グリ女演劇部、乙木学園御来校

 中高一貫校の乙木学園の中等部には、受験戦争なんて言葉は無い。

 もちろん中には、中学は乙木でも、高校は別の学校に行くと言う生徒もいるにはいるけど、その数は本当に少なくて。

 三年生の秋になった今でも、皆のんびりと過ごしている。


 むしろ部活も引退しているから、今が中学校生活の中で一番のんびりしている時期と言っても、過言ではないかもしれない。


 で、そこに目をつけてきたのがグリ女の演劇部……と言うか聖子ちゃん。どうやって許可を取ったかは知らないけど、放課後になると突如乙木学園の正門の前に現れて。

 春の部活動勧誘と何ら変わらない勢いで、ビラを配っていた。


「グリ女の演劇部で―す。私達と一緒に、舞台に立ってみませんかー?」

「明日のスターは君かもしれないよー。勿論裏方だって、大歓迎で―す」


 下校中の生徒を捕まえては、皆演劇の魅力について語っていく。そして下校中の乙木の生徒は、足を止めてその様子を見ていた。


 ただビラを配っているだけなら、そこまで注目せずにスルーしていただろうけど、わざわざ足を止めているのは、聖子ちゃんをはじめとする、演劇部の先輩達の格好にあった。

 彼女達は今、ドレスだの着物だの、はたまた吸血鬼の衣装だの。ハロウィンはもう過ぎたと言うのに、皆が皆、ビックリするような格好で、ビラを配っているのである。


 僕は演劇部の人達が来たと言う話を聞いて、慌てて教室から正門まで走って行ったけど。そのあまりに不思議な光景を前に、思わずポカンと固まってしまっていた。


「聖子ちゃん、これはいったい何なの?」

「何って、見りゃ分かるでしょ。今朝話してた、演劇部の宣伝よ。ほら、アンタもビラ配り手伝って」

「それは分かるんだけど……なんで皆コスプレなんてしてるの? 大方、演劇部で使った歴代の衣装を着てるんだろうけど、裏方の人達までどうして?」


 現在聖子ちゃんは、目に眼帯を着けて。頭にドクロのマークのついた帽子をかぶった、海賊の格好をしている。


 他にも青いドレスを着たあの人は、確か音響係だったはずだし、オオカミの着ぐるみを着ている人は、声からして美術係だった先輩。役者ならともかく、本来彼女達はこんな風に衣装を着て、表に出たりすることは無いはず。

 だけど聖子ちゃんは、首をかしげる僕にドヤ顔で答えてくる。


「ふっ、甘いわね。今日はとにかく、目立った者の勝ちなんだから。こんな衣装を着た集団がいたら、普通にビラを配るよりも目を引くじゃない。手段はどうあれ、目立てばいいの」

「まあ、それもそうだね。近年ゆるキャラがブームになったのだって、まずは目立って名前やPR商品を覚えてもらおうって言うのが理由だからね」

「そう言う事。それに裏方だって、たまには表舞台に立ちたい時もあるの。流石にステージに立たせるのは難しいけど、これなら鮮麗された演技も、覚えなきゃいけないセリフも無いからね。衣装を着れる機会なんて滅多に無いんだから、楽しんでもらおうって思ったの」


