シンデレラ役決定?

 王子様役とシンデレラ役。イメージで言えば誰が合っているかアンケートを取る。

 その宣言通り、翌日の放課後部室に集まった演劇部の先輩方、そして見学に来た僕達中学生組の全員に用紙が配られて、僕達はピッタリだと思うひとの名前を書いていった。


 あくまで参考にするだけ。そこまで深く考えなくていいから、気軽に書いて良いって聖子ちゃんは言ってたけど、それでも皆それなりに真剣で、よく考えて選んでいた。

 選んでいた、はずなのに……。


 ホワイトボードに書かれた名前を見て愕然とする。何故ならそこにはあり得ない名前が記されていたから。それは……。


 王子様 大路満。

 シンデレラ ショタくん。


 いや、これはおかしいでしょ。

 王子様役に、大路さんの名前があがるのは分かるよ。実は僕も、アンケートには大路さんの名前を書いていたし。

 けど、問題はシンデレラ役の方だ。


「何で僕が選ばれてるの!? これって一番シンデレラのイメージと合ってる人を選ぶんだよね!」


 僕の驚愕の声が部室内に響く。 

 そりゃお姫様の仮装をしたことは何度かあるけど、それでも僕は男なんだ。

 けど、他に女子はたくさんいたと言うのに、どう言うわけか皆が選んだのは僕だったという、おかしな結果になってしまった。


 ついでに言うと、名前が本名じゃなくてあだ名の『ショタ君』になっていた事も気になる。

 だけど聖子ちゃんは「仕方ないじゃん。だってアンケートにそう書かれていたんだから」と言うばかりで。他の人達を見ると皆一様に、しまったと言わんばかりの顔をして、目を背けている。

 けどまあ、問題はそこじゃないか。


「皆、本当に真面目に書いたの? 本気で僕に、シンデレラをやらせるつもりなの?」


 集まっている先輩達や中学組を眺めながら、この納得のいかない結果に首をかしげる。

 だけど皆は……主にグリ女の先輩達は、まあまあと宥めてきた。


「ゴメンね。単純に誰がイメージに合っているかって言われたら、ショタ君かなあって思って」

「文化祭の時に、お姫様の衣装を着てくれたじゃない。アレを思い出すと、シンデレラもいけるかなあ、なんて思っちゃって」

「それに、ね。よく聖子にこき使われているのが、意地悪な姉にイジメられているシンデレラのイメージと重なって見えたって言うか……」


 すると皆口々に、「私も私も」なんて言ってくる。

 そうか、半分は聖子ちゃんのせいだったのか。抗議のつもりでジトッとした目を向けたけど、わざとらしく目を逸らして、口笛なんて吹きはじめた。


「皆さんの言いたい事はよく分かりました。けど、現実問題無理がありますよね。納得がいかない人もいるんじゃないですか?」


 特に女子。もしかしたら自分が主役になるかもしれなかったのに、男にその座を奪われたなんてなったら、いい気持ちはしないだろう。

 なんて思ったけど。予想に反して皆は首を横に振る。


「ううん、そんなこと無いよ。灰村くんならいけると思う」

「むしろ、前に可愛いお姫さまやってるとこ見せられてるから。アタシ達じゃとても敵わないって思っちゃうって言うか……」


 文化祭の時のアレね。けどアレはただ服を着て、ウィッグを着けてただけだから。

 それに僕は元々、裏方をやるつもりで演劇部に入ったんだけどなあ。


 すると僕の困った様子を見た大路さんが、優しく諭すように言ってくる。


「別にそんなに深刻にとらえなくても良いんじゃないかな。これはあくまで、イメージを調査しただけだから。気が進まないなら、断っても全然構わないよ」

「まあ、そうですけど……」

「でも実は、私もショタくんの名前を書いたんだ。君ならきっと、似合うって思ってね。もちろん無理にとは言わないけど、もし興味があるなら、どうかな?」

「大路さん……」


 そんな風に言われたら、心揺れる。それに実は、役者に全く興味が無いわけじゃなかったんだよね。


 前回の公演を見て、舞台に立つってどんな感じなのか。大路さんは、どんな景色を見ているのか、少し気になったから。

 だけどこんな軽い気持ちでシンデレラを引き受けて、結果皆に迷惑をかけてしまったら申し訳なさすぎる。


「そうだ、もし本当に僕がシンデレラをやることになったら、衣装作りの方は誰がやるんですか? 元々、裁縫の腕を見込まれてスカウトされたようなものなんですけど?」

「ああ、それなら問題無いよ。今回のシンデレラで使う衣装は、既存の物でまかなえるようになっているからね。もちろん着る人に合わせて多少のサイズ変更はしなくちゃいけないけど、大丈夫だよね?」


