次の演目
演劇部の見学をした後の帰り道。僕の右隣には、一緒に学校を出た聖子ちゃんが歩いている。
帰る家が同じだから、一緒に帰るのは当たり前だけど、こうして並んで下校するのはいつ以来だろう?
二人とも小学校の頃はともかく、聖子ちゃんが中学に上がってからは学校も違っていたから、一緒に帰るなんて事はすっかり無くなっていたなあ。
だけど僕の意識は、そんな聖子ちゃんじゃなくて、更にその隣を歩く大路さんの方に向いていた。
「今日はなかなか豊作だったね。十人以上も集まってくれるとは思わなかったよ」
声を弾ませて、楽しそうに笑っているのは大路さん。方向が同じだから、途中まで一緒に帰ろうってなったのだけど、さっきから話題は入部希望者のことばかり。
今日行った寸劇を見て、誰が筋が良かったかや、今度の劇の主役には誰が向いてそうかなどを、聖子ちゃんと話し合っている。
「男子の役者志望は一人かあ。あの子は主役じゃなくても、何らかの役で出したいねえ。新生演劇部には男子もいるってことを、盛大にアピールしたいからねえ。欲を言えば、もうちょっと役者志望の男子が欲しかったけど、仕方が無いか。一人は翔太だし」
「僕じゃ不満だった? 迷惑なら今すぐ辞めたっていいけど」
「わー、ウソウソ。裏方も万年人手不足なんだもの。即戦力のアンタに抜けられたってなったら、部長不信任案が出ちゃうよ」
わざとらしくむくれてみせた僕に、慌てて謝ってくる聖子ちゃん。まあ、僕も本気で辞める気なんて無いけど。でもちょっとくらい意地悪言って、困らせてもいいよね。
するとその様子を見て、大路さんがくすくすと笑ってくる。
「二人は相変わらず仲良いね」
「満、今のを見てどうしてそう思えるかな? アタシ、翔太に意地悪されてるんだけど」
「元々は聖子ちゃんが失礼な事言ってきたんでしょ」
「またそんな事言って。満―、翔太が冷たい―!」
「よしよし。聖子はもう少し、ショタ君に優しくしようね」
まるで子供をあやすみたいに、聖子ちゃんの頭を撫でている。
さっきまではしっかり部長をやっていた聖子ちゃんだったけど、学校を出たとたんこれだもの。それなのに見学に来ていた中等部の皆は、こんな本性に気付いた様子はなくて、しっかりした部長さんって思っているみたいだった。
まったく、大した役者だよ。監督じゃなくて俳優をやってもいいんじゃないだろうか?
「そう言えばさっきやった寸劇。ショタ君も中々上手だったよ」
「え、そんな事無いですよ。何をどうすればいいか分からずに、いっぱいいっぱいだったんですから」
「いや、声もちゃんと出せていたし、とっさに与えられたシチュエーションに合わせられる対応力もあった。もしかして、普段から聖子と家でああいう練習をしていたりするのかな?」
「まさか。そんな事今まで一度だって……」
無い。そう言いかけたけど、ふと考える。
本当にそうだったっけ? 今日みたいに具体的なシチュエーションを決めてやり取りをしたことは無いけれど、聖子ちゃんは時々ぶっ飛んだことを言い出して、毎回それに返しているからねえ。
例えばこの前、朝起こしに行ったら「夢の世界から羊の大群がやってきて、アタシを布団に抑え込んでる」なんて言ったから咄嗟に、「羊は全部ジンギスカン屋さんの手で、北海道に連れて行かれたよ」って返して、布団を引っぺがしたっけ。
もしかしたら普段からああいうやり取りをしていたから、瞬時に返しができるようになっているのかも。
僕達のやり取りはどちらかと言えば、劇と言うより漫才の掛け合いに近い気もするから、ハッキリとは言えないけど。
「もしショタ君さえその気があれば、衣装係じゃなくて役者になってもいいんだけどね」
「僕が役者に? そんなの無理ですって。昔学芸会で劇やった時だって、裏方に回っていたんですから」
僕がそう返すと、話を聞いたいた聖子ちゃんが「あれ?」と首をかしげる。
