたマグカップは、乙木の女の子が貰っていた。


「マグカップありがとう、大切にするね」

「ショタ君、クッキーを聖子に全部食べられないようにね」


 そんなやり取りがありながら、楽しい時間は過ぎていく。

 最後に聖子ちゃんが、冬休みの間も個人レッスンは続けるようにと、部長らしい言葉を言ってお開き。後片付けの際、大路さんが「グリトナくんの衣装、次に着るとしたら来年かな」なんて言いながら、名残惜しそうにしていたのが印象的だった。


 そんなわけで、クリスマス会は終了して、僕達はそれぞれ家へと帰って行く。

 次に皆と会うのは、冬休みが終わった後。最近は毎日顔を合わせていたのに、二週間も会えなくなると少し寂しい。特に大路さんと会えないのは、ね。

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