11

 ナイトオウルは夜を切り裂いて飛んでいる。

 きっと、これが最後の任務になるだろうな、と僕は思った。


 人類が滅びることはなかった。僕は凜を止め、アメリカ軍と、他のWHOの調査官は、ヘカトンケイルを抑え、それから幻想教団の上層部の身柄を拘束することにも成功した。その上層部が何をしていたかというと、要は自殺の扇動であり、それらを止めたことと、軍や政府内部に食い込んでいた信者たちを排除し、システムを掌握仕返し、凜も昔、食らったことのある人体に対するセーフティの復旧に成功したことで、世界の一大ムーブメンドであった自殺に歯止めをかけることができた。WHOによると世界の総人口は、そうなる前の9割ほどに減ったしまったようだが、とにかく人類は滅びを乗り越えることができた。そしてそれは喜ぶべきことなのだろう。

 僕個人のことはというと、今のところどこからもお咎めを食らってはいない。僕がしたことは、最高評議会に対する命令違反に当たるわけだが、その最高評議会のメンバーは全滅してしまっているし、結局、僕が凛を止めて、人類は何も変わらずに済んだわけなので、そこんところをどう判断を下せば良いか分かる人がいないのだ。処分は保留ということになっている。

 色々と軍やWHOへの報告が終わった後、ようやくゆかりちゃんと会うこともできた。彼女には、とりあえず世界の脅威は去ったことと、凛をこの手で殺したことを説明した。

 プライベートだったが、フラメルさんがついてきてくれて、凛を殺したのは自身の命令でもあったことと、人類を救うには仕方のないことだったということを説明してくれた。ゆかりちゃんも、凛の脳波を感じ取ったし、僕らが凛を追っていたことは知っていたので、納得はしていたようだが、それでも、当たり前だが、ショックは相当大きかったようで、僕らは自然と、以前と同じ関係ではいられなくなっていった。彼女から連絡が来ることは無くなって、僕も西澤家の執事の人から、それとなく、今後は彼女に連絡を取らないように、というようなことを言われた。

 こうして僕は一人ぼっちになってしまったわけである。

 ウィーランドをはじめとして、かつての同僚たちもほとんどが殉職かMIAになってしまったし、僕が出張るような任務もないしで、僕は全くやることがなかった。ただ、カウンセリングを受けたり、家で映画やスポーツ番組を見ていた。

事件が起こったのは、そんな矢先だった。


 小会議室には、僕を含めて6人の人がいた。呼ばれたのは僕を含めて4人。みんなWHOの調査官だ。といっても、他の3人の事は顔を見たことがあるなという程度の認識だった。呼びつけたのはフラメルさんと、もう1人は知らない人だ。フラメルさんとは最近しょっちゅう一緒にいるな、と思った。

 物々しい雰囲気だった。つまりそれは、この集まりが作戦行動に関するものだということだ。ついこの間、幻想教団イルミナティのことが終わったばかりだというのに、もう犯罪者たちは活動を再開したというのだろうか。あるいは、残党が蜂起でもしたのだろうか。

 本心ではそんなことはどうでも良かった。僕はワクワクしていた。任務に出たかった。闘いを求めていた。暇で暇でうんざりしていたのと、ゆかりちゃんにフラれたので荒んでいた心のフラストレーションを晴らせると思ったからだ。

 しかし、それの他にもう一つの感情を僕は認めなければならない。そして、それこそが僕の心の大部分を占めていることも。

 僕はきっと、いや確実に、力を行使したいと思っている。生きている人間をハックして、意のままに操りたいと考えている。

 この力を持っているのは、この世界で僕だけだ。僕だけが、他を超越して、ブッチギリの力を持っている。その事実が僕を狂わそうとしている。

それとももう既に、狂っているのか。

 

 「薄々感づいていると思うが…今日君たちに集まってもらったのは、他でもない、作戦行動へ従事してもらうためだ」

 フラメルさんが立って説明を開始する。僕を含め、4人はWHOの現場調査官だ。僕以外の3人は、いっしょに仕事をしたことはないが、見たことはある奴らだ。僕ら4人でチームを組んで、仕事をするという事だろう。全員が神妙な顔で説明を聞いていた。内心を隠しているのはおそらく僕だけだろう。

