隣にいる、仲良さげなその人は……

 劇が始まるまで、まだまだ時間があるから、その間あちこちを見て回る。


 美術部の絵を見たり、吹奏楽部の演奏を聞いたり。

 聖子ちゃん達のクラスの、占いカフェにも行ってみた。生憎聖子ちゃんも大路さんもまだビラ配りに出ているみたいで、会うことはなかったけど、紅茶を飲んだらやってくれると言う、占いをしてもらった。


 占ってもらうのは、恋愛運。ただしこれは僕のではなくて、大路さんのだけどね。今日友達が、好きな人に告白しようとしているから、それを占ってほしいってお願いしてみた。


 対応してくれた先輩が、ニヤニヤ笑っていたのが気になるけど。友達の恋愛運、なんて言ったのがいけなかったのかな? 『友達の事』で始まる話は、相談している本人の話ってパターンが多いから、勘違いされてしまったみたい。


 とは言え、あなたのクラスの大路さんの事ですなんて言えるはずもなく、とりあえず占いの結果を聞いてみたけれど。返ってきた答えは。


「うーん、あんまり良くないみたいですねえ」


 との事。

 何でも、星の巡り合わせが悪いとか、それっぽい事を言っていたけど、確かこの占いって、スマホのアプリで占ってるんだよね? いったいどれくらい当てになるのだろう?


 不安になる結果だったけど、気にしていても始まらない。

 僕はきを取り直して占いカフェを出て、それから演劇部の人達と一緒に、衣装に着替えてからビラ配りもした。

 きっととにかく目立つことを優先したのだろう。皆さん劇で使う衣裳を着ながらビラ配りをしていて。そのノリで僕まで、半ば強制的に衣裳を着る事となった。

 ただその際……。


「ちょっと、どうして僕がお姫様の衣装なの? 男物の衣装だって、ちゃんとあるよね」

「別にいいじゃない。男が可愛いお姫様の格好をしている方がウケるでしょう。『乙木の姫君』なら、これを着ないでどうする!」


……そんな事になってしまって。

最初どうかと思ったけれど。やがて西本さんや大路さんも、ショタくんなら絶対に似合うなんて言ってきて。結局、お姫様の衣装を着せられてしまった。


 まあ、いいけどね。僕はもう、二度もグリ女の制服を着せられた身だし。

 文化祭と言うお祭りの空気の中でお姫様の衣装を着る事くらい、もはや何の躊躇も無くて、堂々とお姫様を演じてやった。


 集まってくれた人は僕が男だと知って驚いて、そして途中、悪ノリした大路さん演じる王子様が、僕に顎クイをしたりキスするフリをしたりもした。


 このパフォーマンスに、見ていた人は大いに沸いたけど。顎クイをされた僕の心臓は、実はバクバクだった。大路さん、僕が男だってこと、ちゃんと覚えています。男相手に、こう言う事をするのはどうかと……。

 けどそう言えば前にプリンを作りに家を訪れた時も、大路さんはためらう事無くラブシーンを演じていたっけ。


 それは果たして、演じるのに慣れているからできるのか、それとも僕の事を、男だと思っていないから躊躇いが無いのか。

 ついそんな事を考えてしまって、少しだけモヤっとしたけれど。皆でやったビラ配りは楽しくて、やって良かったって思えた。


 そして元の格好に戻って、聖子ちゃん達と別れた僕は、再び散策を続ける。


 それにしても、たくさんの催し物があって、全然飽きないや。来年乙木学園と合併したら、僕も迎える側になって、クラスで出店を出したり、展示会をやったりするのかなあ? 


 そんな風に、高校生になった自分を想像しながら、廊下を歩いていると。


「おーい、灰村ー!」

「ん? ああ、正人か」


 廊下の向こうで、正人が手を振っている。

 正人とも度々、文化祭や劇の話をしていたけど、どうやら見に来てくれたみたいだ。


「正人、来てくれたんだ」

「まあな。来年はうちと合併するって思うと、来たくなって。他にも乙木の生徒は、結構いるんじゃねーか?」

「皆考えることは同じなんだね。誰が来てるかなあ?」

「そうだなあ。さっき隣のクラスの奴らを何人か見かけたし……あ、それとさっき、川津先輩と会ったぜ」


 川津先輩! 

