第9話ゴーゴル翻訳って凄いよね
「フラッシュグレネードみたいなものを使うとはなやるじゃないか」
ブリッジまで突入したアイザワ達は聖職者のような服を着た女の一撃で二人とも打倒されてしまった。その後援軍に来た大勢の異星人によって拘束されたのである。
アイザワ達はUSMイシヤマと異星人の船までの間の宇宙空間を『歩いて』移動させられている。小型連絡艇に乗せられているわけでもなく、チューブ状の航空機などに使われる登場口などを用いているわけでもない。本当に真空の宇宙空間であるはずの場所を歩いて移動しているのだ。
上にも横にも下にも満点の星空が広がる。言いかえればミルキーゲートの中を歩いているようなものである。
「ふむ。どうやら何らかのエネルギーを束ねて空気を帯状にして、このぶっ壊れたUSMイシヤマのあっちのエイリアンの船との間に通路を造っているらしいな」
「それだけじゃない。もっと重要な事がわかる」
「なんだ?」
「連中には俺達人間と同じ空気が必要な生命体だってことだ。そうでなければわざわざこんな技術を開発する必要はない」
「なるほど。それは大きな発見だ。たぶん毒ガスとかも有効そうだな」
アイザワとアスクレビオスは艦内にいた他の生存者二十三名と共に異星人の捕虜となり、護送されている。もちろんアイザワ達が医療カプセルに放り込んでいた重傷異星人三名も同行している。先ほどとは完全に立場が逆になってしまったわけである。周囲は異星人の兵士が取り囲んでおり、抵抗をしても脱出は困難だろう。
直系三メートルの見えない廻廊をアイザワ達は飛んでいく。酸素はあるがこの通路には重力はないらしい。
「重力制御ができるのはやはり宇宙船の中だけらしいな」
「ならそれに関しては地球と同レベルだ。まぁ真空の宇宙に放り出されないだけマシと考えよう」
アイザワはUSMイシヤマに目をやった。ハンガーデッキの辺りが派手に損傷している。
「爆発の形状からして内部。ビームじゃなくて火薬っぽいな」
「そこまでわかるか」
「ビームだと金属が溶融するからな」
アイザワは異星人側の船に目をやった。USMイシヤマより大型で滑らかな金属製の船体は明るい深緑色に輝いている。船体は滑らかな流線型をしており、魚類。あるいは女性的な質感をしている。地球の宇宙船の船体がブロックを繋ぎ合わせたような箱型の形状をしているのとは対照的だ。曲面にそって四本の突起物ががあるが。
「長大なのが主砲。短くて数が多いのが副レーザー砲だな。黄色い部分は艦載機か何かのハッチだろう」
「流石専門家だな」
アスクレビオスの専門は医療である。眼の前にいる女性型異星人の(それが地球人と同じ構造であるのであれば)出産経験の有無。バストサイズ。おおよその身長体重体脂肪率などを目測で測る程度の技量しか持ち合わせていない。医師として身に着けた能力であるはずなのにUSMイシヤマ内の女性乗組員には何故か不評だった。
「一応技術実習でアルテミスエレクトロニクスの造船工場で働いた事があるんでね。ただ、ミサイル砲門が見当たらないな。まぁ地球人とは技術が違うから何とも言えんが」
異星人の艦内に入ると予想通り人工重力が存在していた。内部はイシヤマのハンガーデッキくらいの広さで武装した女性兵士達が数百人は綺麗に並んでいる。
「大統領のような歓迎ぶりだな」
「大人しく連中の指示に従って歩くとしよう」
電力異常を起こしていたイシヤマ船内と違って異星人の船の内部は明るかった。船体の壁や床の構造物はピンク色の石材のようなもので構築されている。
「内部は若干少女趣味だな」
「今度来る時は花束を用意するとしよう」
「じゃあ俺はお人形さんにするぜ」