 そう言う意図があったのかと、ちょっと感心する。聖子ちゃん、部員の気持ちもちゃんと考えているんだねえ。

 家ではたまに横柄な態度を取ったりしちゃうけど、演劇部では案外、面倒見はいいのかもしれないなあ。仮にも部長をしているくらいだし。

 普段は裏に回る人達に、衣装を着せて表に立たせるか。いい考えだと思う。


 だけど当然、衣装を着ている人全部が、裏方と言うわけじゃない。一際大きな人だかりができている所に、あの人はいた。


「そうか、君は演劇に興味を持ってくれているのか。嬉しいね、見学だけでもいいから、一度見に来ると良いよ。最高のおもてなしをして、待っているから」

「はい、必ず伺います……」

「おや? 君、制服の襟が曲がっているよ。ちょっといいかい……。これで良し。あれ、どうしたんだい? 何だか顔が赤いよ。ふふ、だけど可愛い」

「あ、あの……グリ女の王子様、大路先輩ですよね。お姉さまって呼んでいいですか⁉」


 多くの人に。主に女生徒に囲まれているのは、演劇部の看板役者である大路さん。

 彼女は文化祭で着たのと同じ、僕が作った王子様の衣装を着て。相変わらずのイケメンオーラを放っていて。

 何だかビラ配りをしているんだか、ハーレムを囲っているんだか、分からなくなってくるなあ。


 今は衣装と相まって、グリ女の王子様のその称号に偽りは無い。

 おそらく本人は意図していないのだろうけど、目の合った女子を次から次へと虜にしていて。まるで甘い蜜に吸い寄せられる蝶のごとく、女子達は列を作っていく。


 さすが、グリ女では親衛隊ができるほどの人気なだけはある。なんて思ってたら、不意にこっちに目を向けてきて、じっと見ていた僕と目が合ってしまった。


「失礼、少し道を開けてもらえないかな」

「「はい、かしこまりましたお姉様!」」


 今度はまるでモーゼのごとく人だかりが割れて。

 大路さんは道を分けてくれた女子達にニコリと微笑んだ後、こっちへ近づいてきた。


 そして僕の前までやって来ると、さっき見せたのと同じ笑みを浮かべてくる。


「こんにちはショタ君。文化祭以来だね」

「は、はい。お久しぶりです、大路さん……」

「ん? どうしたの? 少し表情が硬いみたいだけど、ひょっとして風邪?」

「いえ、何でもありません。平気ですから」


 本当は久しぶりに大路さんと会う事に緊張していたのだけど。

 しかし平常運転の彼女と話していると、体の中にあった熱がスッと冷めていくのを感じた。


 最後に会ったのは、あの保健室で泣いていて、手を繋いだ時。

 あんな事があった後に、初めて顔を合わせるんだ。気まずさで、何を話せば良いか分からなくなってくる。

 だけどそんな僕とは違って大路さんに気にしている様子は無い。


 何だか、僕だけ意識しちゃってるみたいで、恥ずかしいや。

 そんなことを考えてていると、今度は聖子ちゃんが、僕達に近づいて来た。


 「翔太、お話もいいけど。そろそろ手伝ってもらえない? これから学校のいたるところに行って宣伝したいんだけど、案内してくれるかな?」

「そう言う事なら任せて。当然、先生の許可はとってあるんだよね? じゃあまずは、どこに連れて行けばいいの?」

「うーん、どこだっていいかな。目立つ格好をして学校中を練り歩いて、アピールするのが目的なんだから。色々動けりゃそれでOK」

「なんだか演劇部って言うよりは、仮装行列だね。そう言う事なら、分かったよ。それじゃあ皆さん、僕について来てくれますか?」


 仮装している先輩達を引き連れて歩くのは少し恥ずかしかったけど、これも演劇部のためだ。

 そう思っていると、雪子さんや西本さんが、次々と僕に声をかけてくる。


「ありがとうショタ君、案内してくれて」

「ショタ君も大変ねえ、聖子にこき使われて」


 平気です、もう慣れていますから。そう返事をしようとしたけれど、ふと周りで僕達の様子を見ていた、乙木の生徒の間から漏れた声が聞こえてくる。


「ショタ君って……ああ、灰村くんの名前、翔太だからショタ君なんだ」

「灰村くんって背がちっちゃいし、似合いすぎ!」


 …………そうだった。

 もうすっかり慣れてしまっていたけれど、『ショタ君』と言うあだ名はグリ女の演劇部で使われているもので、乙木で僕をそう呼ぶ人なんていない。

 どうやら初めてその名前を聞く乙木の知り合い達にとっては、ビックリするあだ名だったみたい。まあ無理も無いよね、ショタ君だもの。


「このあだ名、乙木でも浸透しちゃったりしないかな?」

「え、嫌だった? ショタくんって可愛いのに」


 西本さんはそう言ってきたけど、可愛いかな?

