12

 ポッドは問題なく着陸タッチダウンに成功した。人工筋肉はしなやかに衝撃を受け流し、僕はほとんど振動を感じすらしなかった。僕は棺桶から這い出る。ポッドは既に仕事を終え、僕が入っていたとは思えないほどのサイズまで縮んでいた。

 どうやら森林の近くに降りたようだ。夜なので辺りも暗く、これなら容易く身を隠すことができる。僕が帰投RTBを命じると、リュックサックサイズまで縮んだポッドが、一目散に森林から飛び立っていった。

少しだけ待つことにした。ポッドから出たが、僕は依然オフライン状態にあった。結局、誰も来ることはなかったので、僕はやっぱり1人で作戦を実行しなければならない。

 目的地は巨大な屋敷だった。かつては大富豪の別荘として使われていたが、今は誰も住んでいない。テロリストはその廃墟を占拠して、ゆかりちゃんを人質に立てこもっている。東欧というと、以前の作戦を思い出す。あの時も、僕はほとんど一人で戦った

 僕が座り込むと、装備が勝手に偽装迷彩を作り始める。僕が来ているアーマーは、これも当然ナノマシンが使われている装備で、周りの景色に合わせて、ナノマシンが自動で迷彩のパターンを作り上げる。フェイスカムが、汗のテカリや顔の陰影を目立たなくする。僕が持ってるアサルトライフルも同様だ。これらは最新の技術が使われていると言える。イントルーダーポッドも、僕らを運んできたナイトオウルも、それを撃ち落としたミサイルも。

 最前線で闘う貧困の兵士たちが、命を賭して1人か2人の、他の命を奪っている間に、最新兵器を持つ者たちは、空調の聞いたオフィスで、コーヒーを飲みながら、スイッチを1つ押すだけで、何千もの命を奪い、何億もの大金を手にする。僕らはまだマシな方だ。場末のPMCの兵士たちは、闘うたびに借金を増やし、命を落とし脱落するまで、永遠に戦い続けることを余儀なくされる。彼らの命は彼らのつけている装備よりもはるかに安い。人の命を奪うには、人の行動が必要になる。ヒューマン・イン・ザ・ループ。行為自体は同じはずなのに、生み出される価値にはとてつもない差がある。そしてその差は永遠に埋まることは無い。それらの営みは永遠に続いていく。意志が介入することはなく、永遠に、永遠に、永遠に。

 歪なのは争いの方かもしれない。この世界なのかもしれない。僕が貧困地域の生まれだったら、この歪を直すために行動しただろうか。

 僕はこの力を抱いて、何のために生きていくべきなのだろうか。


 ポッドの中で、ゆかりちゃんの事しか考えないでおこうと思ったのに。僕はもう一度気合を入れなおした。

 風を読む。肌がピリピリと緊張している。行ける。

 僕は行動を開始した。


 森を抜けると、別荘は湖畔にたたずんでいた。隠された森林の先に、湖と聳え立つ巨大な屋敷、真上に輝く月。まるで絵画に描かれたような景色だった。

 月に照らされないように動いた。足音などの反響音を頼りに、バトラーがマッピングを行っていく。当然だが、僕一人の装備ではテロリストを全滅などは到底できない。

 湖を周回するようにして屋敷の裏手に回っていく。屋敷に近づくにつれ、マップ上のテロリストの数が増えていく。バトラーは予想される彼らの視野の範囲も示してくれているので、スニーキングもやってやれないことは無い。

 屋敷の裏の、窓のそばの壁に張り付く。ゆっくりと呼吸をする。マップを頼りに、進入のタイミングを計る。ゆっくりと深呼吸をする。廊下に兵士が1人やってくる。巡回を行っている。兵士が僕の居る位置の窓を通り過ぎる。僕は窓から屋敷内へと侵入する。特殊な素材でできた靴が僕の足音を吸収し、兵士は僕の進入に全く気付くことはない。

 僕は兵士の背中を見る。

 僕は兵士の意識の中に飛び込んだ。1秒にも満たない時間で、僕は自分へと帰ってくる。それで十分だった。この屋敷の地図、他の兵士の配置、そしてゆかりちゃんがどこにいるか。この兵士の知る情報をすべて吸い上げた。彼はぼーっと突っ立ったままだ。何にも気づくことはない。僕は彼の前を堂々と通り過ぎ、目的地へと向かっていく。