曲がりくねったハッチをいくつかくぐり、コーナーを曲がると巨大な扉が現れた。黒い扉は常に磨き上げられたように美しく輝いている。
「ここまで来るのに五百メートルくらい歩いたか?」
「いや。直線距離では三百メートルも歩いていないはずだ。それにコーナーをいくつか歩いて、隔壁のある扉がある。ということは。だ」
「ということは?」
「隔壁。つまり爆発する可能性があることでコーナーがあったってことはその部分を通路に直線できない何かが存在するってことだろう。この船の構造的に」
「ああ。動力系ね。技術が発達してもそこら辺は消滅できないらしいな」
「仮にこの異星人が地球人類よりも圧倒的に科学力が発達している。のであれば船内あちこちにテレポートで移動する装置でもありそうなものだ。が、そんなものは一つもみあたらないし、動く廊下だのエスカレーターだのエレベーターだの類もない。構造的に造れないなんらかの問題があるのかもしれない。ひょっとしたら内部からのダメージにはかなり弱い構造の船なのかもしれないな」
黒い扉の向こうには砂地の百メートルほどの広間があり、それを取り巻くように古代ローマの闘技場様な観客席が広がっていた。この後ここで何が行われるかは容易に想像できる。アリーナの上空にはピンク色の空に太陽らしきものが輝き、この部屋のみシナモンに似た香料の匂いが充満していた。
「なるほど。連中の母星の環境を再現しているのか」
「ラウンジで映画を見て過ごすのか。剣闘士の試合を見て過ごすのか違いだけだな。地球人とあんま変わらん」
アイザワ達は壁の一辺に整列させられた。その間にも座席に異星人の女たちがぞろぞろと入って座り始める。観客席に座るのはだいたいUSMイシヤマで遭遇した簡易宇宙服に似た服を着た女達だ。
何人か長衣の衣装を着た女が砂地の闘技場部分に現れ、黒光りする金属の棒を手にしてはそれを槍に変えては地面に突き刺し、あるいは剣に変え、または斧に変えて闘技場の真ん中辺りに刺していった。
「なるほど。完全な戦闘民族ではなく一応戦闘員と非戦闘員の区別があるようだな」
「それに何かを生産する為にはちゃんと原材料が必要なようだ。もちろんエネルギーもだろう。さて、こちらから先手を打ってやるとするか」
武器になりそうなもの。プラズマカッターやライトハンドガンは取り上げられてしまっている。今はブリッジで遭遇した聖職者風の服を着た女の手元にある。まぁ取り返そうと思えばいつでもできるが。
武器以外のもの。たとえば宇宙服は着たままだし、それに付随するマグネットブーツやマグネシスはもちろんそのままだ。武器にはならないがそれ以外のもの。たとえばアスクレビオスが持っている緊急エイドキットなどはそのままになっている。
そして。
「そろそろいいか?アイザワ」
「ああ。さっきから大勢の護送の兵士がいるし入り口にもたくさんの異星人がお出迎えしてくれたし今もこの闘技場の客席でさっきから『殺せ』だの『とっとと始めろ』だの『よかったまにあった』だの言ってるからな。AIの言語学習機能はバッチリだ」
そう言ってアイザワはモバイル端末のプログラムを起動させた。
「リンク完了。これでこの場にいる二十五人全員に連中の言葉が理解できるようになったぞ」
「もし一人でも生還者が出れば全人類が奴らの言葉を把握できるわけだな」
とりあえず軽くジャブでもかましてみるとしよう。アイザワは抜身の剣をぶら下げ、自分達を家畜のように追い立てていた金髪の異星人、医務室でバッテリーをぶつけて最初に倒した女である、に話しかけてみる事にした。
「よぉ綺麗な姉ちゃん。一緒に茶しばきにいかへんか?」
「おいアイザワ。今時そんな三百年前のナンパセリフで」
ぎんぱつのいせいじんはかたなをとりおとし、こしをぬかしてしまったっ!
こうかはばつぐんだっ!!!
