第三話 この距離ならバリアは要らないな!!

 老婆は艦隊の修繕に着手した。

 五百隻あったはずの宇宙戦艦がいつの間にか中古の艦艇四百隻と数年前に建造されたばかりの新造艦四隻になっている気がするが気のせいだ。後で資源を採掘して九十隻ほど生産性に優れた廉価量産タイプの艦艇で帳尻合わせをしておけば上の方の連中も文句は言うまい。

 それ以前に。


「これ。そこの」


 艦長席から立ち上がった老婆はそのままブリッジ内のレーダー手に近づく。ちなみに要件は同じなので火器管制でも通信士でも操舵手でもかまわなかった。


「あ。これですか?宇宙艦隊戦を想定したシュミレーションプログラムでして。本来は艦艇指揮官様なので。いえ。もちろん訓練ですよ!!」


 最近。流行しているようだ。ようするに遊びである。


「そうではない。最大望遠でここじゃ」


 老婆は星系外周。氷結した固形惑星の近くに明滅する光点が一つ。あるのを指さした。

 自動で拡大。船体には、この時点には彼女達。ナラーリクには解読不明な文字でこのように書かれている。


『U.S.M イシヤマ』


「て、敵襲!!!!」


「たわけ。どうみても奴らの有効射程距離外じゃろう。まぁ全艦隊に発見と警戒を通達せよ」


「ど、どのように?」


「成すべく事は一つ。圧倒的戦力で我らが女王陛下の威光を全銀河に知らしめる。ただそれだけよ」


 老婆の。というか彼女の遺伝子サンプルからクローニングされた『孫娘達』で構成された家族は皆銀河に覇を唱える女王に仕えている。

 クローニングの際、例えば戦闘員なら力や生命力、技術職なら器用さ、頭脳職なら知力が高めになるように遺伝子の塩基配列を若干弄るが基本的に老婆の孫である事は間違いない。

 その中で優秀なものを選んで遺伝子を掛け合わせて再びクローニング。という具合である。

 血統主義ではあるが完全な実力主義なため地球人のように自分の身内で上層部を固めたり無能な連中が延々と政権を担ったりすることはない仕様である。


「了解しました!全艦、一斉射撃!!」


「了解!全艦、全砲門一斉射撃!!てっーーーー!!!!」


 お前らさっき有効射程外だって言ったじゃん。

 四百を超す艦艇から一斉に放たれた数千発のビーム砲弾が木星タイプガス惑星の重力に引かれて吸い込まれ、貴重な水素やヘリウム燃料の数パーセントを宇宙の塵に変えた後、


「そ、そんなっ!!?」


「我が方のビームすべて捻じ曲げられましたっ!!!」


「敵艦はビームを偏向させる防御システムを有していますっ!!!」


「たわけ。ただの自然現象じゃ」


 老婆はデータの分析結果を見ながら、相手の艦艇が戦闘艦ではなく。

 僅か一隻で。

 後ろの辺境田舎惑星に多数の地上部隊がいることに安堵していていた。



「総員第一種戦闘配置!繰り返す総員第一種戦闘配置!!」


 U.S.M イシヤマの船内にけたたましく警報が鳴り響く。

 同船は『民間』の資源採掘調査船である。

 『軍艦』ではない。

 建造から『62年』が経過しており、翌年には退役が決定している。これが最後の航海となるはずだ。

 この日。イシヤマは人類が居住可能な水と大気を含む惑星を含む六つの惑星を有する恒星を調査していた。乗員の一人であるアイザワ・クラクは修理保守点検作業員であり、この星系最外周部に位置する氷の惑星に降り立ち、氷を採取。補給任務を行う手はずになっていた。

 第六惑星の氷の大地の上にホバリングでゆっくりと着地。プラズマカッターで手ごろなサイズに切り取ったらイオン・キャッチャーで帯電させ、イシヤマのタンクに放り込む。飲料水及び水素・酸素への分離は機械任せでよい。


「というわけで俺は寝るわ」


 仕事を終えたアイザワは医務室のベッドに横になった。


「ならば自室で寝ろ。ここは医務室だ」


 アスクレビオスは眼鏡をしたままキーボードを操作している。


「カロウシって知っているか?何のために船医であるお前が乗っていると思っているだ。ちゃんと診察をしてくれ」


「非常事態らしいな。なんかビーム砲の雨が近くの木製型ガス惑星に直撃してる」


 アスクレビオスはモニターで外部情報を確認して状況を告げる。


「宇宙海賊か?異星人か?口から硫酸を吐いて人間の体内で増殖するエイリアンか?どのみち船が壊れないと俺の出番はないな」


「まぁあのビーム砲の感じからして喰らえば轟沈だろうな」


「じゃあここにある簡易宇宙服も無駄になるのか?」


「一応着ておけ。決まりだからな」


 アスクレビオスもまた、その場から動かないことを選択した。彼のUSMイシヤマでの職務は船医である。長距離ビーム砲の直撃で一撃ともなればひとたまりもなかろうが、そうでない場合もあるだろう。たとえば海賊のようなものが戦闘員を送り込み、イシヤマ船内での戦闘に発展した場合だ。

 その場合は当然乗組員に負傷者が出るであろうから治療できるものが必要だ。そしてアスクレビオスは医師なのだ。ならば彼の平時の職場であるこの医務室に留まっていた方がよい。

 結局アイザワ達は医務室に留まったままそのまま悠久の宇宙の時間にその運命を任せる事にした。それが最善の判断とも知らずに。

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