 それからは、銃で殺したり、ナイフで殺したり、ハックしてから殺したりしながら彼女のとらわれている部屋を目指した。

 テロリストは全員、浅黒い肌をした貧困地域の出身だった。


 ドアは開いていた。この先の部屋の、さらに奥の部屋に彼女はとらわれている。広い部屋で、ホテルのスイートルームのような間取りになっており、ダイニングの先の寝室に彼女はいる。

 僕はドアから体を滑り込ませた。部屋の中は明かりがついておらず真っ暗で、開いた窓から吹く風でかすかに揺れるカーテンの音だけが部屋の中にはあった。その先の、寝室にへとつながる扉は1つしかなく、そこが唯一の侵入経路だった。

この先にゆかりちゃんがいる。そして見張り役もいる。選択肢はなかった。僕はサイドアームの拳銃を右手に握り、意を決して左手でドアを開けた。


 「やはりと言うべきか…まだ生きていたようだな。結城陸人」

 男の声には聞き覚えがあった。顔にも見覚えがあった。

 「ウィーランド。それはこっちのセリフだ」

 ドアを開けた先、ベッドの前に死んだはずのウィーランドとゆかりちゃんがいた。ゆかりちゃんは椅子に座らされていて、ウィーランドはその傍らに立っていて、彼女のこめかみに拳銃の銃口を向けている。

 「あ…り…」

 ゆかりちゃんはかわいそうに恐怖で泣いていた。怒りがこみあげてくるのを感じた。

 「撃つなよ。この距離だ。撃たれたらショックで引鉄を引いてしまうかもしれない」

 口の端を少しだけ上げ、にやりと笑った。不愉快なしぐさだ。今までに見せた事の無い。

 2人は大きな窓を背にしている。大きく輝く月が、照明のついていないこの部屋を照らし、逆光を作り出し、2人の顔に影を落としている。本来ならば。ナノマシンが勝手に視覚補正を入れて、部屋の中を、彼らの顔をクッキリと見えるようにしているから、今はそれが腹立たしかった。

 「ナイトオウルが撃墜されたから、うちが関わってると思ってたが、アンタだとは思わなかった。どうやって日本から生きて脱出できたんだ?」

僕とウィーランドは、お互いに銃を突き付けている状況だった。通常ならば、二進も三進もいかない状況というやつだが、僕にとっては虚仮でしかない。しかし、ウィーランドがどうやってこの状況を作り上げたのかは興味があった。

 「簡単な話だ。クニワキもオカモトもグルだったんだよ。死んだふりして脱出したんだ。あそこはお前だけ死ぬ予定だったんだがな。つーかお前、3回も殺そうとしたんだが、全部生き残りやがって」

 そりゃ驚いた。直近で3回というと心当たりがある。答え合わせといこう。

 「東欧の...森でPMCと戦った時と、日本と、さっきのミサイルか?」

 「ご名答。お前は生き残るし、幻想教団イルミナティなんてのは出てくるし、イレギュラーばっかりの計画になっちまった。まあそっちはお前が何とかしてくれたから、結果オーライってところかなだがな」

 「お前のためにやった訳じゃない。ムカつくこと言いやがって」

 「怒るなよ。お前と話せるのも最後だ。全部教えてやるよ」

 そらきた。

 「いいだろう。どんな戯言を吹くか楽しみだ」

 「そうこなくちゃな...。まずは、声明にも出した通り俺は橘凜と同じ人種だ。元をたどれば、だがな。俺を流れる血の殆どはアメリカ人の血だ。俺のルーツはほとんど淘汰されかかってると言ってもいい。お前たち日本人と似たようなもんだ」

 ゆかりちゃんの方を少し見る。彼女は少しだけ落ち着いて、彼の話を聞く余裕はあるようだった。

 「橘は使命に準じたようだが、俺の場合は少し違う。もっと原始的な...野蛮な目的さ。俺は、俺達の民族の絶滅を避けたいんだ。そのために金が要る。いや、本当は違うな。金は副次的なものに過ぎない。あればもう少し先に進めるだけだ」

