劇が終わって
緞帳が下りて、劇が終わって。ラプンツェルの世界から現実へと引き戻された観客達。
席を立って体育館を出て行く人もいれば、残って感想を言い合っている人達もいて。そんな中僕達はと言うと……。
「うっ、ううっ」
「おいおい。そんなに泣くなって」
「だ、だってー」
泣いている水森先輩の背中を、川津先輩が優しく擦っている。
憧れの大路さんの舞台をすぐ近くで見れて感極まったらしく、水森先輩はさっきからずっとこの調子だ。
こんな状態の水森先輩を外に連れ出すわけにもいかなくて。僕達は席を立ったは良いけど、体育館内に残ったまま。
けど、感動する気持ちもわかる。僕も練習は何度か見せてもらったけど、本番の劇は今までのどれとも違っていて、僕の心に強く響いていた。そして正人も……。
「凄かったなあ。劇ってCGも使わないから、映画と比べて地味だって思ってたけど、マジスゲーよ」
凄い以外の形容詞を知らないのか、さっきから『凄い』ばかりを繰り返している正人。とりあえず、劇で感動しているのはよく分かった。
元々演劇にあまり興味が無く、付き合いで来たようなものだったのに、その魅力にすっかりハマってしまったみたいだ。
周囲に目を向けると、王子様がカッコよかっただの、再会できたシーンに感動しただの、皆口々に褒め称えている。
こうして劇は大成功に終わったのだけれど、僕は大路さんの事が気になって。川津先輩達とは、別行動をとることにした。
「僕はちょっと、演劇部の所に行ってきます。少し気になる事があるから」
「ああ、行ってこい。灰村も関係者だもんな。一緒にお祝いでもしてこいよ」
「そう言えばあの王子様の衣装を作ったのって、お前だったっけ。悪い、話に夢中になってて、忘れてた。けどスゲーよな、あんなの作れるだなんて。来年は演劇部に入って、正式に衣装の担当になるか?」
「それはおいおい考えるよ。それじゃあ」
正人の質問をやんわりとかわした後、僕はステージの裏へと続く扉の前へと向かう。
厚めの扉をコンコンとノックすると、中から「はーい」と言う返事が聞こえてきて、奥に扉が開く。
すると中から顔を覗かせたのは、西本さんだった。
「あ、ショタ君。来てくれたんだ」
「こんにちは。劇、お疲れさまでした。とても素敵で、皆感激していましたよ」
「ははっ、嬉しい事言ってくれるねえ。あ、中入る? もう着替え終ってるから。皆ーショタ君が来てくれたよー」
言われるがままに中に通されると、広くない部屋の中に演劇部の方々がひしめいていて。一斉に僕を見たかと思うと、真っ先に聖子ちゃんが口を開いてくる。
「おー翔太。どうだった、アタシの晴れ舞台」
「晴れ舞台って、聖子ちゃんは最初と最後に挨拶してただけじゃない」
「何言ってるの。挨拶は大切だよー。初めをちゃんとしてないと、劇を楽しんでもらえないからね。で、どうしたの? 頑張ったアタシ達を、労いに来てくれた?」
「まあ、そんなとこ」
苦笑いを浮かべながら返事をして、部屋の中を見回す。すると奥に、王子様の衣装から制服に着替えた、大路さんの姿を見つけた。
特に落ち込んだ様子もなく、いつも通りの凛々しさを醸し出してはいるけれど……。
劇が無事に終わった今、いったい何を思っているのか。生憎、本心を読み取ることはできない。
すると僕の視線に気づいたのか、大路さんはにっこりと笑顔を向けてくれる。
「ショタ君、最前列で見てくれてありがとう。それと、君の作ってくれた衣装のおかげで、最高の舞台に仕上げることができたよ。改めて、お礼を言わせて」
「いえ、僕はそんな、大した事していません。頑張ったのは大路さん達ですもの。それより、その……」
大丈夫なんですか? なんて、こんな人の多いところでは聞けるはずもない。