「アンタ、幼稚園の頃は役をもらってなかったっけ? たしか……そうそう、木の役。それとも、石の役だったっけ?」
「草の役だよ。ちゃちな顔出しパネルから頭だけ出してる奴。あんなの、役って言えるのかなあ?」
どんな小さな役でもいいから全員舞台に出さなくちゃ保護者がうるさいから、幼稚園側も無理やり役を与えたのだろう。
けど、何も喋らずに、ただじっと背景になっている草の役は、全然楽しくなかったのを覚えている。
僕の母さんはそれで幼稚園に何か言ったりする人じゃないけど、他の保護者の人は苦情を言わなかったのかと、今更ながら少し心配になってしまうなあ。
「そうだ、役と言えば、今度あるって言う公演。いったい何をやるつもりなんですか? それが分からないから、皆主役に立候補して良いかどうか、分からなかったみたいですけど」
「ああ、それね。あれは私達も悪かったって思ってる。一応案は出てはいるんだけど、まだ本決定じゃなくてね」
「そうそう。実はと言うとね、仮決定している演目の主役は女の子なんだけど、もし今回男子から主役の希望者が出たら、演目を変えてみようかって話が出たの。もちろん演技力も考慮するけど、自分からやりたいって言い出したらその行動力を評価したくてね」
「やる気がある子は伸びるからね。早目に大役をやらせて、成長させようって考えたんだよ。もっとも残念ながら、立候補者はいなかったけどね。今年は皆、消極的だったね」
と言う事は、去年や一昨年は立候補者がいたのだろうか? 聖子ちゃんだったら、「やりまーす!」なんて言ってもおかしくないけれど。
未経験者でも立候補したら主役なんて、それで大丈夫なのかって思うけど、大事なのは行動力と言うのには納得かも。
ハッキリと主役をやりたいって口にできるような人なら、舞台の上でも堂々としていられる気がするから。
「それで、結局仮決定している演目って何なの?」
「そうねえ。まあ、もう教えてもいいか。ラプンツェルと同じグリム童話の、シンデレラよ」
「シンデレラ? シンデレラってあの、カボチャの馬車やガラスの靴の?」
「そう。これなら皆ストーリー知ってるから、初心者でもすぐに入ってこれるじゃない」
なるほど、それでシンデレラね。あれ、でもそれじゃあ有名すぎて、盛り上がりにかけたりしないかな?
一瞬そう考えたけど、すぐに思い直す。この前のラプンツェルだってストーリーを知ってても楽しめた人も多いだろうし、ディ○ニー映画で実写のシンデレラが出た時もヒットした。
きっと大事なのは話を知っているかどうかじゃなくて、描き方なのだろう。
となると、尚更演じる人の力量や見せ方が物を言うことになる。演劇って本当に、奥が深いなあ。
「じゃあこのまま予定通りにいったら、女子の中から主役が選ばれることになるんだね」
「まあね。もっとも、今考えてるシンデレラの内容はちょっと特殊でね。ダブル主人公でいこうって事になってるの」
ダブル主人公? 主役が二人いるってこと? 一人は当然シンデレラで間違いないとして、後の一人は……。
「もう一人の主役はね、王子様なんだ。絵本で書かれている多くのシンデレラでは、王子様の出番は案外少ないけど、だからこそあえて彼にスポットを当ててみようって思ってね」
「あー、確かに。王子様が登場するのは中盤の舞踏会のシーンですし。シンデレラの相手役なんだから、もっとしっかり描かれてもいいかもしれませんね」
「そう。彼はどんな気持ちで舞踏会に望んだのか。集まった多くの女性の中から、どうしてシンデレラを選んだのか。それを考えたら、物語に深みが増すって考えたんだ」
「それにダブル主人公の一人を、上級生の誰かが演じたら、新入部員に何かあった時にフォローしやすいだろうしね」
そんなところまで考えて、シンデレラを選んでいたのか。