 「絶滅は避けられない。お前がどう頑張ろうと、血は薄くなって、いつかは無くなっていく。もう止められない。それは僕たち日本人も同じだ」

 「違うな。前に言っただろ?数が無くなることは、本当の絶滅じゃない。真の絶滅とは、歴史から、すべての人々の記憶と記録から忘れ去られることだ。文化や歴史、出来事が継承されていくうちには、存在することができるんだよ。だから行動を起こした。歴史に残ろうと、アメリカに喧嘩を売った。その行動が善かろうが悪かろうがどっちでも良かったんだ」

 「ふざけるなよ。じゃあ僕と一緒に幻想教団イルミナティを止めりゃあ済んだ話じゃないか。凜が死んだ時点でもう止まっても良かった」

 「分かってないな。自分たちのために行動したというところが重要なんだ。橘は人類全体の話をした。アメリカや他の主要国が騒いだのは自分たちがマジョリティだからだ。俺達はそんなところにはいない。席自体が無いんだ。何人自殺しようが、俺たちの未来には関係ない。そしてそれを解決しようとな。そしてそういった人種やグループは俺達だけじゃない。ごまんといる。この世界には、俺たちのような存在もいる。これは叫びだ」

 「笑わせるな。どんなお題目を並べようとお前のやってることはただのテロリズムだ。それも小規模のな。駄々をこねれば、アメリカがかまってくれるとでも思ったか?」

 「アメリカなんてどうだっていいんだ。俺もお前も孤独なんだ。だから俺は民族のために行動を起こした。そこに安寧を求めてな。他の事を気にかけたことなんてかけらもない。お前は日本人なうえにサイコドライバーだ。恐らくはそれ故に、お前はアメリカにこれっぽちも帰属意識を感じていない。この社会に、と言ってもいい。お前といっしょに闘ってきたからわかる。お前は自分のために力を行使して闘ってきた。そこに所謂、社会的規範は存在しないはずだ。俺と同じだよ。わかるだろ?」

 「わからないよ。お前が何を感じたかなんて言葉で言われても、これっぽっちも理解できない。僕にわかるのは事実だけだ。お前は金欲しさに女の子を攫った、卑怯者のクソ野郎だ」

 「彼女を攫ったことは、まあ謝るよ。元々攫うつもりはなかった。日本でゾンビが大量生産されていることをリークして、経済の混乱を狙う算段だった。人工筋肉を使った産業は、ほとんど西澤グループの支配下にあるからな。それで色々資金を作ったり、名を売ったりするはずが、あの教団に先を越されちまった。この娘を拉致することは、失敗したときのバックアップだった。お前を殺そうとしたのは、そのバックアップのために、邪魔になりそうだったからだ。他に話すことは、そうだな、フラメルさんもグルだ。だからお前の行動もわかったし、お前が幻想教団イルミナティを止めるように仕向けることもできた。あのおばさんの目的は知らんがな」

 少しショックだ。フラメルさんは親切にしてくれたと思っていたから。

 「裏切り者ばっかりか。WHOもとんだ組織だな。」

 「WHOだけじゃないさ。世界中どんな組織を見ても、その組織のために戦ってるやつなんかこれっぽっちもいない。お前もいずれ分かるようになる。俺たちみたいな存在はこの世界で究極的に孤独だ。だから自分たち自身に安息を求めるようになる。自分たち自身にのみ、力をささげたくなる。強い力を持ってるなら、尚更だ。スティーブン博士も言ってただろう。自分にとっての選択をする時が来ると。俺はこれを選んだんだ。」

 彼の目には迷いがない。自分の行動を、意志を信じている。

 意志から出た行動だと信じ込んでいる。

 「…違うさ。焦燥感を覚えただけだ。何かをなさなければ、一山いくらで命を使いつぶされるPMC達と同じだと思い込んで、選択をした気になってるだけだ。本当に民族の事を思っているなら、道はほかに幾らでもあった。結局お前は力に飲まれて、最も簡単なテロリズムという道に逃げたんだ。力を持っているなら、目標を見つけたなら、闘わなければならなかったんだ。これは闘いなんかじゃない。お前は民族の事なんかこれっぽっちも顧みちゃいない。自分の空虚さを満たすためだけに行動して、それを未来のためだと言い訳をしているだけに過ぎない」

