演劇部見学会

 演劇部による大規模な宣伝は、どうやら大きな成果をもたらしたみたいで。次の日学校に行くと、演劇部について尋ねてくる人が引っ切り無しに現れた。


 姉の聖子ちゃんが部長をやっていて、僕自身も宣伝に参加してたのは周知の事実だったから、興味を持った人はごぞって僕の所にやって来る。

 中には文化祭でお姫様の仮装をしてたことまで知っている人もいて、写真に撮りたいからもう一度衣装を着てほしい、なんてお願いされたけど、そう言うのはガン無視。僕のドレス姿は、見世物じゃないんだからね!


 そうしてたくさんの入部希望者が集まって。宣伝から数日が経ったある日の放課後、僕も含めた入部希望者一同は、皆揃ってグリ女へと来ていた。


 今日は体験入部と言う事でグリ女演劇部の練習の様子を間近で見せてもらって、気になる事があれば、質問する事もできる。

 僕達は演劇部の部室に案内されて、皆は少し緊張した様子で、聖子ちゃんから簡単な説明を受けていた。


「……とまあそう言うわけだから、肩の力を抜いて、練習の様子を見ていってね。あと分からない事があったら、誰にでもいいから気軽に、何なら翔太にでもいいから聞くといいから」


 聖子ちゃんはそんなことを言っているけど、他の入部希望者に交じって話を聞いていた僕は、眉間にシワを寄せる。


「聖子ちゃん、そこで僕の名前を出さないでよね。僕だって今は一応、見学者なんだから」

「何言ってるの、あんたは元々、半分うちの部員みたいなものだったじゃない。アタシは使えるものなら、何だってこき使うからね」

「わかったよ……と言うわけで皆、部長はこんなスパルタ気質の人だから、くれぐれも注意してね」

「こら翔太!」


 僕ら姉弟の漫才のようなやり取りに、くすくすと笑いがもれる。どうやらいい感じに、緊張感がほぐれたみたいだ。


 今日やって来た入部希望者は、女子が十人ほどと、男子は僕を入れて三人。もちろん全員が、中等部の三年生だ。

 顔合わせの際、僕以外にも男子がいてくれた事には心からホッとした。女子ばかりの中に男子が一人だと、やっぱりちょっと抵抗があるもの。二人には是非とも、このまま入部してもらいたい。


 今日の演劇部の活動は、まずはストレッチから始まって、それからグラウンドに出てからのランニング。その後部室に戻ってからの発声練習と、立て続けに行われていく。

 運動部と変わらないくらいに身体を動かしていくその様に、ほとんどの入部希望者は唖然としていた。


「へえー。演劇部って、こんなにハードなんだ」

「アタシやっていけるかなあ?」


 あちこちから驚きの声が聞こえてくる。

 かく言う僕も、大路さんから前に話は聞いていたけれど、実際に見るまではぼんやりとしかイメージできていなかった。


 発声練習では一声ずつ腹から出していて、近くで聞いていると、大気が震えるのを感じる。

 それは想像していたよりもずっと迫力があって。どうやら演劇部には、まだまだ僕の知らない部分がたくさんあるみたい。

 半分部員でいるようなつもりでいたけれど、所詮半分しか部員では無かったと言う事か。


 そして発声練習が終わったところで、聖子ちゃんが皆に号令を出す。


「よーし、それじゃあ基礎練はこれくらいにして、今日はせっかく見学に来てくれてる事だし、アレやってみようか」

「「了解」」


 その一声で、先輩達は一斉に部屋の住みに移動して行って、部室の前方に空間ができる。

 それは以前に練習を見せてもらった時と同じ、演技ができるくらいのスペースで。だけど聖子ちゃんの言っていた『アレ』と言うのがなんなのかわからずに、僕は……ううん、僕達見学者は皆、首を傾げている。


 だけどそんな僕達を横目で見ながら、聖子ちゃんは更に指示を出し続けていった。


「それじゃあまずは朝美と雪子。シチュエーションは、ホームセンターでチェーンソーを買うかどうか。朝美が買う側で、雪子がそれを阻止する側ね」

「「了解」」


 言われて、西本さんと雪子さんが前へと出る。

 一方僕達見学者は、とりあえず腰を下ろして成り行きを見守ってはいるけど、依然状況が掴めずにいて。

 僕は隣に座っていた大路さんに、こっそり尋ねてみる。


「あの、いったい今から何をするのですか? チェーンソーなんて言っていますけど」

「ふふ、心配しなくても、なにも物騒な事をする訳じゃないから、安心していいよ。今からやるのは寸劇、ちょっとしたゲームみたいなものかな。チェーンソーを買うかどうかに焦点を当てた、全編アドリブの即興劇をするんだ」

「チェーンソーって、殺人鬼が凶器として使うアレですか?」

「そうなんだけどね。明美がチェーンソーを買おうとして、雪子が反対すると言うシチュエーションで、話を進めていくから、それを意識して見てみると良いよ」


 全編アドリブの即興劇。前に皆さんがうちに来た時に聖子ちゃんがやって見せた劇のようなものかな?