「客人。いつの間に私達の言葉を学んだのですか?」
アイザワ達を打倒した司祭風の服を着た女が尋ねる。
「貴方方の言語だけでなく船内構造まで勉強させて頂きました。たとえば」
アイザワはわざと自動翻訳機能をカットした。
「すいません。実はこの自動翻訳機能を使用しているのですが貴方方の言語にうまく直せませんでした」
いいやり方だな。アスクレビオスは思った。言語はAIに学習させるサンプルが多ければ比較的短時間で把握できるがこの船の構造は無理だろう。だが、相手にはそんな事は知る道理もない。こちらとしても説明してやる理由もない。
「貴方方は私達に歓迎のパーティをしていただけるのですか?」
「そうです。パーティをします。晩御飯を食べた後、鍛冶屋が造った好きな武器を選び、私達の戦士と戦います。生き残った者だけを村が帰ります」
「晩御飯?」
「最後の晩餐って言いたかったんだろう」
「なるほど」
味方同士で殺し合いをしなくていいのは幾分気分が楽である。
司祭風の服の女はテーブルクロスのようなものを地面に置いた。
「貴方考える。好きな食べ物出ます」
「ほーん。じゃあコーラ」
アイザワがテーブルクロスに向かってコーラを要求すると、ガラスのコップに入ったコーラが出てきた。ただし氷は入っていない。口をつけて飲んでみる。
「アスクレビオス。飲んでみろ」
「・・・まぁ。コーラであることは間違いないな」
組成分析すればこれはコーラであることは間違いない。ただし炭酸が入っておらず、またまったく冷えていないのだ。マズい事この上ない。ビール、コーヒー、水なども試してみた。
「炭酸飲料系は駄目だな。コーヒー。紅茶類は単品なら可能。カフェオレやレモンティーは牛乳やレモンを別途要求して自作する必要がある」
「食べ物はどうだろう」
「じゃあフォアグラ」
単なる脂身の塊が出てきた。
「いや。ガチョウを太らせて喰うけこれはちょっと違うだろ」
「タバコ。クサフグ」
紙巻タバコとフグが出てきた。
「ニコチンとテトロドトキシンが手に入ったな。こんな凶悪な物を俺たちに使わせていいと思っているのだろうか?」
「こういう使い方をするとは思ってないんじゃないのか?」
「とりあえずコショウは出して全員に持たせた方がいいだろう。発煙弾代わりになる。奴らは人間同様酸素が必要な生物。つまり呼吸をするが、どうせ奴らはコショウを吸い込んだらどうなるかは知らんだろうし」
「あ、ボクいいこと思いついたんですけど!!」
並ばされていたイシヤマ船員の一人が口を挟む。
「なんだモブ水兵その一」
「小麦粉の袋とアルコール瓶。それに火をつけるものなんてどうですかねぇ?」
「完璧じゃないかそれ」
「よしモブ。お前名前なんて言う名前だ?」
「カーマインです!!」
「カーマイン。地球に帰ったら一杯奢ろう」
アイザワ達は食事を取るフリをして武器になりそうなものを次々とテーブルクロスから呼び出した。
「にしてもこのテーブルクロスどうなっているんですかねぇ?」
「別に驚く仕組みじゃない。宇宙船の空間転移装置と同じだ。それに食料の再転換装置を組み合わせただけの機能だろう。エネルギーはこの船の動力炉から。素材はこの船のどっかにオキアミやクロレラの養殖場があってそれを分解再構成してつかってるんだろうな」
「マジっすか?」
「ひょっとしたら技術研修でフロンティア7で見学してもらった有機分解プラントみたいなのがこの宇宙船に積んであるのか知れないけどなー。ちょっと前までこのハンバーガーそこの銀河の妖精ちゃんのお仲間だったかもしれないぜ?」
「ありうるな。わざわざUSMイシヤマで死んだ仲間の死体を回収していたから分解炉に放り込んだ直後の出来立てホヤホヤの奴なのかも知れない」
「えっ!じゃあこのリンゴあの女の子だったんですかっ!!!」
カーマインは芯まで齧っていたリンゴを慌てて吐き出した。
「お前なぁ。宇宙で仕事すんの初めてか?宇宙服には尿をろ過して飲料水に再利用する機能がついてるのが常識なんだぞ。これくらいでビビんなって」
「むしろ連中が俺達が全滅した地球人の肉で焼肉パーティでもするくらいの事は考える。が」
アスクレビオスは自分のグラタンの出来損ない。溶けたチーズの中から丸いマカロニではなくなぜか細長い中華麺が出てくる代物を食べながら別の事に注目していた。
「が?なんだよ?」
「観客席に子供がいない。成人女性のみだな」
「女しかいない種族だからじゃないですか?」
「そこだカーマイン。女性のみの種族で成人ばかりだ。多少の大きさの違いはあるが全員が乳房の膨らみある女性。生物学的に乳房があるのは地球では人間と牛くらいなもので、理由はそんなものはあっても体が重くなるだけで自然界で生き残るは不要だからだ」
「はぁ」
「彼女達が人為的に造られた種族ならば乳房なんて不要。にもかかわらず乳房はある。そして船内には成人女性ばかり。まぁこれはクローンを成人状態にまで育てる技術があるんだろうが、そうなるとますます乳房がある理由がなくなる」
「あ、赤ちゃんがいないとおっぱいをあげる意味がないですからね」
「そういうことだ」
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