誰が主役に選ばれるかは分からないけど、その人にとって初舞台になるわけだから、やっぱり緊張もするだろう。そんな時に近くに頼れる人がいてくれたら、きっと心強いに違いない。
「ダブル主人公なら、男女どっちでも主役になれるね。それじゃあ例えば、渡辺君が王子様役をやる可能性もあるってこと?」
「ああ、うん。無くはないかなあ……」
渡辺君と言うのは、今日見学に来た男子生徒の一人。主役にこそ立候補しなかったけど、彼は役者志望だった。
だけど聖子ちゃんは、ゴニョゴニョと煮えきらない返事をする。
「問題は、キャラクターのイメージねえ。別に彼が悪いなんて言わないけど、王子様かあ……」
「彼、私よりだいぶ背が高かったね。それにガタイもよかった。よすぎるくらいに……」
大路さんまで難しい顔をしている。けど、何が言いたいかは何となく察することができた。
実は渡辺君、中学生にして身長180cm を越える巨漢であり、柔道をやっていたそうでやたら体が鍛えられていて、筋骨隆々と言う言葉が非常によく似合っている。
しかしそんな彼が、王子様のイメージに合うかと言うと……ごめん、頷けないや。きっと本人もオファーがきたって、困るんじゃないかなあ?
「ちょっと話したけど、本人は体を張ったアクションができる役をやりたいって言ってたよ。柔道で培った体を活かしたいって」
「柔道経験者か。よく柔道部に入ろうとせずに、演劇部の見学に来てくれたね」
渡辺くんについて語る。大路さんと聖子ちゃん。僕もすかさず、話のなかに加わっていく。
「この前文化祭の劇を見て感動したそうです。今まで知らなかった、新しい扉を開けたって。俺は青春を演劇に捧げるんだって、息巻いていました」
「私達の劇を見てそんなことを言ってくれるだなんて、嬉しいね。それにやる気もあるみたいだし、彼にはちゃんと舞台の上で、輝ける役をやらせてあげたいものだ」
それは僕も思う。大路さんがいるからと言う不純な動機も込みで入った僕よりも、よほど真剣に向き合っていて。
あんな様子を見せられると、もっとちゃんとしなきゃって思ってしまう。
「けどやっぱり、キャラクターのイメージって大事よねえ……。あ、そうだ。いっそ皆にアンケート取って、意見を聞いてみようか。王子様とシンデレラ、イメージで言えば誰が合っているかって」
そんなことを言い出す聖子ちゃん。
アンケートか。確かに皆の意見を聞くのは、良いかもしれない。
「それで一番支持された人に、王子様やシンデレラの役をやらせるの?」
「それはまだ何とも言えないけど、判断基準にはなるかな。どうせ皆まだ、才能があるかなんて分からないんだから、とりあえずやられてみるのもいいかもね」
まあ、そうかもね。やってみないことには、向いてるかどうかなんて分からないわけだし。
試しにやらせてみて、もし向いてないと思ったら、その時はその時。緩いやり方だけど、そんなのでもいいかなって、聖子ちゃんを見てたら思えてくる。
「いい掘り出し物が見つかるといいね」
「見つからなかったら育てるまでよ、まだ時間はたっぷりあるんだから、ビシバシしごいて使い物になるようにするから」
「聖子、少しは加減するんだよ。スパルタに耐えられずに辞めてしまったら、元も子もないからね。君は熱が入りすぎると、周りが見えなくなってしまうから」
冗談で言ったのか本気なのか、判断が難しいトーンで釘をさす大路さん。
僕は大いに同感だけどね。前に僕を女装させた時もそうだったけど、聖子ちゃんは時々暴走しちゃうから。
その度を越した行動に、新入部員たちが付いていけるかどうか、少し心配になってくる。もっとも当の本人は、何とかなるでしょと、大して気にも止めていない様子だけど。
「まあとにかく、明日にでもアンケートを取ってみよう。話はそれから!」
夕方の薄暗い町に、聖子ちゃんの明るい声が響くのだった。
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