すると西本さんが思い出したように、大路さんに聞いてくる。
「そう言えば満、途中のあのアドリブは何だったの? いきなりだったんで、ビックリしちゃったよ」
「ああ、夢中になって演じていたらつい、口が勝手に動いてしまったと言うか。王子様は本当は、こんな風に思っていたんじゃないかって気がして。ごめんね、台本を無視してしまって」
「ううん、全然いいよ。最初は驚いたけど、すっごく良かったもの」
脚本担当の子にそう言われて、大路さんは安堵の表情を浮かべる。
「ふふふ、それは良かった。実は怒られたらどうしようかと、気が気じゃなかったんだ」
「またまたー。本当は手ごたえ感じてたんでしょう」
和気あいあいと、笑い合う大路さん達。どうやらこの様子だと皆さん、川津先輩の事は知らないみたいだ。
それどころか大路さんも、まるで失恋したなんて嘘みたいな穏やかな表情。本当にもう気にしていないのかもって、思ってしまうくらいに……。
「さあさあ、お喋りもいいけど、いい加減使った道具を、部室まで運ぶよ。打ち上げはそれからね!」
聖子ちゃんの号令で、皆衣装や小道具など、使った品々を手にする。こんなに多くの道具を使っていたのかってビックリするくらい、数が多くて。
僕も部屋の隅にまとめてあった、道具の入った箱を手に取った。
「ショタ君は良いよ。片付けは私達でやるから」
「いえ、これくらい手伝わせてください。部室まで運べばいいんですよね?」
止める暇を与えずに、荷物を抱えて部屋を出る。
後から聖子ちゃん達もそれぞれ道具を抱えて、皆して演劇部の部室へと歩いて行く。
大路さんは自分で使った衣装の他にも、大きめの紙袋をもう片方の手に下げていて。見ていてとても重そうに感じる。
「大路さん、その袋、僕が持ちましょうか?」
「気を使ってもらわなくても大丈夫だよ。これでも、力はある方だからね」
確かに大路さんは背が高いし、もしかしたら僕よりも力持ちかもしれない。
二つ年上とは言え、自分が女子よりもひ弱かもしれない事にちょっとヘコんでしまいながらも、気を取り直して歩いて行くと――。
「あっ――」
足がもつれたのか、不意に大路さんが体勢を崩した。
重力に逆らえず、グラリと傾く大路さん。だけどその瞬間、考えるよりも先に、僕は咄嗟に手を伸ばしていた。
「危ない!」
転びそうになる大路さんの腕をがっしりと掴む。良かった、何とか間に合った。
転ぶ前に助けられたことに安堵して。同時に、緊急事態とは言え大路さんの手を掴んでしまったことにドキドキして。
そんな心をどうにか落ち着かせながら、大路さんと目を合わせる。
「大丈夫でしたか?」
「あ、ああ。すまないショタ君、足元をよく見ていなかった。ありがとう、助かったよ」
「間に合って良かったですよ……大路さん?」
僕に腕を掴まれたまま、何だかボーっとしているような大路さん。
だけどすぐにハッとしたような顔になると、すぐに傾いていた体勢を立て直した。
「ごめんね、もう大丈夫だから」
そう言って何事も無かったように、また歩いて行ったけど……どうも気になる。
「満、劇が終わって気が抜けたんじゃないの?」
「まだ早いよ。文化祭はまだ続いてるんだから、楽しまなくちゃ」
一部始終を見ていた皆さんがそんなことを言ってきて、大路さんは恥ずかしそうに「すまない」と返す。
それから皆して部室まで行って、運んできた荷物を簡単に部屋の奥へと置いて。
本格的な後片付けは後にして、まずは残りの文化祭を満喫しようと言う話になった。
クレープを食べに行くとか、ジュースを飲みたいとか、楽しそうにはしゃいでいる。だけど……。
大路さんも聖子ちゃん達と、どこを回るか話していたけど。僕はそんな大路さんに近づくと、さっきしたみたいにそっと手を掴んだ。
