第17話 シャルティエの賑わい
その街は城壁で囲まれていた。と言っても五十メートルもない。その高さはその十分の一のせいぜい五メートル程度。まぁ人間同士の戦争を想定していれば街の守りはこの程度に落ち着くはずだ。
老婆から受け取っていた地図によれば街は南北にかけて長く広がっており、その中央部付近には大きな川が流れているはずだ。街の北東部にはピラミッドと思しき建造物。この辺りまで来ると肉眼ではっきりとその存在を視認できる。空気が自動車や工場の排気ガスなどで汚染されていない影響などもあるかもしれない。
街の中央部には入り口を護る門番猫仮面兵士とは別に子供の姿があった。
「シャルティエにようこそ!旅の方!お水は要りませんか!」
「魚が泳げるくらい綺麗なお水ですよ!!」
どうやら水を売って小遣いを稼いでいる子供らしい。アイザワ達が子供が抱えるカメを覗くと確かに透き通った水の中に魚が泳いでいる。
「魚につく寄生虫が心配だな」
「逆に言えば浄水場がいらないくらい清潔な水が簡単に手に入るって事だろ」
アスクレビオスとアイザワは魚が泳ぐ水を見てそれぞれそんな感想を述べた。
「いやいや我らは罪人護送の任務ゆえ」
猫仮面戦士は子供の水売りをやんわりと断った。
「罪人?どんな罪なのこいつら」
と、こいつらとアイザワ達を指さした。
「我らの聖地を荒らしたのだ」
「ああ。またチキュウとかいう田舎から来た連中ですか。懲りない人達ですね。お仕事がんばってください」
そう言って子供は頭を下げる。
門をくぐり、エジプト的な石造りの都市にアイザワ達は入る。
ヨーロッパのような三角屋根の建物など存在せず、家屋は正方形の建物が多い。また、家の建築資材は日干し煉瓦を泥で接着し、表面に再び泥を塗って天日で固めた物だろう。降雨量が少ない地域なのでこれで十分にいける。
建築物の壁は概ね白色で統一されている。黒では日光を吸収して温度が上がってしまう為だろう。生活の知恵という奴だ。
この街ではヨーロッパの都市では頻繁に見かける教会のような建築物はまったくないようだ。
砂漠帯に属するこの地域では木材は高級品であり、すなわち窓ガラス代わりに木板で窓を造るのがステータスのはずだろう。玄関のドアは建築コストと冷房の兼ね合いにより布のカーテンとなる。
床板などなく、泥土の屋内に土足のまま上がる。木製の簡素なテーブルや丸い椅子は当然ながらすべて『高級品』である。貧乏な家庭なら石や泥レンガを積んでテーブルや椅子代わりにする事もあるだろう。
そういえばあそこで街の警備猫仮面戦士に縄でくくられ連れてかれて行く、この街に不釣り合いな(アイザワ達もそうなのだが)中世ヨーロッパ風の服を着た男がいるが、彼はもしかするとこの街の酒場で酔っぱらって高いテーブルや椅子をたくさん壊したのかもしれない。弁償金が支払えなくて連行されるのだ。
人々の服装は日差しを避ける為かターバン。あるいはヴェールをかぶり、上着にサンダル。比較的薄ぎなのは子供くらいだが、それも年齢が上がるに連れて大人同様厚着の服装へと変わっていく。素材は植物。動物由来の皮革。染色毛皮などだろう。もちろんアイザワ達が着用するような合成繊維などはまったく見受けられない。
あのモーニングスターを持った娘はどことなくこの地域の外から来たような。なんとなくヨーロッパ辺りから来たような教会のシスター風だ。彼女は貴方のような素晴らしい女性に是非息子の孫になって貰いたい、これは持参金だと言われ、大量の木製家具と、泥煉瓦の家と、おまけにラクダと思しき家畜を押し付けられている。地球の価値観に直すと高級家具と通りに面した新築一戸建てと仕事にも遊びにも使えるワンボックスカーを貰えるようなものだ。
貴金属類は比較的流通しているようだ。指輪やネックレス。宝石などを扱う店舗もある。盗難に用心して猫仮面戦士の駐屯所の傍に店を構え、さらに自前の用心棒まで雇う念の入りようだ。
そういえばあそこで街の警備猫仮面戦士に縄でくくられ連れてかれて行く、この街に不釣り合いな(アイザワ達もそうなのだが)中世ヨーロッパ風の服を着た男がいるが、彼はもしかすると宝石を盗もうとしていた男なのかもしれない。どうしてわかったんだ!いやいやお前今不自然なオメルの変動あったろう?駄目だよ屯所の前なのに盗みを働いちゃなどと猫仮面戦士に言われ連行されている。