 「単刀直入に言おう。西澤財閥の令嬢がテロ組織に拉致された」

 「えっ」

 思わず声が漏れた。

 「結城、知らなかったのか。お前は知っていると思っていた」

  僕は何故か気まずい感じがして、フラメルさんから視線を外す。

 「まあその、別れたもので」

 あまりおおっぴらに言いたくないことではあった。ていうか、フラメルさんは一緒に行ったのに、その場の雰囲気で何となく分からんかったんか。

 「そうか…。作戦について詳しい話は、彼女から。エミリー・ダンヴァース。CIAの職員だ」

 フラメルさんの隣に座っていた、美人の女の人が立ち上がって、フラメルさんと入れ替わった。

 「CIA情報資源部1課所属、ダンヴァースです。皆さん、よろしくお願いいたします」

 僕ら4人のプライベートチャットに、美人だ、だの、金髪がたまらん、だのと言ったテキストが並んだ。現場に出張るメンバーの間で、こういった下世話な話は珍しくない。さっきの神妙な雰囲気はどこに行ったんだという感じではあるが…まあ、事実、美人なので仕方のないところはあるか。フラれたばかりの僕は会話に加わる気にはなれなかったが。

 「事件は12時間前に発生しました。何者かが西澤家の令嬢、西澤ゆかり氏を大学からの帰宅途中に拉致。護衛が3人ついていましたが、全員殺害されました。その時の映像が出ます」

 眼前に映像が表示される。街中の監視カメラの映像だ。全く同じ車種の、6台の黒いバンが、ゆかりちゃんを囲み、1分もしないうちにゆかりちゃんをさらい去っていった。車がカメラに死角を作り出すように動いており、どの車に彼女がいるか分からなくなっている。相当手慣れた連中だ。

 「6台の車は、その後すべて別々の空港に向かい、さらに別々の目的地へと飛行機で発ちました。追跡を免れるためでしょう。いかし、1時間前にWHO宛に声明を発表してきました」

 「へえ。目的地についたら隠す必要もないってわけか。どんな声明なんです?

 「金です。西澤ゆかり氏を解放して欲しくば身代金を払えと」

 それはそれは。分かりやすくて結構な話だと思った。

 「相手が何者かは分からないのか?映像から身元を割り出して、データベースの参照は?」

 僕の左隣の調査官が聞いた。それは僕も気になるところではあるが、彼女から説明が無いという事は、決まり切ったことだろう。

 「それも試みましたが、データは全て抹消されていました」

 まあ、そういうことだ。

 僕らの信頼していたセキュリティは、呆気ないほど簡単に騙せるものだった。僕らを囲んでいるものが、藁の檻だと気づいた者から変わっていくことを選ぶ。

 僕たちはどうだろうか。WHOの調査官達は、多くを知って、変わらずにいられるだろうか。

 「ですが、声明文の中に身元を自称している部分がありました」

 「親切ですね。なんて名乗ってるんですか?」

 「曰く、彼らは東欧出身の民族で、神のしもべを自称しています」


 東欧までは遠い。ナイトオウルは窓が無いから、僕はここ最近、自分の人生の振り返りばかりしている。

 ブリーフィングが終わって、僕らはすぐに東欧へ向かうことになった。その民族の、かつて聖地として崇めていた場所。凜もかつて訪れたであろう場所。誘拐犯はそこにいる可能性が高いようだった。

 西澤財閥はテロには屈しなかった。それで僕らに身代金の輸送ではない作戦が回ってきた。この事は、WHO内で箝口令が敷かれているし、声明文はうちにしか届いてないので、ニュースにも全く上がっていない。

 僕らの目的は、誘拐犯を襲撃して、24時間以内にゆかりちゃんを無事に連れて帰ってくることだ。

 「テストテスト。聞こえるかしら、結城隊員?」

 ダンヴァース調査官の声が聞こえる。プライベート通信だ。問題ないですよ、と答えた。

 「了解。問題なし、と...。目的地まであと3時間ほどだけど、調子はどうかしら?」

 これは、このまま雑談に移るという事なのだろうか。暇だったので僕としては願ってもない展開だ。歴史の講釈も、無ければ無いで寂しいものだった。

 「調子ですか…普通ですよ。いつもと変わらない」

 「そう?何かこう、滾ってくるものはないのかしら?もしかしたらヨリを戻せるかもしれないのに」

 「...戻したいように見えますかね」

 「ええ。とても。あなたはなんだか、甘えん坊の顔をしているもの」

 甘えん坊か…きっとそうなんだろうな。

 「そうですか…僕ら会ったばかりですけど、ちょっと気安過ぎないですかね」

 「あら。気に障ったらごめんなさいね。あなたが一番年が近くて、話しやすかったから、つい」

 僕は尻に敷かれる性質のようだ。

 「それじゃあ、僕の方も聞きたいんですが…どうして今回の件はCIAが関わってるんですか?こういう事件は、大体軍にいくでしょう」

 「なんだ。てっきり、彼氏はいるんですか、とか聞かれると思ったのに。真面目なのね。良いことだわ、結城隊員」

 それはどうも。

 「単純な話よ。アメリカ軍は人手が足りない。相当な数の信者が、それも上層部に居たわけだから、指揮系統も無茶苦茶。裁判とかもしないといけないし。しばらくは対テロの作戦とかはできないでしょうね」