 だけどチェーンソーと言う商品はちょっと特殊だけど、要は西本さんがチェーンソーを買おうとして、雪子さんが反対すると言うシチュエーションで、劇をするってことですよね。

 でもそれって、地味じゃないかなあ? それで話が広がるとは思えないんですけど。


 だけど大路さんは、そんな僕の心の内を読んだみたいに、意味深な笑みを浮かべる。


「まあ見てみるといいさ。結構面白いよ」


 前にいる二人に目を戻して、劇は始まる。舞台はホームセンターで。西本さんと雪子さんは、そこにやって来たお客さんと言う設定だ。


「見て見て。チェーンソーが一台五百円だって。これは買わなきゃ損だよね」

「ダメですよ。確かに安いけど、そんな物買っても使いませんもの。無駄遣いになるだけです」

「むー。良いじゃない、買うのはアタシなんだから、雪子には関係無いでしょ」

「ありますよ。だって私達、同棲し始めたばかりじゃないですか。お財布は共同で使っていくって昨日決めたのに、忘れちゃったんですか?」


 えっ、同棲って、何その設定? 

 いきなりの百合展開にビックリしたけど、先輩達はさもそれが当たり前のように話を進めていく。

 そして混乱する僕に、大路さんがそっと解説をしてくれた。


「驚いたかい? あんな風にアドリブで設定を考えていって、チェーンソーを買わざるを得ない状況。もしくは買わない状況を作っていくんだ。相手が反論できないシチュエーションに導くよう、考えてストーリーを作ることで、アドリブ力や想像力を向上させるのが、この寸劇の目的だね」


 ええと、要はいかに相手に反論の余地を無くすよう、話を運んでいくかが問われるゲームと言うわけか。

 さっきの場合、チェーンソーを買おうとする西本先輩にだったけど、同棲していて財布を共有している間柄だから、不要な買い物なんて許されないと言う雪子先輩の主張が通ったと言うことだろう。


 このやり取りを見ると、どうやらどんな設定を作っても大丈夫みたい。だからやり方次第で、自分の望む状況に持っていくことは可能だろうけど、それは相手も同じ。

 けどお互いにいくらでも設定を作れる中で、相手に反論の余地を与えないようにするって。これはかなり頭を使うんじゃないだろうか?


「ルールややり方は、何となくわかりました。でもこんな設定、よく咄嗟に思い付きますね」

「それは、やっぱり慣れかな。人によって得意不得意はあるけれど、続けていたらある程度できるようになってくるよ。たまにビックリするような設定も飛び出してきて、自分でやるのも、見ているのも面白いよ」


 そんなやり取りをしてから劇に目を戻してみると、白熱した二人の駆け引きが展開されている。


「お願い買わせて。これは日曜大工に、どうしても必要なの」

「西本先輩には、大工のお父さんから受け継いだ、家宝のノコギリがありますよね。それじゃあダメなんですか?」

「確かにあのノコギリはあるよ。でも、でもね……やっぱりチェーンソーの方がよく斬れるの」

「そうですね……でもごめん。そんなもの使われたら、音がうるさくて、眠れる気がしないわ。私、日曜の昼間はいつも寝て過ごしてるじゃない」

「大丈夫、うちは完全防音設計だから。外の音が家の中まで聞こえてくることはないよ」

「そうだったね。まあそれなら……ううん、待って。こんな都市伝説を聞いたことない? 夜な夜な『俺のチェーンソーはどこだ?』って町をさ迷う、殺人鬼の噂を。なのにそんな物を家に置いていたら、ヤツが来ちゃう」

「そんなのただの噂だよ。それにもし本当にそんなヤバイのがいたら、やっぱり護身用にチェーンソーが必要だよ。ほら、アタシチェーンソー剣術免許皆伝でしょ」


 ……なるほど。咄嗟に考えるだけあって、普通ならあり得ない、ぶっ飛んだ設定のオンパレードだ。だけど、それはそれで面白い。

 そして何より、その奇抜な設定にも対応していける先輩達が凄いと、見学に来ていた皆は感心している。


 その後も二人の駆け引きは続いたけれど、チェーンソーがある限り二人は永遠に結ばれない呪いにかかっていると言う事実が発覚して、西本さんが買うのを諦めた所で、物語は終わりをつげた。