買い物中の主婦。あるいはこれから何かを売りに行く男などが行きかっていく。インゲンマメ。ブドウ。ナツメヤシ。アーモンド。玉葱。きゅうり。魚類。鳥類。蜂蜜。魚は塩漬けや天日干しのもあれば水の入った器に入れられたものもある。鳥類もカゴに入れられ販売されている。動物も首に縄をつけられ生きたまま取引されている。おそらく冷蔵庫がないので腐敗を防ぐ為食べる直前に屠殺するのだろう。
厳密には地球のそれとは違うのかもしれないが食料は豊富なようだ。
「あー。あのラクダっぽい生き物に乗ってみたいなぁ」
「そうだな。観光に来るなら最高の場所だろうな」
そのラクダっぽい生き物は荷台に大量のガラス片を積んでいた。
「あの。そのガラス片どうするんですか?」
気になったので聞いてみる。
「え?なんだよあんたたち。リサイクルするにきまってるだろ。ガラス片の使い道なんて他にないだろ」
ガラス片を荷台に乗せた街の住人はそうアイザワに告げるととっとと行ってしまった。
猫仮面戦士達に連行されて街中を歩いていると突如として彼らが立ち止まった。
「止まれ」
「なんですか。ここ街の商店街みたいなところですよ?」
猫仮面の兵士達はアイザワ達を放っておいて道の前方に向かった。そこには沢山の麻袋らしき物体が転がっている。
「何があった?」
猫仮面の兵士は街の住人に質問する。
「これは獅子の戦士の皆さまっ!!」
「あれ。猫じゃなくてライオンなんだ・・・」
「実は小麦粉の袋を運んでいたところ、道の通りで荷車が転倒してしまったのです」
「なんだと!!小麦粉の袋がッ!!!」
「このままでは粉じん爆発が起こってしまうっ!!!」
「ああ。神の叡智によれば粉じん爆発は国を亡ぼす災いとなるというっ!!!」
「急いで小麦粉を安全な場所に移すんだっ!!!」
猫仮面の兵士達は小麦粉の袋を抱えると街の大通りから外れ、郊外にある倉庫街に向かって歩いていく。
「おい。今のうちに逃げた方がよくないか?」
「そうすね。縛らないですからね」
「さらに武器も取られてないしな」
そう。この惑星の住人達が言う、聖地を荒らしたという理由で連行されたアイザワ達は武器を取り上げられもせず、また手錠はおろか体を縄で縛られるような事もしていなかったのであるっ!!
先ほどから猫仮面戦士が連行する中世ヨーロッパに居そうな服装をした連中が逮捕される様子からして、犯罪者を取り締まらない。というわけではない。実際、アイザワ達もこうして連れていかれているはずなのだが。
それにしては破格の待遇ではないのか。銀の魔槍に至ってはラクダに似た騎乗動物に乗せれているではないか。果たしてこれが犯罪者に行う仕打ちなのか?
「すみません。このサンドラッサ、というのですか?どうすれば言う事を聞いてくれるのでしょう?上に載せた銀の魔槍を降ろしてくれませんし、先ほどより噴水の水を飲んでいるばかりで動いてくれないのですが??」
青の癒し手が引っ張っているラクダに似た動物。サンドラッサというらしい。その上に乗った銀の魔槍はピクリとも動かない。
「あの脱水症状の患者がいなければ逃走一択だな」
「ラクダ。サンドラッサか?が飲んでる噴水に放り込んだらどうだ?」
アイザワは我ながらナイスアイデアだと思っていたが。
「一緒に塩分を補給する必要がある」
アスクレビオスは却下した。
「塩ならすぐそこのお店で売ってるっすよ」
カーマインが言う通り、目の前の露店で塩を天秤ばかりで販売している。が、生憎とアイザワ達はこの街の通貨を所持していない。おそらくこの惑星ではカード決済は通用しないだろう。電子決済をして政府がポイント還元してくれるなんて到底思えない。
「御塩くださいな」
「海の塩かい。それとも山の塩かい」
「そりゃもう海の塩に決まってるだろ」
「いえいえ奥さんがあんまべっぴんだからお貴族の御婦人かと思ったんだよ」
「いやだよ。山の塩なんて使うのは神殿の神官様くらいなもんさ」
おばさんは塩をはかりに乗せられた同じ同じ重さの銅貨で支払った。
「おい。アスクレビオス。海の塩と山の塩って何だと思う?」
「海水から採れる塩と山間部から採掘される岩塩の事だろう。山から採れる塩の方が貴重でその分値段も高いんだろう」
「ああ。なるほどな」
まもなく小麦粉の袋を運び終えた猫仮面の兵士達が戻ってきた。
「待たせたな。逃げもせず待っているとは殊勝な連中だ。お前達には必ずや神の御慈悲があるであろう」
「それはありがたいですねー」
アイザワは猫仮面の戦士に素直にお礼を言うのである。珍しいものばかりで退屈はしなかった。あと一ヶ月くらいはこの街に逗留してもいいだろう。
一生強制労働の罰とかは御免被るが。
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