「ん? どうしたショタ君?」
「大路さん、少し付き合ってもらえませんか?」
「いったい何を? 話なら、別にここでも……」
「いいから来てください」
強引に、有無を言わさず部室から連れ出そうとして。
大路さんは普段と違う僕の様子に戸惑って。そしてそんな僕らを見た聖子ちゃんは、からかうように言ってくる。
「なに翔太? 満をデートに誘うの?」
「……まあ、そんなとこ」
途端に、どっと歓声がわく。
「ショタ君大胆」「親衛隊に知られたら消されちゃうよ」なんて声が飛び交ってるけど、構っている時間がもったいない。
大路さんの手を引いたまま、足早に部室を出て行く。
驚いているのは大路さん。手を振りほどきはしなかったけど、目を丸くしていて。
いきなりあんな事を言われて連れ出されたのだから、無理もないか。
「ショタ君、さっきのはいったい……。で、デートって……」
「安心してください。あれは連れ出すための方便ですから。……これ以上、無理しているのは見てられなくて」
「無理? いったい何の話をしているんだい?」
言っている意味がわからないといった様子。だけど、僕には分かる。分かってしまうんだ。
握っていた手をゆっくりと放すと、とぼけている大路さんと目を合わせる。
「無理、してますよね。劇が始まる前からずっと。さっき足がふらついて転びかけたのだって、本当は調子が悪いからじゃないですか?」
「いや、そんなことはないよ。私はいつも通りだから」
そう言ってニコリと笑って見せたけど、この人は役者だ。本当は辛くても、それを隠して平気を装うだなんて難なくできる。
確かに今の大路さんは平気そうな顔をしているけど、本当はそうじゃないでしょう。
「嘘を言わないでください。平気なわけ、無いですよね。大体無理がありますよ。あんなに川津先輩の事が好きだったのに、あんなことになって。それなのに平気だなんて、おかしいですもの」
「……………………」
大路さんは表情を変えずに、何も言い返してこない。
だけど否定しないってことは、間違っていなかったって思っていいんですよね。
どれだけ川津先輩のことを好きだったか知っている僕にとって、平気でいられる事の方が、よほど不自然で。
演技は完璧で、一見すると大丈夫そうだけど、それがどれだけおかしな事か。
弱音の一つでも吐いてくれたら、支えられるのに。
一辺の弱さも見せようとせずに、何事もないように振る舞う。その姿は、見ていてとても痛々しかった。
「本当は、疲れだって溜まっているんじゃないですか? 聖子ちゃんが言ってましたよ。クラスのカフェの準備でも、演劇部でも、毎日一番よく動いてたって。その上夕べは、夜遅くまでプリンを作っていたんですよね。それだけやって、疲れないはずありませんよ」
毎日忙しく働いて、そこにきてあの失恋だ。
劇は気合いと責任感で何とか乗り越えることができたけど、大路さんの信じてを思うと、これ以上頑張る姿は見ていて痛々しい。
「大路さん、どうか無理をしないでください。少しくらい、僕を頼ってくださいよ……」
「ショタくん……」
大路さんは僕の名前を呟いたけど、それ以上は何も答えてくれなくて。向かい合ったまま沈黙が続く。
どうしてそう、一人で何でも抱え込もうとするんですか? そりゃあ、僕は弱いし、頼りないかもしれないけど、こんな時くらい支えてあげたいのに。
そんな僕達のすぐ横を、何も知らないグリ女の生徒や来場客が通りすぎて行き。ライブでもやっているのか、窓の外からは音楽が聞こえてきたけれど、それらは皆、どこか遠い世界の事に思えて。
僕達はじっと動かないまま、ただ静かに見つめあっていた……。
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