 大路さんの言葉に、衣装係の先輩は、コクリと頷く。

 それに、聞けば中学生組にも裁縫が得意な子は僕の他にもいて、今から準備していけば問題無いだろうと言うことだった。


 文化祭の時とは、状況が違うなあ。

 そうなると、衣装係は役を引き受けない理由にはならないって事か。


「でも、やっぱりおかしくありませんか? 男なのにシンデレラだなんて。性別が違いますし」

「そうとも限らないよ。例えば歌舞伎は、役に関わらず全員男が演じているからね。だいたいそれを言い出したら、私が王子様をやるのもおかしいじゃないか」

「そう言えば……」


 あまりにハマり役だったから、すっかり忘れてしまっていた。

 確かに大路さんが王子様をやるのなら、僕がお姫様をやるのもそんなにおかしいってわけじゃ……いや、僕と大路さんを同じ土俵で考えるのは間違っているか。


 そんなことを考えていると、いつまで経っても答えを出さない僕を見ながら、聖子ちゃんがため息をついた。


「まあ気が進まないなら、止めておいた方がいいかな。元々参考なればいいかってくらいに考えてたアンケートだし。けど、男女逆転のシンデレラってのも面白そうねえ。よし、だったら……」


 瞬間、聖子ちゃんの目がキラリと光る。

 あ、これは絶対に、何か悪巧みを閃いた時の顔だ。


 するとおもむろに中学生メンバーに目を向けて、品定めをするみたいに眺め始めて。やがて一人の男子生徒に狙いを定めた。


「渡辺君。君、役者志望って言ってたよね。シンデレラ、やってみる気ある?」

「えっ、俺がですか⁉」


 聖子ちゃんが指名したのは、なんと中等部で一、二を争う巨漢の渡辺君だった。


 まさかの指名に、とたんに皆がざわつき出す。

 そりゃそうだろう。身長百八十センチを越えて、いいガタイをしている渡辺君がシンデレラって、誰がどう考えても無理があるもの。

 聖子ちゃん、イメージはどうしたの? シンデレラのイメージは?


 そしておそらく最も驚いたのは、指名された渡辺くん。

 手を前に突き出して首と一緒にブンブンと振りながら、慌てた様子で拒否してくる。


「無理無理無理無理、絶対に無理ですって。俺がシンデレラ? そんな事したら、歴史ある演劇部の汚点になりますよ」

「大丈夫。うちの部、コメディ路線もいけるから。今から台本を書き換えて、笑えるストーリーにすればどうとでもなるの」

「ああ、それなら確かに……って、やっぱ無理ですって!」

「大丈夫、メイクもバッチリしてあげるから。可愛い女の子に変身させちゃうよ♡」


 可愛くメイクをした渡辺君……。

 だめだ。悪いけど、想像しただけで笑えてしまう。


 聖子ちゃんは、本気でコメディ路線で行くつもりなのだろうか? 

 さすがに冗談だとは思うけど、もしかしたらって可能性も、無いわけじゃない。聖子ちゃんは平気で無茶をやる人だからなあ。

 

 そんな僕の心配をよそに、聖子ちゃんの悪ノリは止まらない。

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、今度は大路さんにも話をふっていく。


「満、アンタはどう思う? 渡辺君のシンデレラ、見てみたいって思わない?」

「私かい? そうだねえ……」


 大路さんは何かを考えた風なそぶりを見せた後、一歩一歩渡辺君へと近づいて行って。

 前に立ったかと思うとそっと右手を上げて、渡辺君の頬へと持って行く。


「あの、大路先輩?」

「動かないで。もっとよく、顔を見せてほしい」

「は、はい……」

「ありがとう。君は素直で、そしてとても綺麗だ」


 大路さんの顔つきが変わる。これはラプンツェルの劇で、王子様を演じた時に見せていた表情だ。

 どうやら、彼女の中にある、役者としてのスイッチが入ったみたい。


 しかし何故だろう? いかに大路さんが女子の中では長身とは言え、渡辺君の方が頭一つ分くらい背が高いのに。

 その仕草はまるで、お姫様と王子様そのもので、手を触れられている渡辺君はタジタジだ。


 だけど大路さんは止まらない。渡辺くんの後頭部に両手を回して、彼の頭を腕で挟むようにして捉えてから、甘い言葉を並べていく。


「シンデレラ……愛しの君よ。貴女がいてくれたら、私は他には何もいらない」

「いや、あの……先輩?」

「先輩なんて言わないで、名前で呼んでくれたら嬉しいな。私の名前、わかるかい?」

「お、大路さん……ですよね」

「ファミリーネームじゃなくて、私だけの名前だ。君の口からそれを聞きたいのだけど……ダメかな?」

「満……さん?」

「ふふ、やっと呼んでくれたね。幸せな気分だよ、とても……」


 大路さんは完全に王子様の役に入り込んでいるみたいで、渡辺くんが相手でも完璧に演じている。

 最初はどうなることかと思いながら事態を見守っていた皆も、今は余計なことは考えずに、ただ目の前で展開されるラブシーンに釘付けになっている。


 完璧王子様と、ガタイが良すぎて、ゴツいシンデレラ。

 この前代未聞の組み合わせ、意外と行けるのかもしれない。そんなおかしな思いが、皆の中で広がっていった……。

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