 その名前を聞いて、思わずドキッとしてしまう。


 良かった、ちゃんと来てくれたんだ。

 劇まではまだ時間があるから、それまでは僕や正人と同じように、他の出し物を見て周るのかな? 

 だったら、大路さんのクラスの占いカフェにも行ってくれたらいいのに。タイミングが良かったら、凛々しいウェイター服姿の大路さんが接客してくれる、なんて展開が待っているかもしれない。


「それで、川津先輩は今どこにいるの?」

「さあ、どこだろうな? 会ったのは一時間くらい前だったからなあ。あ、そう言えばカフェでお茶を飲むとか言っていたような……って、先輩になんか用でもあるのか?」

「いや、そう言うわけじゃないんだけどね」


 本当のことを言うわけにもいかず、適当に誤魔化しておく。

 だけど次の瞬間、僕は信じられない言葉を耳にする。


「何の用かは知らないけど、あんまり邪魔してやるなよ。何せ今日は彼女との初デートだからな」

「ああ、初デート…………え?」


 一瞬、正人が言っていることの意味が分からなかった。

 彼女? デート? どういうこと? だって、だって川津先輩は……。


「ちょ、ちょっと待って。何を言ってるの? 川津先輩、彼女はいないってこの前言ってたじゃない」

「ああ、そう言えばお前知らなかったっけ。あ、噂をすれば。こりゃあ続きは本人に聞いてみた方が早いな


 正人が目を向けた先に。廊下の向こうから歩いてくる、川津先輩の姿が見える。

 そしてそんな先輩と、仲良さそうに手を繋いでいる女子が一人。あの人は……バスケ部のマネージャーさん?


 それは前に、朝練に差し入れに行った時に見かけた、あのマネージャーさんだった。

 二人とも笑い合っていて、とても楽しそうだけど、僕はその様子を見て、きゅっと胸を締め付けられたような気持ちになる。


 そんな僕の心中なんて当然知らない先輩達は、こっちに気付いてやってくる。


「よう。灰村も、もう来てたのか?」

「は、はい。おはようございます、川津先輩……」


 動揺を必死に隠しながら、ぎこちないながらも何とか挨拶をする。

 すると川津先輩の隣にいたマネージャーさんが、僕に尋ねてきた。


「君、いつだったかバスケ部の見学に来てた子だよね。乙木の姫君って言われている、中等部の灰村くん!」

「ええと、そんな風に言っている人も、確かにいるみたいですけど……」

「やっぱり! ねえ灰村くん、川津君から聞いたんだけど、グリ女の王子様、大路さんが着る衣装を作ってあげたって本当?」


 目をキラキラ輝かせながら聞いてきたのは、予想外の質問。

 あまりの勢いに圧倒されてしまったけど、そんな彼女を川津先輩が宥めてくる。


「おいおい、そんな急に質問したんじゃ、灰村がビックリするだろ。ちゃんと自己紹介しておけよ」

「あ、そうだった、ごめんね。ええと、前に一度会った事があるんだけど……覚えているかな?」

「はい、さっき言ってた、バスケ部の見学に行った時の……確か、マネージャーさんでしたよね?」

「うん、高等部二年の、水森瞳。よろしくね」

「灰村翔太です。あの、水森先輩は、川津先輩と……」


 付き合っているんですか? そう聞きたかったけど、言葉が出てこない。

 躊躇ったところで結果が変わるわけじゃないって分かっているのに、聞くのが怖かった。だけど川津先輩の口から、否応なしに真実を聞かされる。


「そういや、灰村にはまだ言ってなかったな。俺達、付き合う事になったんだ。これで脱独り身だな」

「この間は部活が彼女だなんて言ってたのに、マネージャーさんと付き合うだなんて、羨ましいですよ先輩」

「そう言えばそんなこと話してたな。あの時はこうなるなんて、考えもしなかったなあ」


 正人と川津先輩は暢気な事を言っているけど、僕は頭の中が真っ白になっていた。


「川津先輩、いったいいつから、付き合い始めたんですか?」

「この前の月曜。部活終わりに、水森から話があるって言われて……」

「ちょっ、川津君! あの時の話は……」

「あ、悪い」


 慌てて止めに入ったのは水森先輩。

 その時どんなやり取りがあったのかは分からないけど、この様子だと多分告白したのは水森先輩の方。そして川津先輩はOKして、二人はつきあい始めたと言う事なのだろう。つい一週間前に……。