 「そんなものですか。WHOも似た感じなのかな」

 最高評議会の決定を無視したことに関する僕の裁判もまだだ。ひょっとしたら、既に、勝手に行われていたかもしれない。

 「軍ほど信者はいないってことでしょうね。後は、パワーバランスの事もあるでしょう。軍に大きな顔をさせてばかりでは、シビリアンコントロールが危ぶまれる。ヘカトンケイルも結構問題になってるみたいよ。あれ、大統領は知らなかったみたいだから。CIAは大統領直属の組織だから、こうしてお鉢が回って来た。別に今までも仕事はしていたんだけどね」

 「その割に、僕らWHOに仕事を頼んでますけど」

 「まあ、その辺は...うちは、最近国外の仕事の経験があまり無くて...パラミリも最近はあまり機能してなくてね。サイコドライバーはみんなWHOか軍が取っちゃうし。結城君、どう?この仕事終わったらCIAに」

 「考えておきますよ」


 作戦の時間が近づく。今回は、というか、今回もエアボーンからの奇襲作戦だ。僕らはナイトオウルから投下され、ダイレクトに作戦行動に移る。兵站の維持は秒単位で金がかかる。すぐに終わる作戦が好まれた。

 僕ら4人は、イントルーダーポッドに入る。真っ黒な棺桶みたいなこの装置は、3m位の大きさで僕らをすっぽりと包み、FRPと人工筋肉でできたその躯体は、滑らかにその形を変え、空気抵抗と着地の衝撃を上手に殺し、パラシュートなしで僕らを地上に届ける。これもアメリカ軍とWHOの共同開発でできた最新鋭の代物だ。

 もう少しで予定投下ポイントだった。バトラーはいつもの調子で、現地の天気や僕のバイタルその他をチェックしている。

 「すぐに降下だ。アベンジャーズ、土産話を頼むぞ」

 そう言ってパイロットが軽口を叩いたすぐ後、けたたましい音が機内に鳴り響いた。

 ミサイルアラートだ。地上から対空ミサイルのレーダー照射を受けている

 「地上から狙われてるぞ!」

通信越しに誰かが叫ぶ。一度ポッドに入ってしまうと、僕らは外を見ることはできない。

 「馬鹿な!成層圏ギリギリを飛んでるんだぞ!」

パイロットが叫び返す。ステルス機のパイロットは地上からロックオンされるという事態になれていない。

 「それを落とせるミサイルってことだ。軍かWHOが噛んでるな。ハッチを開放してくれ」僕はパイロットにそう伝える。

 「何を…!地上に見つかってるんだぞ!」

 アラートの音が一段と激しくなった。ミサイルが放たれたようだ。

 「このまま待っててもお陀仏だ。頼むよ。リリースボタンを押すだけだ」

 「そんな...サイコドライバーで何とかできないのか!?」

 「無茶言うな。何も見えないし、短SAMは1分以内に着弾する」

 「クソっ!引きつけて躱す!」

 仕方がない。無理やり出るとするか

 わざわざハックせずとも、システムの命令系統への優先順位は、パイロットのそれよりも、僕らの方が高くできている。それを使ってハッチをあける。

 視覚デバイスにオーダーが流れる。優先権オーバライドが発動されました。投下します。ツー。ワン。マーク。

 空へと投げ出された。ポッドに入ると、オフラインになるし、外の様子は見えなかったが、轟音と振動が感じられたので、恐らくミサイルはナイトオウルに命中しただろう。

 僕は落下し続けている。予定外の行動だったがポッドのAIは素早く再計算を行い。スラスターと躯体の制御を駆使して、最適な投下ポイントへと僕を誘ってくれる。ナイトオウルを狙えるやつらが相手だ。撃墜の心配も少しあったが、この大きさでこの速度のものを堕とせる兵器はまだ無いだろう。それより、着地点を見られる方が心配だった。

 僕以外の隊員はどうなっただろうか。みんな死んでいたらどうしようか。関係ないか。どうせ1人でもできる任務だ。彼らの名前すら僕は覚えていなかったのに。

 WHOの調査官は永遠にテロ組織を追い続ける。欠員が出てもすぐに補充される。サイクルは永遠に続く。昔からそうだ。これからも変わらない。何が起きても変わらない。起こらなくても変わらない。

 一刻も早くゆかりちゃんを助けよう。今はそのことにだけ全力を尽くそう。落ちていくポッドの中で、僕は再びそう誓った。

 甘えん坊の顔をしている。間違いないな。と僕は思った。


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