 まあいいや。もう今さらだし、僕は細かい事を気にするような、小さい男じゃないんだ。

 僕は気を取り直して、案内を始める。


「それじゃあ、どこから回りましょうか? まずは教室からでいいですか?」

「いいよ、それで」

「ショタ君、お願いねー」


 こうして僕は演劇部のみなさんを、校舎の中に案内して行く。

 下駄箱で来客用のスリッパに履き替えてもらって。各教室や特別教室を、順番に一つずつ回って行った。


「グリ女演劇部でーす。演劇に興味はありませんかー」

「私達と一緒に、青春の汗を流しましょう」


 次々と声をかけていくグリ女の先輩達に、乙木の生徒は皆目を丸くしている。

 無理もないよね。校舎の中を練り歩くコスプレ集団と言うのは、異様な光景だもの。


 これだけ見たらもはや演劇部なのかコスプレ部なのか分からないけど、目立って覚えてもらうことに意味があるのなら、その目的は十分に達していると言って良いだろう。

 だけどそんな中……。


「おお、これが噂のグリ女演劇部か。凄い行列だな」

「ん、あの先頭にいるのは、灰村か? アイツは仮装してないんだな」


 そんな声が聞こえてきた。

 なるほど、こんなコスプレ集団の中に、何の仮装もしていない、しかも男子生徒がいると、かえって目立ってしまうみたいだ。

 するとそれを聞いた聖子ちゃんが、イタズラっぽく言ってくる。


「あんなこと言われてるけど、どうする? 実はお姫様の予備の衣装があるんだけど、アンタも着てみる?」

「冗談でしょ? 僕が着たって、何の意味もないじゃない」

「いや、そんなことないよ。演劇部に入れば、男子でも綺麗なお姫様に変身できるって、アピールできるじゃない」


 なるほどね。けど言いたいことは分かるけど、果たしてそれで演劇部に入ろうと思ってくれる人はいるのだろうか?

 だけどこの案は、何故かグリ女の先輩達には受けが良かったらしい。なぜか皆キラキラと、目を輝かせてくる。


「良いじゃないそれ。文化祭の時もやってんだし、ショタくん着てみれば?」

「何なら王子様の満に、お姫様抱っこしてもらったら? 王子様とお姫様で、きっと絵になると思うよ」

 

 僕をお姫様抱っこ? 大路さんが?

 もしもお茶でも飲んでいたら間違いなく吹き出してしまいそうな事を、西本さんが平気で言ってくる。

 いやいや、それはおかしいでしょ!

 

 急にドキドキしてきた心臓を押さえながら大路さんの様子をうかがう。

 あんなことを言われて、気を悪くしていないかと心配したけど、何故か本人はやる気のある笑みを浮かべていた。


「ショタくんさえ良ければ、私は全然構わないよ」


 いや、そんな胸を張られても……。

 年上で僕より力があるとは言え、女の子に抱えられるというのは、男として抵抗がある。しかもそれが、好きな女の子だったら尚更……。

 ああ、我慢していたドキドキが、何だか押さえられなくなってきた。


「どうしたんだい? 顔が赤いみたいだけど、もしかしてどこか、体調が悪いのかい?」

「いえ、それは大丈夫です。それとさっきの提案ですけど、遠慮しておきます。大路さんにそんなことはさせられません」

「そうかい? むう、残念だ」


 それは冗談で言っているのですよね? 大路さん、たまに天然な所があるから、判断がつかないや。

 とんでもない人に恋をしてしまったものだと、今更ながらに思う。


 とにかく気を取り直して、僕は案内を続けていく。

 今まで各学年の教室がある校舎や、中庭や多目的室を回ってきた。図書室は騒いじゃいけないから行かないでおいたけど、後はどこか残っていたかな? 


 例えば校庭? 野球部や陸上部が練習しているし、見学者だっているかもしれない。

 よし、聖子ちゃんに聞いてみよう。


「これからどうする? 外に出て、校庭にでも行ってもいいけど?」

「そうねえ……あ、でもその前に、体育館はどうかな? 靴に履き替える前に、行っておいた方がいいいかも」


 思い付いたように言ってくる聖子ちゃん。

 ああ、確かにあそこも今、いくつかの部活が使っていて、宣伝になるだろう。活動しているのはバレー部と、そしてバスケ部……。


 瞬間、思考が止まった。

 バスケ部。そう、体育館では、バスケ部が練習をしているはずだ。

 バスケ部はもしかして、今日も高等部の先輩達と合同練習をしているのかな? 川津先輩のいる、高等部のバスケ部と……。

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