 とても無茶苦茶な設定。だけど見ていて笑えて、結局買うのか買わないのか、息をつかせぬ二人の攻防戦にハラハラさせられたりもして。

 やりきった二人に、僕らは惜しみ無い拍手を送った。


「どう、面白かったかい?」

「はい、次々と設定が追加されていってビックリしましたけど、見ていてたのしかったです」

「それじゃあ次は、自分達でやってみようか。誰か立候補者はいるかな?」


 聖子ちゃん言葉に、一同顔を見合わせる。

 えっ、今度は僕達がやるの? 皆てっきり、今日は見学するだけだって思っていたみたいで、僕を含めて全員が戸惑っている。


 確かに面白かったけど、いきなりやれと言われても……。

 だけど中には行動力のある人もいて、せっかくだからやってみようと、挙手をしていた。


「それじゃあそこの女子、やってみようか。相手はそうねえ……満、やってくれる?」

「了解。任せておいて」


 大路さんが立ち上がって、立候補した女子の前に歩いて行く。

 しまったなあ。相手が大路さんだって分かっていたら、僕も立候補したのに。


 そんな僕の心中なんて知らない大路さんは、緊張している様子の相手の子に、妖しげな笑みを向ける。


「ふふ、よろしくお願いするよ、お嬢さん」

「は、はい。こちらこそよろしくお願いします、お姉様!」


 かくして、さっきとはシチュエーションを変えて寸劇は行われたけど、慣れている大路さんはともかく、相手の子は対応するのに手一杯な様子だった。

 まあこれは仕方がないよね。何せ初めてなんだもの。


 だけどそれでも楽しめたみたいで。それを皮切りに、自分もやってみたいという希望者が続出した。

 僕もやらせてもらって、やっぱり難しかったけど、それでも面白くて。そうして一通り皆チャレンジさせた後で、聖子ちゃんが前に出てきて宣言してくる。


「今の寸劇をやってみて、今度は舞台の上でちゃんとした役を演じてみたいって言う人は、遠慮無しに言ってきてね。アタシ達は大歓迎だから」


 さっきの寸劇で、演じると言う感覚が、少しだけどわかった気がする。

 ちょっとした役でもいいから、何かやってみたいと思う人はいるはず。今日建学に来た中の誰が役者になって、どんな役をやらせてもらうのだろう?


 そんな風に考えていたけど、聖子ちゃんは続けて、とんでもない事を言ってきた。


「と言うか、希望者がいなかったら困るかな。来年の二月にある公演では、皆の中から誰か、主役をやらせたいから」


 ……は?


 これには、集まっていた見学者全員がざわついた。

 主役って、僕らまだ高校生にもなっていないのに? 

 それに皆が皆演劇に関しては初心者。なのにいきなり主役は、ハードルが高すぎるんじゃないかなあ?

 だけど聖子ちゃんは、そんな皆の反応も予想していたみたいで、戸惑う僕達を見ながら、言葉を続ける。


「いつかは必ず、誰かが舞台に立たなきゃいけないんだから、それなら早いうちに大役を任せて、慣れた方がいいでしょ。心配しなくても、ちゃんと私達がフォローできるよう考えるから。えーと、この中で誰か、主役やってみたいって人いるー?」


 聖子ちゃんは勢いよく質問してきたけど……そんなこと言われてもねえ。


 まだ何の劇をやるかも聞かされていないのに、立候補者なんて出るわけがない。

 案の定皆顔を見合わせるばかりで、お互い様子を伺っている。


「うーん、いないかあ。それじゃあ、役者志望の人はいる? 全員が希望通りできるわけじゃないけど、やりたいポジションがあったら優遇するよー」


 これには女子が数人と、男子が一人だけ手を挙げた。

 皆、プレッシャーを感じる主役よりも、もっと気軽にできそうな脇役の方がいいみたい。

 その気持ちは、僕もよくわかる。いきなり主役なんて、荷が重いものね。


 だけど、僕自身は全然気が楽だ。なんせ前に王子様の衣装を作ったという実績があるから、衣装係になるってもう決まっているものね。


 とは言えこの事態を、他人事だなんて思って楽観視するなんて出来ない。誰を主役に選ぶかで、劇の出来が左右されるのだから。

 ついつい険しい顔になって、周りを見てしまう。いったいこの中の誰が、主役の座を射止めるのだろう?


「まあ、今日はまだ来たばかりだし、分からない事も多いだろうけど。次からは本格的に練習にも参加してもらうから。その上でやってみたいと思ったり、あと推薦があったりしたら、どんどん言ってね。出来るだけ要望は叶えるようにするから」


 そう言って、一人一人の顔を目で追って行く聖子ちゃん。家にいる時とは違って、今はしっかりと部長の顔をしていて。不覚にも頼れる先輩のような雰囲気を感じてしまう。

 普段だらしなく朝寝坊したり、お風呂上がりにパジャマを裏返しにして着たりしている人とは思えないよ。

 やっぱり聖子ちゃんにとって、演劇部は大事な場所なのだろう。


 誰が主役になるのかは分からない。

 だけど僕も裏方として、出来る事は精一杯やろう。真剣な面持ちの聖子ちゃんを……、いや、全ての先輩達を見ながら、改めてそう思った。

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