 お前は凜にはなれない。

 「それを決めるのはお前じゃない。俺はここでお前と闘って。お前を殺して先に進む」

 沈黙が訪れる。話はここまでということだろう。そして僕らは殺しあう。彼はそう思っている。

 そうじゃない。そうじゃないんだよ。ウィーランド。

 「…ウィーランド。僕は君と殺し合いをしに来たんじゃない。殺しに来たんだ。一方的に」

 「は?」

 ハックは一瞬だけ。彼の意識をどっかに飛ばして、それで、彼を蹴っ飛ばして転がした。弾を使うのは、脱出のことを考えるともったいないから、締め殺すことにした。

 後のことは、言うまでもない。


 ウィーランドは、これで終わった。

 椅子の後ろに回って彼女の拘束をほどいた。彼女は相当不安だったようで、自由になった途端、僕に抱き着いてきた。

 「大丈夫。もう大丈夫だ。助けに来たから」

 僕は彼女にそう言い聞かせながら、しっかりと彼女を抱きしめた。彼女の体温を確かに感じた。

 ここまでは大したことなかった。問題はここから先だった。ゆかりちゃんを連れて、ここから無事に脱出する必要がある。それは一人の時とは比べものにならないくらい難しいことだ。

 「ここから帰ろう。ゆかりちゃん。手を握って、離さないで」

 「うん…」

 右手に拳銃を持って、左手で彼女の右手をしっかりと握って、歩き出す。

 廊下につながるドアの前、外に出る前に彼女にしっかりと伝えておくことにした。そうする必要があると思ったから。

 「ゆかりちゃん。これから外に出る。僕が手を引くから、付いてくるだけで良い。けど———」

 彼女の目を見る。彼女も僕を不安そうに見つめていた。

 「———僕は人を殺す。少なくとも4,5人は殺すと思う。そうしないと殺されるから。でも、それを見るのはとても怖いことだ。だから目を瞑って、良いというまで決してあけないでくれ。いいね?」

 ゆかりちゃんが頷く。僕は右手の親指で、彼女の目元に溜まった涙を拭って、微笑みかけた。

 動き始めることにした。


 僕達は屍の上に立っている。

 僕らの世界にはびこっている人工筋肉は、僕らが生み出した死体から作られたものだった。それを知る人間は少ししかいない。日本にいた者たち、日本を訪れた者たち、僕や、凜や、ウィーランド。そして、WHOの上層部の、恐らくほんの一握りの人々。僕は、僕の見たことの報告を行ったが、WHOはそのことをまだ大衆に公表はしていない。

 凜はそのことを認識していた。だから、か弱い人類がその事実に気づく前に、彼女なりの方法で救おうとしていた。

 僕も屍の山を築いてきた。

 WHOの任務には、戦闘行動も含まれる。死のリスク、そして生き残った後のリスクも織り込み済みであることを証明する誓約を入隊時に行った。その行為そのものは非常にあっさりとしたものだった。ただ個人情報を照会して、用意された文を読むだけ。殺しの準備はそれだけで完了した。

 軽いのは、殺しそのものもだった。僕は今までおそらく数十人の人間を殺してきた。けれど、僕がためらいを感じることは無かったし、なんの心的外傷も残っていない。ナノマシンによる感情の抑制で、そういう風にされてきた。

 サプレッサーを付けた銃でも、独特な小さい音は聞こえるし、振動は伝わってくる。僕が引き金を引くたびに、繋いだ手から彼女の震えが伝わって来た。彼女はナノマシン処理を受けていない。殺しに慣れてもいない。きっと心には大きな傷が残る。