 照れた様子の水森先輩と、楽しそうに笑う川津先輩。その様子はとても仲良さげで、本当なら微笑ましく思うだろうけど、僕の心は凍り付いていた。


 けど、そうとは知らない正人が、こんなことを囁いてくる。


「お似合いだよな、あの二人。水森先輩から告白したんだけど、今じゃ川津先輩の方もゾッコンなんだぜ。いつもマネージャーを頑張ってる姿が、好きなんだとよ」


 確かに、前に見た時も水森先輩は頑張っていた。そして先輩のタイプは、頑張っている人。条件ピッタリじゃないか。


 けど……けどそれじゃあ、大路さんは? 

 川津先輩に告白しようって、意気込んでるのに。どうしてこんなタイミングで付き合ったりしたんですかって、思わず叫びたくなる。


 もちろん川津先輩も、水森先輩も悪くないって分かっているけど、それでも行き場の無い思いが溢れてくる。もしこの事を、大路さんが知ってしまったら……。


「あ、そうそう。さっきの話だけど、灰村くんって大路さんの衣装を作ってあげたんだよね」

「まあ、そうですけど……」

「それじゃあ、衣装を着て大路さんも、見た事あるの? どうだった? やっぱりカッコよかった?」

「はい、まあ……」


 大路さんの事で、なぜかやたらと質問してくる水森先輩。

 まさか大路さんが川津先輩のことを好きだって知ってて、探りを入れて来てるんじゃ……いや、水森先輩はにこやかに笑っていて、とてもそんな風には見えない。


 不思議に思っていると、川津先輩がその疑問に答えてくれる。


「水森は本当、大路の事になると人が変わるな。悪いな灰村、ビックリしただろ。実は水森、大路のファンでな。今日も劇を見られるって言うんで、楽しみにしてるんだ」

「いいじゃないファンでも。だって大路さん、カッコいいんだもの」


 彼氏の前でも、遠慮なくカッコいいなんて言ってくる水森先輩。

 それでも川津先輩が気を悪くした様子が無いのは、好きなアイドルを褒めているようなものだからだろうか? それとも、相手が女子だから気にならないのかもしれない。


 でも……でもね水森先輩。アナタが大好きなその大路さんは、アナタの彼氏の事を……。


「川津先輩、いいんスか? 彼女さん、何だか先輩よりも大路さんの方に夢中みたいっすけど」

「そ、そんな事無いよ。そりゃあ大路さんは好きだけど…… 一番は川津君だから

「大丈夫、分かってるって。それに俺も、相手が大路だったら仕方ないかって思うしな。ウェイター服着ている姿なんてスゲー様になってて、俺でも『おおっ』って思ったくらいだからなあ」


 だんだんと大路さんトークで盛り上がっていく先輩達。って、ちょっと待って。


「ウェイター服って。大路さんに会ったんですか⁉」

「ああ、さっき占いカフェって所に行って来たら、大路が接客やってた」

「それって……水森先輩も一緒に行ったんですよね」

「ああ、大路に頼んで、相性占いをやってもらってきた」

「―—————ッ」


 何と言う事だ。占いの結果がどうなったかは知らないけど、大路さんはどんな気持ちで、二人の事を占ったんだろう? 

 僕はいてもたってもいられなくなって、気づいた時には歩き出していた。


「おい灰村、どこに行くんだ?」

「ちょっと大路さんの所へ。衣装の事で言う事があったのを思い出したので」


 もちろん嘘だけど。

 大路さんは、川津先輩に彼女ができてしまったと言う事を、知ってしまったのだろうか? 

 背筋に流れるイヤな汗を感じつつも、僕は歩を進めていく。


「灰村ももちろん、劇見に行くんだよなー。後で体育館で会おうなー」


 川津先輩の声が背中に届いたけど、そもそもちゃんと劇ができればいいけど。

 もしも大路さんが全部を知ってしまっていたら、はたしてまともに劇なんてできるだろうか?


 最悪の事態を脳裏にちらつかせながら、僕はもう一度、大路さん達の教室へと向かうのだった。

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