 僕にとって守るべき存在は彼女だった。彼女と別れて、接点がなくなればそれはそれで彼女は守られると思っていた。だが現実は違った。

 僕が本当に守りたかったのは僕自身だ。守るべき存在がいる世界を作って、そこを帰る場所だとみなして。

 馬鹿だな。僕はもうには戻れないのに


 月明りはまぶしくて、外に出てから、ゆかりちゃんの表情をしっかりと確認することはできなかった。

 僕は壊れている。ゆかりちゃんまで壊したくない。それはエゴだろうか。僕は彼女に安らぎなど求めるべきではなかったのだろうか。

「ゆかりちゃん。もうちょっとだ。もうちょっとで電波の届くエリアに入る。そうすれば迎えを呼んで、家に帰れるよ」

彼女は僕の手を握り返してくれている。今はそれだけが救いだった。

 僕は孤独だった。孤独の意味をようやく理解した。

 月明かりが僕らを青く照らし上げる。その色は強烈すぎて、まるで僕は夢の中にいるように錯覚した。

 「最近、僕の家の近くに新しい喫茶店ができたんだ。ほら、前に楽器屋がつぶれて、ずっと空いてたとこがあったろう?」

 「……」

 「まだ行ってないんだ。何となく、1人だと行きづらくて。帰ったらさ、2人で行かないか?」

 「...うん」

 屋敷を抜けて、僕らは森を走る。もうそろそろジャミングの範囲を抜けて、電波が届くようになるはずだ。

 「よかった。その時に話すよ、任務の事も、凜の事も全部...」

 それで本当に最後だ。

 頭に鈍い衝撃が走った。僕は地面にぶっ倒れた。ゆかりちゃんの悲鳴が聞こえた気がする。意識を失いかけて、音も視界もぼやけているようだ。

 そのまま首を締めあげられた。バトラーが警告を出す。危険です。呼吸が困難になっています。そんなことはわかっている。

 「お前も同じだ!この世界に永遠に孤独で!お前にだって戻る場所はない!」

 「ウィー...ランド...っ!」

 生きていたのか。僕らを追って。間抜けだった。集中できない。ハックが、ウィーランドをハックすることができない。銃を...ナイフを...届かない。ゆかりちゃんだけは、クソッ!

 彼女が意を決したような顔をするのを見た。ぶん殴られて吹っ飛ばされた僕の銃の方に向かっていた。ウィーランドは僕を締め上げるのに夢中で気づいていない。

 彼女が僕の銃に手を触れる。何やってる。彼女は銃を見つめている。あの銃は僕以外が使えない様にプロテクトが掛かっている。彼女はそれを突破しようとしている。やめろ。彼女だってサイコドライバーだ。僕や凜ほどではないが、銃のプロテクトくらいは突破できる。けれど...。やめろ。どうしてそんなことをする必要がある。彼女が銃をこちらに向ける。やめろ。たのむ。それだけは...それだけはやめてくれ!!


 乾いた大きな音が響いた。

 腕が緩まって解放される。酸素を求めて、僕は荒く呼吸をした。狙撃だった。森の奥から、ウィーランドの額を打ち抜いた。よかった。本当に、よかった。

 森を抜けた方向、さらに奥の方から強烈な光を浴びせられた。軍用のタクティカル。同じ方向から、防弾ベストと武装をした、特殊部隊然とした人たちがやってくる。バトラーが彼らの身元を示した。CIA所属、準軍事工作担当部隊パラミリタリーオフィサー...同時に通信が入った。

 「間に合ったみたいね。結城君、無事かしら」

 ダンヴァースさんの声だ。 

 「ハハハ...何がパラミリは最近振るわない、だ。美味しいとこだけ持っていきやがって」

 ゆかりちゃんが僕の体を起こしてくれた。彼女にも部隊の身元は伝わってるみたいで、彼らが僕らを助けに来たのも分かってるみたいで、おびえた様子はなかった。

 「ありがとうございます。ゆかりちゃんを助けてくれて。僕も助かった」

 「どういたしまして...。後はうちの隊員たちがアメリカまで送るから、安心して帰ってきてちょうだい」

 パラミリの隊員が、僕に肩を貸してくれた。ゆかりちゃんと同じ車で空港まで送ってくれるようだ。僕はようやく安心できた。

 「お疲れ様です、結城調査官。後部座席にどうぞ」

 「ああ、ありがとう...」

 僕もゆかりちゃんも車の後部座席に乗り込んだ。僕に肩を貸してくれた隊員が扉を閉めて、バン、と外から一回たたくと、車が発進した。

 「...そうだ。フラメルさんはどうなったんですか?」

 僕は同乗しているパラミリの1人に聞いてみた。

 「自殺したようです。我々の仲間が、アメリカで追い詰めていたんですが、最終的には拳銃で」

 「そう、ですか」

 あっけないものだ。一緒に仕事をしてきて、簡単に裏切って、簡単に死ぬ...。


 夜の荒野。何もない景色を見ながら僕はウィーランドの事を考えていた。

 誰にも見つからない様な森の中で、彼の死体は一人ぼっちで朽ちていく。


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